昨日へ     2003年07月20日   明日へ

ゆーらんどのバンガローで、目を覚ましました。僕が寝たのは、ちょうどテレビの前だったんです。2階から、少年たちが降りてきて、朝からテレビです。雨のため、ラジオ体操は中止。アバレンジャーとか、アンパンマンとか、みんなと一緒に見ました。

朝ご飯。何と焼き肉。そしてカレーライス。胃が強くない僕は、少々びびってしまいましたが、みんな元気に食べていました。ビールを飲んでいる人もいたほどでした。僕は、カレーライスと、牛タンを2枚いただき、ごちそうさまでした。

少年たちは、朝から温泉プールに行くべく張り切って、裸で走り回っていました。ああ、息子がいるといいなぁと、うんと思いましたよ。

テントなどの片付けをして、時間があったので、去年釣りをしたテントサイトのほうを散歩して、昼前に解散しました。○地区の皆さん、有意義な時間をありがとうございました。一人だけじゃ、あんなに幸せな空間を作ることはできません。うんと感謝です。そして、これからもよろしくです。

僕は、四輪車で松山町に戻り、一休みしてから、今度は仙台に向かいました。愛子で、クリスチャンの皆さんの合宿があり、その中の教育基本法学習会の話題提供をすることになっていたんです。地図を見ながら、愛子の森の中に入っていきました。

15名くらいの方々と学習会。シスターが半分くらいでした。初めの1時間、僕が話し、それから質疑で1時間。「当然」とか「善さ」って、本当に「当然」や「善さ」なのか?というあたりを考えたかったのですが、力不足だったかもしれません。今回のレジュメは、春にエルパーク仙台で話したときのものにちょっと手直ししたものを使いました。下に載せておきますね。

学習会の後、少し時間があったので、会場の裏山に入りました。長靴を借りて、森の中へ。ヒグラシの抜け殻を見つけて、嬉しくなりました。ああ、夏です。小さい流れが森の中にありました。水のほうが温かかったんですね、ほんのりと湯気をあげ、森の中を湿らせていました。ああ、久しぶりの森だったなぁ。

夕食をみなさんとご一緒しました。たくさんの話を伺いました。昔話桃太郎は、古くは女の子だったという話。被差別部落差別と、闘う人の優しさのこと。いつものことですが、僕は話をするためにあちらこちらにおじゃまするのですが、結局そこでお話を聴くために行っているという感じです。温かな、希望の持てるお話を伺えて、しかもいい雰囲気の中で、とっても感謝感謝です。

長町まで帰られる方と一緒に四輪車で、愛子を後にしました。途中、道を間違えたりしながら、それでも貴重なお話を伺いながら、走りました。長町経由で、名取へ。いつものように、友人の介護。介護を終え、初物のトウキビをお母さんに頂き、帰りました。ああ、今日も充実した一日だったなぁ。

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■昔はよかったのぉ...
昔はよかったのぉ。兄が弟を助け、弟は兄を尊敬しておった。学校から帰ってくると、母さんがいた。わしは「ただいま」と言い、母さんは「お帰り」と言う。台所で、とんとんとまな板の音がしておったもんじゃ。夕方、父さんが会社から帰ってきて、家族全員で食事をした。もちろん、母さんの手作りじゃ。温かな食卓じゃった。母さんは控えめに父さんを助け、父さんは家長として堂々としてた。そう、父さんの一言は絶対じゃったからなあ。よく叱られて、殴られたもんじゃ。そりゃあ痛かったが、昔はよかったのぉ。

ところが、今は何ということじゃ。親を親とも思っていない子どもばかりじゃ。親も親じゃ、金だけ与えて、ほったらかしじゃ。嘆かわしい! こんなことだから、犯罪が増え、治安が乱れるのじゃ。家庭も、学校も、正常じゃない! 根本から叩き直さんといかん。権利だの、平等だの、余計なことを教える前に、礼儀作法や親への尊敬の念を身に付けさせなければ、国が滅んでしまうわい!(by 嘆くあるお爺さん)

※別紙資料「引き回し・打ち首」をご覧ください。(webには未掲載です。)

