昨日へ    2001年08月29日    明日へ

 本町2丁目

今日、帰り道は、静かに走りました。風は、湿っていて、そしてもう冷たかったです。ほんの20分くらいの帰り道なんですが、今日はここに何を書こうかと、考えていました。そして、たまに夕張のこと、少年時代のことを書こうと思いました。

僕は、あんまり間食をしません。少年の頃もです。今もです。ご飯前にあれこれ食べるのは、ご飯に失礼な感じがするんです。(でも今は、お酒をなんだかんだと言って、飲んじゃう僕だったりします。)

少年だった頃、僕は定期的お小遣いをもらいませんでした。必要なときに、請求しました。これが、けっこう辛かったんだなっ。きっと僕が要求すれば、父さん母さんは応えてくれると思う。けど、父さん母さんは、内心苦しくないだろうか...。そんな感じに、僕はいつも家計を案じていました。そして、本町4丁目の山崎商店から届けられる食材の段ボール箱と請求書を見ながら、家がつぶれるイメージを頭に描いていました。中学生になって、父さんが僕に、Nikon FMという一眼レフを買ってくれたときは、思わず父さんの給料を考えました。嬉しかったけど...落ち着きませんでした。

そんな僕の買い食い経験。まずは、ベビースターラーメンですな。

小学校4年生のとき、母さんに言われました。近所のてっちゃんとけんちゃんが末広の柔道の道場に通いたいけど、低学年の彼らだけでは、心配。だから、僕が一緒に行けないか...という話。その日のことは、すごくよく覚えているんです。雨でした。旭町の居間の木枠の窓枠が、雨に浸みていて、ガラスは、向こうが見えないくらいの雨だったんです。ポンポロカベツ川の向こうの山がクリーム色でした。まるで、僕の気持ちのようだと、そのときの自分自身ながらも「ませたこと思うもんだ」と呆れたことが記憶されています。ちなみに、僕は、母さんの話を断れず「別に、いいよ」と答えました。

そして、火曜・金曜と、本町2丁目から末広1丁目まで、夕鉄バスに乗る日々が始まりました。バス代がいくらだったか覚えていませんが、覚えている値段があります。それは、ベビースターラーメン・1袋10円。僕たちは、柔道の帰り道...あれっ、どこでだろう?...どこかのお店で、ベビースターラーメンを、その日渡されたバス代で買い、バスに乗らずに歩いて帰ったんでした。あの、ドキドキする味は、忘れないなぁ。汚い手で、ぽろぽろするベビースターラーメンを口に運んだあの感覚。後ろめたいけれど、清々しかったなぁ。自由だったなぁ。でも、父さん母さんが、このことを知ったら、きっと悲しむと思って、僕は旭町の家に入る前に、ズボンのポケットを裏返し、ベビースターラーメンのかけらが入っていないか、点検したもんでしたっけ。

これを読んでいる、まだお会いしていないみなさん。こんなことって、ありませんでしたか?

追分駅の立ちそばのことも思い出したんですけど、それはまた今度にしましょう。

写真は、今年の6/17の、夕張本町2丁目。藤野さんの前です。昔、ここからバスに乗ったんだよなぁ〜。

去年の今日