昨日へ    2001年10月20日    明日へ

捕まえられたコオロギくん

今日は、あえて劇関係の練習は、全くしない5学年でした。1時間目に、総合的な学習のための課題作りの練習をしました。たくさんの疑問が浮かぶみんなです。その中から、研究に値するまたは研究に向くものを、吟味していきます。今日は、みんなのリクエストに応えて、また鶏をさわりました。前回さわったときとは違う、新たな発見をしようとさわりました。だんだん余裕が出てきて、いろいろなことを思いつくみんな。ちょいと誉めると、ますます冴えちゃうんですよね。来週は、できればちがう動物にさわりたいと思っています。活動の中、こんな会話が聞こえてきて、笑っちゃいましたよ。
「にわとりって、飛べないけど、何から進化したのかなぁ」
「おら、知ってるよ」
「えっ、何?」
「ん? ひよこだっちゃ」

昼過ぎ、家に帰り、ご飯を食べ、ちょっと疲れていたのかな。眠りました。夕方、起きて、バイクで仙台に向かいました。「同時多発テロ事件」の背景を考える市民討論会に参加するためです。

会場には、思ったよりも参加者がいました。若い人よりも、どちらかというと僕よりも先輩な方が多かったです。3人のパネラーの話を聞いて、討論。僕は、今日は静かに聞いているだけのつもりだったのですが、話しちゃいました。なぜって、フロアーの参加者の発言が、今起きていることに対して、イスラム社会とアメリカの...宗教の...と、とかく評論的で、あまりにも自分たちと無関係という印象を受けたからです。だいたい次のようなこと話しました。

何だか、イスラム社会・アメリカ...と、どこか私たちから遠いところでの話みたいに語られているので、違和感を感じました。今起こっていることを、私たちのこととして、どうとらえるか、私は危機感を持っています。
9/11 の事件があって、私はいかに中近東のことを知らないか、愕然としました。「おはよう」を英語や中国語で何て言うかは、聞いたことがあっても、アラビア語では何というか、全然浮かばないんです。何と知らないことの多いことか。先日パレスチナの学習会に出て、クリスチャンのパレスチナ人がいることに驚きました。イメージだけで、考えようとも調べようともしないできた自分。もっと事実を知らなければと思います。
そして想像力の豊かさが必要だと思います。これからある様々なことに、私たちがどう立つのか。今、戦争反対の声に、たとえばデモに、周辺は好意的です。けれども、少なくない確率であり得る戦争参加国日本への報復攻撃。たとえばそれによって幼い命が失われたとき、私たちは「戦争反対」を訴え続けられるだろうか。不安です。この1か月あまりに、国会は暴走し、私たちはそれを止められないでいます。1か月前には想像もしなかった今です。メディアの情報も、多チャンネル時代と思い気や、画一化しています。気付くと、町中の至るところに監視カメラがあり、空港では厳重なボディチェックをされます。私たちは、監視され、疑われているんです。個人が、攻撃されているんです、もう既に。
遠い国の戦争ではない。今の状況、そしてこれから積極的に悪い方向(戦争参加)に行こうとしている状況の中で、良心の自由を持ち続けること。私たちの姿勢が問われていると思います。明日のピースウォークには、学習発表会なので参加できませんが、ありとあらゆる場で、表現し続けたいと思います。

帰り道、国道の寒暖計は8度でした。バイクにすれ違うことも少なくなって来ました。夕張は、紅葉していることでしょうね、父さん母さん。

去年の今日