■どうして教育基本法を変えるの?
 それはね、
@国民の間での自信の喪失とモラルの低下、
A青少年の凶悪犯罪やいじめ・不登校・中途退学・学級崩壊など、
 現在の我が国社会と教育は深刻な危機に直面しているからだよ。
それに世界的には、教育が国民の未来や国の行く末を左右する重要課題と認識され、各国において「国家戦略としての教育改革」が急速に進行しているんだ。だから、この状況を踏まえ、教育の在り方を根本にまでさかのぼって見直すことが必要というわけなの。教育の役割は、     @個人の能力を伸長し、自立した人間を育てることと、
A国家や社会の構成員として有為な国民を育成すること
があるよ。このような教育の役割と、個人の尊重、公共の精神など継承すべき価値は、しっかりと踏まえていくことが必要なんだよ。
 新しい時代の教育を考える上で重要な時代の潮流は、
@少子高齢化社会の進行と家族・地域の変容、
A高度情報化の進展と知識社会への移行、
B産業・就業構造の変貌、
Cグローバル化の進展、
D科学技術の進歩と地球環境問題の深刻化、
E国民意識の変容 があげられる。
「21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」を目指し、これからの教育の目標に位置付けるべきことは次の5点だよ。
@自己実現を目指す自立した人間の育成
A豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成
B「知」の世紀をリードする創造性に富んだ人間の育成
C新しい「公共」を創造し、21世紀の国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成
D国際社会を生きる教養ある日本人の育成
 教育ってものはね、未来への先行投資なんだ。これからの教育の目標を実現するためには、施策の総合化・体系化・重点化等により、教育投資の効率化を図りつつ、必要な施策を果断に実行していくことが必要というわけなんだよ。(※新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について 中央教育審議会中間報告概要 第1章教育の課題と今後の教育の基本的方向について より...ちょっと口調を変えて)

■T子どものためUでなく、T国Uのため

・「国家戦略としての教育改革」 個人ではなく国 「人材」という発想
・「戦後の荒廃」じゃなく、戦争の反省
《「中央教育審議会の審議状況を聞く 教育基本法検討特委 」
教育基本法検討特命委員会が9日開かれ、麻生太郎委員長(政調会長)、森喜朗前総理も出席して基本法の見直しについてフリートーキングを行った。文部科学省から現在、中央教育審議会で「新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方」が論議され、9月30日に中間報告の形で出された「教育の課題と教育の基本的方向」の部分について説明。「さらに、教育基本法や教育振興基本計画に対する論議を深め、11月には全体像の中間報告をまとめたい」と明らかにした。各議員からは、「道徳教育をしっかりした形で意義づけるべきだ」「自然に触れる教育が大切であるという視点に欠ける」「学校教育の荒廃は予想以上だ。現場の声を聞いてほしい」「現行の基本法は終戦直後の混乱期に制定された。部分的な見直しでなく、新しい基本法をつくるという意気込みで臨むべきだ」といった意見があった。》

・家庭教育の法制化
《現行法においては,家庭教育について,社会教育の条文の中に,「家庭教育は国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない」と規定されているにとどまっている。家庭教育の現状を考えると,それぞれの家庭(保護者)が子どもの教育に対する責任を自覚し,自らの役割について改めて認識を深めることがまず重要であるとの観点から,家庭(保護者)の果たすべき役割や責任について新たに規定することが適当と考える。》(第2章新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について 2具体的な見直しの方向 (4)学校,家庭,地域社会の役割等 家庭教育)

・子どもの責務
《なお,子ども一人一人の人格が尊重されなければならないことは当然であるが,そのことを前提とした上で,子どもが教育を受ける際に,恣(し)意に任せて規律を乱す等の言動は容認されるものではなく,教員その他の指導に従って,規律を守り,真摯(し)に学習に取り組む責務があることを規定すべきとの意見があり,引き続き検討していくこととする。》(第2章新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について 2具体的な見直しの方向 (4)学校,家庭,地域社会の役割等 教員等)

