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2000.08.16.旧清水沢小

今日の児童朝会から、5年生が縦割り班のリーダーです。どんな感じかなあと、僕は眺めながら、あれっ?僕は、どんな小学生だったっけ?と、ふと考えたりしました。嫌な思い出が多く、そう思い込んで反芻し、何だか客観的な風景が、イメージされません。ん〜、何かまずいなあ...

僕は、夕張第一小学校で過ごしました。旭町から通いました。小学校時代の冬のイメージと言えば...

雪がいっぱい降る朝は、先生方が玄関でほうきを持って待っていて、みんなの雪を払っていました。雪を校舎の中に持ち込むと、凍って危ないからなんですが、結構乱暴な払い方だったなあと思います。頭から、ほうきでばさばさするんですもん。でも、何か風呂上がりに、父さんにバスタオルで頭をばさばさって拭かれる嬉しさみたいなものも、ありましたっけ。

掃除のとき、バケツにお湯をもらって来ました。...あれっ?どこからもらって来たんだろう?...バケツでぽちゃぽちゃいって、廊下に水をこぼしちゃったとき、雑巾で拭くと怒られました。木の廊下に薄い氷が張っちゃうと、やっかいなんです。凍ってから、取ったんだったっけなあ?

ストーブは、当然石炭ストーブ。寒い日に、どんどん石炭をくべると、ストーブが真っ赤になりました。はらはらするほどの勢い。授業に集中なんて、できません。ドキドキしながら、ずっとストーブに集中していた記憶があります。給食のパンを早めにもらってきて、ストーブのまわりに置いておいて、ふかふかにして食べたこともありました。牛乳を、蒸発皿の中に入れて、温かくして飲んでいた人もいました。僕は、冷たいのが、好きだったけど。

体育館は、木造でした。屋根の雪が重くなると、危険だからということで、体育館は使えなくなりました。体育が嫌いな僕は、少し嬉しかったな。

卒業式の少し前、何だか忘れましたが、6年生が劇をしました。夕張の歴史に関する劇。僕は、黄土色のコートを着た炭鉱夫の役でした。セリフは一つ。「三番方」がどうのこうのっていうセリフに、観客が受けて、戸惑いつつ、妙に嬉しかった記憶があります。

...卒業式の日が少しずつ近づいています。僕が今通う学校でも、全国あちこちの学校でも...。切ない季節です。

そうそう、いつもメールをくださるAさんに、教えられて、ああ!って思いました。先日で、このサイトも満2周年になりました。Aさん、いつも温かなことばをありがとうございます。まんず、これからも、こんな調子でやっていきますんで、どうぞよろしくお願いします。