昨日へ     2003年11月05日   明日へ

どうも、疲れているんです。体調は、かなりよくありません。腕がしびれています。学校を休もうかと思ったのですが、やることもあります。また、子どもたちに会えば、元気になれるような気もします。しかしながら、今朝、また、幸せじゃない夢を見ました。

僕は、飲み会に行く。車で送ってくれた連れ合いに手を振る。仙台駅地下のミスタードーナツ前の通路のようであり、ベトナム戦争時のサイゴンのようでもある。いずれ、雑踏の中。僕は、中国の友人二人が、帰国するので、一緒に飲むことなったのだ。

店のテーブルに付くと、隣は中国の兵隊だ。中国語は、難しくないと、ゆっくりと話してくれる。漢字も混ざるので、分かりやすい。僕も、中国語を話す。近くに、女性がいて、帰国する一人が近づき、彼らは、恋人になっていた。

彼らは、いつの間にかとても小さく、そして年老いて、しかも傷痍軍人になっていた。かの恋人は、長い髪の毛で、目を隠す。涙も、顔も隠す。みんな、静かに、平泉の金色堂からの杉並木を下りていく。風はない。音もない。

そこは、広い砂浜だった。傷痍軍人たちは、砂浜に寝る。まるで、手の指のように、ぴったりと並んで寝る。風になびくように、ときおり体を起こす。表情は、ない。僕は、彼らを探すけれど、もはや分からない。

ふと見ると、左のほうから、蒸気機関車が近づいてくるではないか。明治時代に新橋を走ったような機関車が、レールのない砂浜を走ってくる。その躊躇ない走り方に、僕は気付く。殺すつもりだ。すぐに、蒸気機関車は、まるで枕木の上を走るように、抵抗なく人を殺していく。

そして、蒸気機関車が走り去った途端、右のほうから、兵隊が走り出してきた。銃を持っている。殺し切れなかった人のとどめを刺すというのか。銃の音が響く。そして、兵隊は、僕のほうにも銃を向けてくる。急いで逃げた。けれど、左腿を打たれた。玉が抜けていった。倒れた僕は、ここで死んでしまうことを悟った。痛みよりも、孤独感が大きかった。

学校で、みんなの顔を見て、おしゃべりして、少し元気が出ました。学校からの帰り道、月が満月になりきらない、そして薄く雲に隠されつつ、それでも輝いている様子に、優しさを感じました。満月になりきらない輝き。なぜだか分からないのですが、宮沢賢治のことを、思いました。

写真は、2003年1月の千歳空港での1枚です。たくさんの鏡が、リアルでない世界を作っていました。独立展にありそうな感じ。

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