昨日へ     2003年10月04日   明日へ

僕は、子どもたちに、よく「はっきりしなさい」と言います。あいまいな言い方とか、途中で相手に甘えるような口調は、よくないと話すのです。「自分の言葉を持つこと」を、僕としては大きな課題としています。それは僕が少年だった頃、いつもはっきりせず「一応...」ばかり繰り返していたことを、まだ覚えているからです。くよくよしていて、あいまいで、暗い雰囲気で、覇気のない息子としての僕を、父さんが不甲斐なく感じていたように、記憶しているからでもあります。

しかしながら、「はっきり」については、ちょっと気をつけなくてはいけないなと、感じることもあります。「はっきり」を「あいまい」の反対ととらえることを、注意したいんです。

どうも、世の中は「はっきり」したものを求めます。「分かりやすさ」と言えるかもしれません。「結果」と言うこともできます。「不思議なこと」とか「謎」を、すぐに解いてしまわなければならない、何か急ぐ雰囲気が漂っているように、感じられるときがあります。何かを調べるというときも、「考える」よりも「答えを出す」という行動が先で、もしも糸口が見つからないときは「無理」とか「無駄」とか、そんな...ある意味はっきりした...結論を出して、それでおしまいということが、多くなっているのです。「○○症候群」とか「○○病」とか「○○系」とか、ジャンル分けをして、数値で表して、データだけは手に入っているけれど、実のところはよく理解していない...。そんな「はっきり」さかげんは、どうもコンビニエンスな状況理解で、不安なんです。人間も、世の中も、なかなか簡単ではないのだよと、面倒くさくて、分かりにくくて、考えたり悩んだりしなくちゃいけなくて、自分自身でさえも矛盾の塊で、「はっきり」「すっきり」しないものなんだよと...そんなことを、あえて自分に言い聞かせているところです。

政治家たちは、こぞって「はっきり」させようと、「大胆」なポーズを取り、「分かりやすい」ニュアンスを漂わせていますが、下手な香水や人口甘味料ほど、有害であることを、僕たちは肝に銘じる必要があるでしょう。自分たちの未来を、「ルックス」や「イメージ」ましてや「ファッション」で、決めるわけにはいきませんからね。

「人間は考える葦」なのに、考えなくなってしまったら、一体何になってしまうんだろう。

夕方から、連れ合いぴよさんの新車(ちゃこちゃん)で、古川・長岡の曼珠沙華の羽黒山公園経由で、川渡温泉藤島旅館に行きました。曼珠沙華は、さすがに彼岸花だけあって、盛りは過ぎていましたが、それでもかなりの迫力を持って輝いていました。藤島旅館で、石鹸を持たず、それでいて長くだらりと入っている方がいたので、「よかったら、石鹸を使いますか」と声を掛けました。すると、「持ってきています」と言いながら、足をくじいたこと、湿布の後の治りが悪く、この温泉の効能を聞いて来たこと、南仙台から来たこと、遠刈田温泉のことなどなど、いろいろとお話しました。話し掛けられて、嬉しかったみたいなので、僕も嬉しくなりました。

帰ってきて、ぴよさんの同僚の先生から頂いた収穫したての新米を頂きました。「あっ! 水を入れ過ぎだったよ!」と見間違うほど、つややかで、おいしかったです。生きのいいものは、やっぱり本物の味がするんですね。h先生、ごちそうさまでした!

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