昨日へ    2001年10月14日    明日へ

神楽

今朝、いつもより早く家を出ました。向かったのは、岩出山。国体なぎなた大会の会場です。前任校の子どもたちが、開会式で神楽のアトラクションをするんです。みんなの姿を見る(会う)のと、その着付けを手伝うため、僕はバイクを走らせたんです。

会場には、うんと早く着いたものの、さっそくお会いした保護者の方に、着付けは学校でしてくることを聞き、ちょいと待ちぼうけとなりました。しばしの後、みんなが来たので、控え室へ。子どもたちも、保護者の方も、温かく迎えてくれて、嬉しかった! 神楽の鳥兜を付ける手伝いをしながら、調子はどうだいと、みんなといろいろ話しました。みんな、大きくなっていました。中学生は、とくに大きくなっていたなぁ。あちこちに故郷があるような錯覚に陥ることができるこの仕事は、幸せです。
「○っちー、戻ってきたくなったんじゃない?」
と、保護者の方に言われて、子どもたちの顔を見ていると、思わず
「うん」
と答えてしまいました。やっぱり再来週の学芸会には、行かなくてはいけないなぁ。

ずっと、みんなと一緒に過ごして、いろいろ話して、じゃれて、本番の舞いを見守って、終わってから励まして...そして、握手したり、手を振ったりして、別れました。子どもたちの親だけじゃなくて、おじいさんやおばあさんの顔まで分かっていた前任校。今の学校では、まだまだ覚えていません。実は、子どもたちの名前も全員覚えていないんです。なんとかしなくては...と、岩出山の会場の坂道を下りながら、思いました。

勾当台公園

バイクで家に一度戻り、そして仙台に向かいました。戦争反対のデモに参加しました。道行く人は、思いのほか好意的でした。その後、パレスチナ問題の学習会に行き、ぱ〜っと世の中が広がった気持ちです。知らないでいたことのなんと多いことか...と、感動しました。エルサレムには、聖地が三つあることはなんなく知っていたのですが、それが隣接していたこと、宗教の違いを越えて、共存していたことに、なんとなく希望を見ました。かつて共存していたのが、なぜ共存できなくなったか...シオニズム・イスラエル建国という事件なんですね。「テロ撲滅」を今まさに掲げている国が、支えてきた歴史を、パレスチナの人々の写真(スライド)を見ながら、もっと勉強したいと思いましたよ。

学習会を終え、勾当台公園を歩くと、若いカップルがいっぱいいました。バンドの青年たちがアンプの調整をしていました。鳩がいました。水が流れ、小さな女の子がぴょんぴょん跳ねていました。夕陽が少しだけかげっていました。あの太陽は、パレスチナも、アフガニスタンも、ニューヨークも照らすんだなぁと、僕は立ち止まって太陽を見ました。若いカップルが、変な顔をして僕を見ていました。僕は、また歩くことにしました。

平和は、平穏ではない。刺激も、失敗も、感動も、落胆も、全部含めて、平和。平和は、人権に似ているかもしれない。いろんなことをする権利を奪われない状態としての平和。自由にも似ているかな。思春期の青少年が恋をして、二人であれこれを、ときめきつつ語り合う権利・自由。そんな権利が、自由が、平和が、あの太陽の光の届くありとあらゆる土地に、認められ、自立できますように。

去年の今日