・言うことを聞く国民
《よりよい国づくり,社会づくりを支えるのは,国民一人一人の自覚と行動である。このため,「公共」に主体的に参画する意識や態度を涵(かん)養する取組を重視していく必要がある。また,我々が個人としての自己実現を図りながらも,「個人」と不即不離の関係にある「公共」との調和の中で生活していくためには,社会的モラルや公共心,自立心,規範意識など,健全な社会の一員として必要な資質・意識とともに,より良い社会の実現に自分自身も主体的に貢献しようという「社会人」としての自覚を有することが当然に求められる。このような観点から,今後,以下の方向で施策を検討すべきと考える。 ○国家・社会の形成者としての資質を養う教育の充実 ○ボランティア活動や自然体験活動などの奉仕活動,体験活動の推進(再掲) ○道徳教育の充実(再掲)》(3 教育振興基本計画に盛り込むべき施策の基本的な方向(1)国民から信頼される学校教育の確立 ・「公共」に主体的に参画する意識や態度の涵(かん)養)

■ワクチン投与としての教育状況

・何でも決めればできると思ってる?「愛すること」
納得をするための信頼関係がなくては、叱られても「へ」です。罰則を作っても、人の心は変わりません。ましてや「愛すること!」と、強制されて「愛」が生じるほど、人間は愚かではありません。法律を作っても、人は変わりません。ましてや、競争に競争を強いられている中で、説教されても、心には響きません。

・心のノート

・薬漬け
 学校には、教育が氾濫しています。「〜教育」っていうのが、多すぎなんです。何となく、とても現代社会の教育事情を象徴する感じです。自然環境とのふれあいが足りないという話があると、すぐ「環境教育」!となります。
高齢者との関わりが足りない→「福祉教育」! 
これからは国際的な視野に立って...!→「国際理解教育」! 
お金の使い方がなっとらん!→「金銭教育」! 
コンピュータが使えるようになるべきです!→「情報教育」!  
交通事故に遭っては大変!→「交通安全教育」! 
異年齢集団での活動が足りない!→「縦割り活動」! 
体力が落ちている!→「マラソンタイム」! 
花を育てる心が大切!→「自然保全教育」! 
社会に奉仕する心がない!→「奉仕活動」! 
勉強をもっとさせんと!→「基礎基本」「習熟別」!
こんな具合です。一つひとつ、その理由づけはもっともなのかもしれませんが、子どもにしてみれば、大忙しです。まるで、たくさんの薬を飲んでいる患者さんみたいです。
要求されたことに応える力を「学力」というなら、子どもたちは皆、スーパーマンでなくてはなりません。まあ要するに、無理って感じです。人は、いっぺんにたくさんのことをできません。やっているように見えても、どれかは抜けています。そういうふうにできているんです。そんな中で、でてきた「心のノート」は、ため息が出るほど、呆れたものです。

大ざっぱな話ですが、私は、世の中からお金がなくなれば、随分変わるかもしれないなあと、想像することがあります。世の中、何でも、お金で買われたり、売られたりしています。価値が、みんなお金でカウントできそうです。人に相談したり、助けたり、感謝したり...そんな必要がないんです。小さいときから、お金に接して暮らしていて、私たちはお金に支配されているかもしれません。こんなお金社会にしたのは、教育基本法や日本国憲法では...きっとないですよね。

