昨日へ     2003年07月26日   明日へ

昨晩の大きな地震のせいで、よく眠れないまま朝を迎えて、さて被害はあったかな?と様子を見ようと外に出ました。新聞を取り、近所の方と「いゃあ、揺れましたねぇ」とお話をして、家に入りました。いやはや地震は怖いわいと思いながら、朝ごはんの準備をしようかと思った7時半、またガツンガツンガツンと大きな何者かが、地面の裏側を地団駄踏みながら、走り抜けていきました。容赦ない仕打ち。人間は小さい! 地球にはかなわない。けれども、こんなに冷たく厳しくしなくたってよさそうなもんじゃないか!と思ったところで、電気が消えました。雨の音は止まず、不安が広がりました。

タンス類は、みな場所を移動していました。食器棚は、引き戸のものなので、食器が散乱することなく、戸のところに引っ掛かっていました。冷蔵庫は扉を開け、中のものを吐き出し、台所用品を載せていた棚は、外れてものを散らばせていました。幸い、ガラスが割れたところはありませんでした。けれども、二階の僕の部屋は、本棚が倒れ、積み重ねていたものが全部吐き出され、部屋に入れない状態でした。ため息です。ガソリン臭いよと、外を見ると、バイクが倒れていました。センタースタンドを掛けておいたでっかい1100ccのバイク(じーさん)も、倒れていたのには驚きました。

昨晩と今朝と引き続きの大きな地震です。停電なので、テレビは見られません。電話は、そんなに混線しておらず、ぴよさんが「171」の被災伝言電話に録音をしていました。電話はつながるものの、iBookが僕の部屋の中に埋もれてしまい、しかも部屋に入れず、インターネットで状況を知ることもできません。災害用のラジオに電池を入れても入らなかったのですが、ぴよさんが配線の錆を落として、聞こえるようになりました。大きな地震であったことが分かりました。ラジオが入り、少し落ち着きました。停電にはなったものの、幸い断水にはなっていません。ガスも出ます。二人でご飯を食べました。ガスを使っている間も、また来るかもしれない!と、びくびくしていました。

余震は、しょっちゅう来ます。ガンガンガンガンと、山を鳴りながら、地震は近づいてきます。向こうから走ってくる!って感じです。一番揺れたのは、震度6ということでしたが、震度5くらいのものは、それはしょっちゅうしょっちゅう来るのです。1階のテーブルの下に、その度にもぐります。庭に出る扉を開けます。雨は、容赦なく降ります。

明日、「別姓通信」と戸田さんの会のニュースを印刷発送作業する予定になっていましたが、今日仕事をするつもりだったので、全くはかどっていません。昼過ぎになっても、停電は続き、余震は続き、僕はとても不安になりました。印刷発送の仕事は、できないかもしれない。いや、そもそもこの地震は止むのだろうか。

夕方前になり、雨が小降りになったので、二人で外に出てみました。四輪車で、鳴瀬川を見に行きました。昨年、大雨で古川市内が洪水になったときと同じくらい水量が増えています。まずいなぁと、感じました。地震と洪水と一緒にやってくる?! とりあえず、仕事が休みの土曜日で、しかも二人でいられたことを、幸いと感じつつ、家に戻りました。

朝から度々、防災放送が入ります。「三本木よりも下流では、洪水の危険性があります」との放送に、ため息をつきました。しかも、地震は止みません。疲れ切った夕方、停電が終わり、電気が点きました。テレビを見て、被害の大きさに驚きました。南郷町は松山町の東隣です。すぐそこなんです。鹿島台町も松山町の南隣。まさに、地震の中心近くだったんですね。

もっと大きな地震が来るかもしれないという不安に支配されながら、「別姓通信」と戸田さんニュースの編集及び執筆作業をしました。疲れた! 夜中に終わり、ほっとして眠ろうと思ったのですが、余震が僕の安心を奪ってしまって、僕は心を細らせました。

写真は、僕の部屋。いつものカメラcoolpix5000が、部屋の中に埋もれていたので、手元にあったclieで写しました。

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