昨日へ     2003年02月09日   明日へ

東京・茅場町のホテルで目を覚ましました。朝早くに、隣の部屋にとんとんと起こしに来る人があったようでした。たぶん、隣は大学受験生だったんでしょう。緊張の朝、勝負の朝だったんですね。

僕たちはというと、テレビで「新・中学生日記」を観、「新日本紀行」みたいな番組を眺め、ゆっくりとホテルを出ました。朝食は、どっかでとろうと、隅田川沿いを歩き始めました。暖かだったので、人が走っていたり、寝ていたり、犬を連れていたりしていました。ここのところ、猫写真に凝っている僕は、猫を探しながら歩き、なかなかいい猫に出会ったりしました。

佃島。佃島は、僕が高校生のときに、カメラを持って歩いたところです。冬休みでした。おじいちゃんもおばあちゃんも元気でした。僕は、おじいちゃんおばあちゃんの家にしばらくいて、丸木美術館とか、第五福竜丸とか、皇居一般参賀とか、ジャーナリスト気取りで、回ったんです。

さて、佃島は、さすがに20年前とは、随分様相が変わっていました。小学校の横を抜けて、住吉神社に来て、ほっとしました。でも、運河は、まるで小樽運河のように、殺されて保存されているだけでした。連れ合いのぴよさんが、佃煮を買いました。運河や様相は変わっても、江戸っ子は健在なのかもしれないと、佃煮屋さんの様子を見て、ほっとしました。

何か食べなくてはと、結局マクドナルドに入りました。59円のハンバーガー一つを大切に持ち帰る、脚の悪いおじいさんの後ろ姿を見ながら、もう亡くなってしまったおじいちゃんを思い出しました。独りの食事は、少し寂しい。

月島に行きました。ぴよさんのリクエストで、もんじゃ屋さんに入りました。店の前で、あまりよく話が聞き取れないおじいさんと立ち話をしました。背広を来たおじいさんは、杖に頼っていました。しゃべりたくて、いえ何か誰かに聞いてほしくて、いろいろ話している様子でした。いい日だったなと思ってもらえるといいな。もんじゃ屋さんの裏には、輝く白い猫がいて、僕はシャッターを押しました。ああ、いい猫に会えたなっ。

もんじゃは、いつだったでしょうか、前の前の学校の同僚の先生と一緒に食べた記憶があります。江戸っ子の先生に、流儀を教えられながら、食べました。流儀がある食べ物って、いいです。好きです。今回、僕は、盛岡のじゃじゃ麺のことを思い出しました。ああ、食べたいなあ。

月島から、築地を周り、猫を撮り、銀座まで行きました。うちにかれこれ10年以上いる「たろう」(本人には言っていないのですが、彼は実はさるの縫いぐるみです)の出身の店があるということで、行きました。オーナーが、替わったそうで、「たろう」の親戚はいませんでした。少し、ほっとしたような、ずらっと並んでいるところを見たかったような...。

有楽町で、猿回しを見ました。僕は、猿よりも、猿回しをしている青年に注目でしたよ。逆立ちをして、嬉しいのは、猿よりも、観客よりも、猿回しをしている青年だったんだろうなあ。いい笑顔でした。ザルにコインを置いてきました。

神田で降りて、お茶の水に向かって歩きました。明治大学前のあるギター屋さんに行きたかったんです。かつて結婚特別休暇を取ったとき、僕はそこで、ベースを買いました。今は、卒業生に貸したままで、手元にないのですが、ちょいとその店に行ってみたかったんです。明治大学は、高層ビルと化し、驚きでしたが、ギター屋さんは、全く変わらずでした。さすがに、ギターの衝動買いはせず、お茶の水から、飯田橋へ電車で行き、予防拘禁法反対の集会に出ました。

予防拘禁法案(心神喪失者等医療観察法案)、すなわち保安処分です。「精神障害者」を、社会から隔離する法律を作ろうという動きがあるのです。僕は、差別と偏見をより一層助長させ、どんな人も生きにくくなる法案に、大反対なんです。集会の後のデモにも参加しました。歩きながら、初めて会った人と、あれこれおしゃべりをしました。ギターを弾き、鳴り物でにぎやかに歌うグループもありました。ああいいなぁと、思いましたよ。

そして、東京駅の怒濤の人ごみの中、お弁当を買い、新幹線で食べながら、帰りました。松山町に着いて、空気が都会とは違うなあと、ほっとしました。ああ、僕は、東北の人なんだなぁ。