昨日へ    2001年08月15日    明日へ

奥多摩の御岳山で目を覚ました僕は、連れ合いのぴよさんファミリー(お姉ちゃんファミリーも一緒なので、僕も入れて、大人7人、子ども3人)で過ごしました。山楽荘を出がけに、ムササビを見ました。モモンガは丸だけど、ムササビは三角なのね。

みんながリフトで山の上にいっている間、荷物を見ながら、ギターを弾きました。弾いていたら、霧雨は、雨になりました。

みんなでケーブルカーで下山し、それぞれの行程を行くことになりました。僕は、また峠を越えて北上し、秩父を目指しました。バイク雑誌の食べ物コーナーに載っていた「珍達そば」を食べたかったんです。秩父市役所裏にお店はありました。大盛り850円。仙台市役所裏にも、似たような細麺を食べさせてくれるお店があったっけと、思い出しました。葱の入り具合以外は、ほとんど一緒かな。

秩父から、今度は東に峠越えです。まるで関所を通れない隠密のようです。僕は東松山を目指しました。

東松山の丸木美術館には、高校生の頃、おじいちゃんとおばあちゃんと来ました。もうおじいちゃんもおばあちゃんもいません。そして、位里さんも俊さんもいません。僕も、少年からおじさんになりました。

あれから、僕は、いろいろな人と出会いました。いろいろなことが、本当にいろいろなことがあり、僕は高校生の頃よりも、少しいろいろな考え方が出来るようになったと思います。でも、失ったものは、ないかな? ごまかしていることはないかな?

奇しくも敗戦記念日です。訪れた人がいろいろ書いているノートを見ていると
「ずっとこのまま平和であってほしい」
「小泉さんがんばって」
などとあったりして、また「平和」について、考えましたよ。僕は、何を目指しているの? 何がいけないの? 何がほしいの?

美術館の外で、位里さんの像がつつましく石の上にありました。位里さんは、どこを見ているのでしょうか。

久喜から東北道に乗った僕は、宇都宮で降りて、餃子を食べ、一泊する心づもりでした。けれども、「仙台280km」という標識を見て、ありゃあすぐじゃん!と走り出し、結局古川に帰ってきました。ちょっともったいないような気もしたのですが、やらなきゃいけない仕事もそろそろ気になっていたし...。アパートについて、メーターを見ると、33820km。1600kmの旅でした。

去年の今日