・「不適格教員」排除攻撃

《具体例 学習指導要領から著しく逸脱した授業内容である  苦手な教科に対して消極的である  嫌いな教科等の時間を他の教科等に充てる  年間指導計画を無視した学習指導を行う  自己の問題の責任を他に転嫁する  人としての基本的な挨拶をしようとしない・できない  時や場などをわきまえず言葉遣いが乱暴で不適切である  相手に対して礼を欠いた態度をとる  児童生徒の前で愚痴や不平,他の悪口を言う  服装が不潔で乱れている  自己の健康管理にルーズである  児童生徒の安全や健康を守ろうとしない  いじめを看過したり放置する  児童生徒に対して執拗な攻撃的な言動を行う  児童生徒の抱えている問題について関係諸機関と迅速に連携をとらない  服務規定を顧慮しない行動をとる  突発的な休みが多く児童生徒を顧みない  学校行事があると休むなど職務に影響を及ぼす  仕事の選り好みをしたり,同僚に押し付ける  守秘事項を守ろうとしない  保護者等を誹謗中傷する  勤務に関する表簿の提出がルーズである  社会常識から逸脱した言動をとる  独善的で自己主張ばかりする  自分の信念だけを主張し,意に反することは指導に従わない  職務上の指示に従わない  児童生徒の性格,希望,悩み等を理解しようとしなかったり家庭事情への配慮がない  児童生徒や保護者に対して偏見を持ったり決めつけたりする  児童生徒に見られる生活態度の変化に無関心である  虐待などの事態や背景を理解しようとせず,的確に対応をとることができない  不登校の児童生徒に無関心で指導を怠る  児童生徒に一方的で高圧的な対応をする  児童生徒に対してヒステリックな言動をとる  問題事象への対応が場当たり的である  問題の事実関係を把握せず一方的に決めつける  児童生徒の心理を考えず人権を傷つける言動をとる  セクハラまがいの言動がある  児童生徒の前で殺人などの話をしたり「死ね「殺すぞ」などの言葉を日常的に使ったりする  児童生徒に本来教員がなすべき管理的仕事を委ねたり強要したりする  その日の気分や感情で叱ったり,何も注意しなかったり指導に一貫性がない  児童生徒を馬鹿にしたり,平気でうそをつく  児童生徒をえこひいきする  児童生徒の前で教師としての誇りや矜持に欠けた言動をとる  学級(ホーム・ルーム)経営は学年・学校経営の方針に即しておらず独善的である  他の学級(ホーム・ルーム)と協調しようとしない  教室の備品,教材,教具,児童生徒の作品等の整備をしようとしない  清潔,採光,換気,保温等保健上の配慮をしようとしない  自己の力量を向上させるために学ぼうとしない  趣味的なことなどに閉じこもり,それ以外の教師としての職務や社会の諸事象に関心を持たない  日頃研究修養に努めようとしない  教育上必要な研究を熱心に行わない  研究の結果を指導に生かそうとしない  学習指導要領に即して指導計画を立てた授業ができない  発問,指示が不的確で,学習のねらいを明確にした授業ができない  児童生徒のつまずきや課題・問題に気づかない,見つけられない  児童生徒のマイナス面だけの評価を行うなど適切な評価ができない  間違えたことを教える  教材研究をせず授業に臨んでいる  他の教員の指導・助言に耳を傾けようとせず,授業を工夫改善する姿勢が見られない  プリントやテレビ視聴等に過度に依存したり,一方的に板書をノートにとらせるだけなど  画一的な授業しかできない  話し方に工夫がなく退屈な授業になる  購入させた資料や副読本を有効に活用しなかったり,ほとんど使わないでしまう  児童生徒をほめたり,発表させたりせず一方的に授業を進める  児童生徒の成長過程や特性を踏まえた授業ができない  授業に関心を示さない児童生徒に対して配慮がない  児童生徒に話しかけようとせず,質問や呼びかけに応えることをしない  挙手への指名が偏り教室全体への配慮がない  特別活動や儀式的行事における指導が適切に行えない  道徳の授業を意図的に避け,しようとしない  家庭学習の指導を適切に行わない  不登校の児童生徒への学習指導に配慮がない  学習の基本的な生活習慣を育成しようとしない・できない  学習上問題を抱える児童生徒の指導に配慮が見られない  授業が成立しない  児童生徒の自己中心的な言動に状況に応じた指導ができない  授業中の勝手な発言や立ち歩き等に対処できない  来校者に対して挨拶をしなかったり,用向きを聞くなどの常識的な対応ができない  保護者の声や意見を真しに受け止めない  保護者に必要な連絡や対応を行わない  地域との関係を持とうとせず,地域の会議や行事へも参加しない  関係機関の声や意見を真しに受け止めない  関係機関と必要な連携をとろうとしない  学校の教育方針に沿って職務を遂行しようとしない  学年運営の方針に沿って職務を遂行しようとしない  他の教職員と交流がなく,人間関係を築くことができない  他の教職員の意見や助言を真しに受け止めず,自分と異なる意見とは攻撃的に反対する  自分の考えや利害に固執する  他の教職員に安易に依存する  分掌した校務を迅速に処理できない  事務処理に間違いが多い  諸表簿の整理がきちんとできず,提出も滞る  仕事の報告を迅速,的確に行っていない  お金の管理保管が不適切であったり,会計処理に適正さを欠く》(『信頼される教師であるために,子どもが安心して学べる学校をつくるために〜教員の資質能力の向上に関する提言〜2003年1月30日』新しい教員の人事管理の在り方に関する調査研究会議(宮城県)第2章指導力不足等教員への対応 2 指導力不足等教員の定義 (表−2) 指導力不足等教員の状態・態様)より

