今日は、土曜日に学習参観があった分の振替休業日です。でも、やっぱり早朝から、起きました。やることがあるんです。やらなきゃならんことがあるんです。
前任校で2学年の担任をしたメンバーが、今年卒業です。そう、この日記サイトを開始したときに担任していた、あの愉快な面々です。卒業文集へのひとこと寄稿を頼まれていて、遅れて郵送してしまい、その手紙に「お詫びとして、みんなの写真を持って、3月1日に行きます」って書いたんです。でも、まだ手紙は出来ていないんです。写真のほうは、B5版4枚分、みんなの分を印刷してあるんですけどね。
さて、手紙。いつものように筆ペンで。けれども、誰かが多くて、誰かが少ないと嫌だなぁと思い、下書きをしました。何だか、通信簿の所見欄を書くような、それでいてラブレターを書くような、何かそんな感じ。結局、昼前までかかりました。陳腐な言い方ですが、4年前が昨日のことのように思い出せるものです。とってもお世話になっている保健室の先生用に、みんなに渡す写真4枚をA31枚にまとめて、ポスター状にしてお土産にしました。本当は、岩出山のラーメン屋さんでお昼にしたかったのですが、時間に余裕なく、インスタントラーメンをぱぱっと飲み込み、岩出山に向かいました。
前任校を訪れるのは、春の運動会以来です。裏山が、土砂崩れを起こし、その修復がなされ、僕がいた頃とはずいぶん違った雰囲気になりました。5時間目が始まった頃でしたので、僕は校長室におじやますることになりました。
校長先生とは、少しだけ面識がありましたが、いろいろとお話をするのは、初めてでした。とても素敵な方です。とっても行動範囲が広く、いろんなお話を聞きました。楽しかったです。学校を出て、車の中で、やっとぴったりの言葉が浮かびました。それは、教養です。知識豊富っていうのと、教養があるっていうのとは、少し違います。校長先生のお話は、教養のなせるものでした。経験と、ご自身の考え...考えというよりも「論」って感じでしょうか...奢らない自負に裏打ちされた、借り物でない思想とでもいいましょうか...。型にはまることを拒否し、自らが型にはまっていないか自問できる、そういう生き方を目指したいと、うんと感じたいい時間でした。そうそう、途中で6年生の保護者のSさんが来ました。何と、今日は高校の卒業式の日! この学校で初めて担任した彼らが卒業するのが、今日だったとは! 「そうだよ、先生。知らなかったの!」と、あいかわらずの口調で言われ、懐かしかったです。嬉しかったです。そして、知らないでいて、ごめんなさい。
さて、5時間目が終わり、委員会活動が終わり、やっと6年生が校長室に来ました! がらっと変わったと言えば、Rちゃん。後のみんなは、何ともそのまま大きくなった感じで、おかしかったな。うれしかったな。初めは、もぞもぞしていたみんなでしたが、写真と手紙を渡し、みんなで見ながら、あれこれとおしゃべりをしました。話し始めると、思い出話大会です。写真のあちら側にあるエピソードを、みんなで「ああ、そうだぁ!」「うそっ、そうだっけ!」と話しながら、盛り上がりました。ああ、写真を持って来て、よかったなぁ。みんなが言いました。「何だか、昨日みたいだなぁ。」僕も、そう思いましたよ。ギターを持っていったので、一曲弾きました。歌いました。手拍子が来るとは思わなかったので、何となくいつも通りには、弾けなかった。ごめんなさい。
結局、4時過ぎまでおじゃましました。手を振って、手を振って、別れました。一緒に玄関を出た少年たちは、車のところまで来てくれました。そこで、はっと気付いて、今日兄ちゃん姉ちゃんが高校を卒業した面々に、いつものような筆ペンでA4の紙に走り書きの「おめでとう」を託しました。車のボンネットで、風に紙をひらひらさせながら書いたのですが、きっと僕の思いは届くはずです。
校門を出たら、見慣れた車がクラクションを鳴らします。あっ、高校を卒業したTくんが、助手席に乗っているはず...と、車の窓を開けたら、何とお母さんが助手席で、ニキビのあるちょっとかっこよくなった青年がハンドルを握っていました。ああ、びっくりした。そして、おめでとう!
温かい気持ちになって、僕は昔通い慣れた道を走り、線路を渡り、ちょっとだけ迷いましたが、川渡温泉藤島旅館に向かいました。途中、道の駅に寄って、保護者の方とお話を少しして、まんじゅう麩を買いました。藤島旅館の浴室は、がらんとした早めの夕方。ゆっくりとお湯に浸かりながら、たくさんのたくさんの子どもたちの成長を噛みしめ、そして幸あれと思いました。