昨日へ    2002年09月11日   明日へ

 8/14の牛カエル

テレビを付けると、アメリカでの事件から1年という報道が続きます。ああ1年たったのかと、思います。去年、焼き芋をする行事が台風で中止にならないか心配して起きた深夜、テレビのスイッチを入れたら、ビルが崩落する画像が出て、驚きました。あああれから1年です。

たくさんのことを考えた、あの事件です。早急な性格の僕は、去年、アラビア語入門の本を買いました。中近東の「地球の歩き方」も買いました。今、本棚をあたためています。

今日、あらためて思ったのは、ニューヨークにあった「世界貿易センタービル」とは、何とも象徴的なものだったなぁということ。世界中で、暴力をふるっているアメリカという「強者」。持つ者持たざる者の関係において「貿易」は、平等な関係の下にはないものだろうと、気付いたんです。日本は、たとえば、東南アジアの畑をバナナだけの畑にして、バナナを買い叩いています。「貿易」なのかもしれません。国境を越えて、商品と金を交換しているわけですから。でも、それだけで言うなら、人身売買も「商行為」と開き直られそうです。さて、アメリカの「貿易」とは、どんなものなのでしょう。アメリカは、どんな「商行為」をしているのでしょう。「世界」の「貿易」の「センター」。まさに、「強者」の象徴だったのですね。

今日、ニュースを見ていて思ったのは、写真のことです。ニューヨークで亡くなった「アメリカ」の人々の顔写真。微笑む遺影が、たくさん映っていました。みんな、写真があるんですね。さて、1年前に爆撃され殺されていったアフガニスタンの人たちに、顔写真は残っているだろうか。顔写真を、撮られたことはあっただろうか。「生」の不平等、そして「死」の不平等を、僕は感じています。どちらも同じ、人間なのに...。

写真は、8/14の牛カエルです。おたまじゃくしから、大人になりかけた彼は、僕の手のひらで、じっとこちらを睨んでいました。