昨日へ     2003年03月30日   明日へ

東京の朝です。いつものように、昨晩寝たのは、今日のことだったのに、5時には目が覚めました。ユニットバスに入りました。髪を洗い、髭を剃りました。早くにホテルを出て、猫写真を撮りに行こうかと思いつつ、また眠ってしまいました。結局8時に、ホテルを出ました。

何となく適当に歩くのが、好きです。こっちが海のほうで、こっちが山のほう...そんないい加減な感覚だけで、馬喰町から歩き出しました。交差点のたびに、どちらに曲がるか考えて、人の匂いの濃い方角に進みました。あちらこちらに桜。ちょうど思春期の娘さんのような初々しい桜。写真を撮りながら、歩きました。馬喰町から、浅草橋、そして御徒町。途中、猫には一匹も会えませんでした。それだけが、残念かな。

御徒町から、浜松町に行き、モノレールに乗って、運河のあるところに行ってみようかと考えました。けれども、ホームに向かう通路に、靖国神社あたりの桜のポスターがあり、考えが変わりました。そうだ!桜を見に行こう! でも、昼過ぎには仙台に着きたい僕としては、あまり余裕がありません。結局、上野に向かいました。

ここのところ、上野によく来ているように感じます。いつもの上野です。公園口から動物園の入り口へ。予想通り、桜はいい感じでした。花見のブルーシートがいっぱい敷かれてありました。桜を撮りながら、西郷さんのところに行き、10時のMaxやまびこに乗りました。駅構内の売店で、天丼とごぼうサラダを買い、埼京線の駅を眺めながら、食べました。食べたら、少し眠りました。そして、仙台には12時過ぎに着きました。

今日も、仙台では反戦デモがあります。いつもの市民の広場に行き、ごろりと横になって、本を読みました。大江健三郎の「遅れてきた青年」。20年ぶりくらいの読み直しです。

デモの前に、発言をする機会があり、話しました。一つ目には、私たちは「しょうがない」という言葉に慣れ過ぎている。「しょうがない」といじめをそのままにしてきている。学校現場には、子どもだけでなく、大人に対しても「不適格」だのと、いじめ攻撃が掛けられている。絶対、このままにはしない。二つ目、おかしいことはおかしいと言い続けたい。今日は、たくさんの人が集まっている。けれども、アメリカを支援してしまっている日本に、攻撃が加えられたら、たとえば仙台で爆発事件があり、幼い命が奪われたら、戦争反対を表現しにくくなるかもしれない。私は、そんなときも、戦争反対を表現したい。勇気がなくては、やっていけない。けれども人は、とても弱い。私は、弱い。だから、たくさんの人とつながり合っていきたい。いつまでも、戦争反対!...話終わったら、前任校のとき同じ町内で教員をしていためちゃくちゃ久しぶりの先生が、わざわざ握手を求めてきてくれて、なんかう〜んと嬉しかったです。ありがとうございました。

デモは、700名以上の人が歩く、長いものでした。一昨年、アフガニスタン爆撃をやめよ!と、十数名でデモをしたことが、嘘のように感じられる、そんな熱気! おかしいものは、おかしい! あなたも、一緒に歩きませんか?

デモを終えてから、ギター屋さんでギターを眺め、婦人会館に行きました。全金本山労組の集会があったのです。全金本山労組も、昨日の動労千葉と同様(それ以前から)、おかしいことをおかしい!と闘い続けている組合です。僕は、学生の頃から、かっこいいなぁ!と憧れているんです。今日は、介護があるので、すぐに退席するつもりでしたが、戸田先生を学校現場に戻す会からの話をしてほしいということでしたので、予定よりも少し長くいました。そして壇上で発言させてもらいました。戸田さんのことに関係ないのですが、夕張の話・炭労のことを話しました。労働者の誇りを失いたくないということ。奪われそうになったら、怒るということ。そんなことを、釈迦に説法だったと、言ってしまってから恥ずかしく感じているのですが、話しました。そして、戸田さんの裁判の展開について、これからについて、話しました。ありがとうございました。

婦人会館を出て、名取に向かい、介護。いろいろ仕事があったので、九時の列車には乗れず、終電一つ前の電車に揺られて、家に着いたのは十一時半。いやはや、今日も長い一日でした。

写真は、上野での一枚です。