昨日へ     2003年12月25日   明日へ

今日も、出勤です。今日は、貯まっている文書仕事を、がががっとしました。とりあえず、やることはやったので、ほっとしました。本当は、計画的にこつこつと貯めないでやればいいんです。いつもそう反省するんです。でも、今年はちょっとだけ違います。こつこつとやりたいもんだと思いながら、僕の暮らし方を振り返ると、何だかこつこつ仕事はできそうにないんだよなぁと思うんです。抱え過ぎなんだよなぁと、そういう面において、反省です。

こんなふうに思うのは、いろんな方から、エールメールを頂くからです。たとえば、いつも温かなメールを送ってくださるHさん。Hさん、いつもいつもありがとうございます。Hさんがおっしゃるように、倒れないように、まんずまんず休みながら暮らしていきますね。「やれ!」と命令された仕事なら、きっとおおらかに「はっはっは!」と笑いながらさぼったり、「やらない!」と拒否するんだと思います。でも、自分でしなくちゃいけない(するべきだ)と思ってやることって、なかなかさぼれないんです。また、自分でやることなら、まあやれちゃうものなんです。本当、いつもいつもありがとうございます。何だかんだ言って、この頃は、気を抜くときを作ろうと思っていますし、実際結構さぼっているんですよ。そういう意味で、2004年は頑張りますね。

さて、今日、職員室で、がががっと仕事をしていたら、宅配便の労働者が、荷物を置いていきました。ぱっぱと走ってきて、たったと走っていきました。僕が言うのも難ですが、疲れないかなぁと心配です。勢いがあっていいようにも見えますが、余裕がないようにも映ります。ノルマがあるのでしょうか。ゆっくりと階段を上ってはいけないのでしょうか。

学校仕事も、かなり無理な仕事があります。だいたい休息休憩が取れていないです。勤務時間内に、仕事ができないということは、プライベートな時間に仕事をしなければならないということ。これは、明らかに法律に違反しています。学校現場では、あたかもあたりまえなことになってしまっていて、だからこそとても問題なのです。「仕事は、家に持ち帰らないように」と言われるものの、持ち帰らないで仕事ができる環境は、ないんですから。「健康管理に留意してください」と言われても、休みがないなら疲れはとれません。

だから、宅配便の労働者を見ながら、いろいろ考えるんです。ひょっとすると「事故を起こさないように、安全運転を心がけるように」と言われながら、「今日は、何時までに、どことどことどこに、遅れないよう配達し、できるだけ新たな配達も確保してくるように」なんて、言われているんじゃないかなぁって。世の中の道は、ぐにゃぐにゃ曲がっていて、坂もあるし、信号もあるし、渋滞もあるんだけど、管理・命令する側にしてみれば、直線距離の正味時間しかカウントしていないんじゃないだろうか。ひょっとしてひょっとすると、車の燃料代もカタログに載っている燃費分しか出なくって、それよりかかる分は、運転手の自腹だったり...まさか、そんなことはないですよね...

でも、管理・命令する人たちは、簡単にそんなふうに考えそうで、僕は心配しています。「改革」を訴える権力者たちは、たとえば郵便料金のことを口にします。「一律の郵便料金は、いかがなものか?」だなんて、僕はうんと腹が立ちます。地方は赤字だなんて、あたりまえじゃないですか。山の奥まで、一通の手紙を車で配達するのと、都会のマンションの玄関に並んでいる郵便受けに配るのとでは、訳が違うんです。不平等だというのでしょうか。これまでも、地方の鉄道は、どんどん廃線にさせられました。バスの便数も減らされました。それは、赤字だからです。でも、ある意味、赤字で当然です。山奥に配達に行く郵便業務が黒字になるなんてって、考えられません。

競争社会では、赤字ではやっていけなくなります。バスの運転手も首にさせられたりしています。経営者は、経営者のために、首を切ります。みんなの幸せではなくて、経営者の幸せなんです。誰のための「改革」なんだろうなぁと、考えます。これまで、赤字になっても、みんなのために何とかやってきた。何とかするべきという良心があったと思います。地方への補助はたぶんそういう存在だったのだと思います。そんな良心を捨ててもいいよというのが「規制緩和」なのかもしれません。

地方の町に残るのは、高齢者ばかり。だって、仕事がないんですもん。医療のことで言えば、病院もどんどん減ります。交通手段もなく、あったとしても高額。だから、なかなか病院に行けなくなります。...これが、平等なんでしょうか。公平なんでしょうか。これから稼ぐ子どもには、医療費を掛けても「無駄」ではないが、高齢者にはお金を掛けたくないと言っているかのようです。僕は、「改革」の行く末が、単なる「経営者ハッピー」でしかないように思われます。

今日も、理不尽な労働を強いられている人がいっぱいいると思います。経営者のために、自分の時間やお金、ときに命を費やしてしまっている労働者。僕たちは、消費者でもありますが、まずは働く労働者です。働く仲間を切ったり、捨てたり、使ったりすることなく、支配者・権利者に、きっちりモノ言っていかなくては、なりません。自分だけの幸せではなく、みんなの幸せを望むということ。きれいごとのようですが、宮沢賢治の遺志は継いでいきたいと思います。こんな毎日ですから。

写真は、12.23の教育基本法改悪反対集会で、社会風刺コント集団・ニュースペーパーのコントの一コマ。これが、誰だか...分かりますよね? いゃあ、笑った!

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