■これからどうする?
・簡単に「ほいっ!」というコンビニエンスな方法は、ない
・おかしいことにはおかしいと言う
・差別されていい人は、一人もいない
・闘うということは、嘘をつかないということ

■インターネットサイトからの上記資料の入手方法
中央教育審議会の資料@ヤフーなどで「文部科学省」と入力して→A「文部科学省」ホームページへ→B「審議会情報」をクリックして→C「中央教育審議会」をクリックすると→新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について

宮城県の「新しい教員の人事管理の在り方に関する調査研究会議」の資料@ヤフーなどで「宮城県庁」と入力して→A「宮城県庁ホームページ」へ→B「組織別案内」→C「教育庁」→D「教職員課」をクリックすると→新しい教員の人事管理の在り方に関する調査研究会議 報告・報告書・報告書概要・フロー図

○○○の日記サイト@ヤフーで「ゆうばり」と入力して→A「夕張の父さん母さんへ」をクリックすると→「ある小学校教員の毎日〜夕張の父さん母さんへ〜」http://www.d3.dion.ne.jp/~kili/

※今回のレジュメは、2003年3月9日、エルパーク仙台で、「日の丸」「君が代」の法制化に反対する市民会議が主催した教育基本法を考える集まりで、私が作ったものを下敷きにしています。そのとき参加された方には、あああのときと同じだと感じられたと思います。申し訳ございません。そのときのレジュメには、以下の文章も付けていましたので、一応、ここにも載せておきます。何かの参考になれば、幸いです。

・自分のことは自分で〜
これは、なかなか大変なこと。でも、実のところ、自立(⇔服従)の一歩のように考えています。これまで毎年、一学期の始業式に、この話をしてきました。二年生にも、六年生にも、同じ。しかしながら、子どもたちは、ついつい「〜?」と言ってしまって、大変なことになっちゃったりするんです

・自分のことば
大人は、どんどん自分の言葉を失って、何だかよく分からない無責任な言葉を使います。自分ではなく、誰かが言ったことを、そのまま話しています。感じたり、考えたりするのは、自分なのに、誰かの考え・感じ方を優先させちゃったりしていることってありませんか。その食べ物がおいしいかどうかは、自分で感じること。その映画が素晴らしいかどうかは、自分で感じること。その行為が間違っているかどうかは、自分で感じること。支配されない自分を生きるのは、なかなか大変かもしれませんが、支配されて悩んだり考えたりすることをやめてしまうよりも、ずっと豊かです。

・最後まで聴く
人の話を最後まで聞きなさいという大人が、子どもの話を最後まで聞かなかったりします。最後まで聞く、分かろうとする。そんな努力は、果てしない課題です。私は、今年六年生の担任をしています。卒業を前に、あらためて「最後まで聞きなさい」と言っています。「最後まで聞けるなら、君の話も最後まで聞いてもらえるんだよ」と言っているんです。これは、外国語を話す人にしても同じ。聞くこと・理解しようとすること。そんな努力を放棄することは、人との関係を自ら断つこと。世界を狭めること。どんなに話が難しかったり、つまらなかったり、自分と違う意見であったりしても、最後まで聞ける力を、私は身に付けたいと思っています。

写真は、愛子の森の中です。

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