いわゆる拉致被害者の家族が「帰国」して、あれこれと報道が流れています。「日本名」のことがあって、驚きました。そこまでするか?と、思いました。
朝鮮民主主義人民共和国で生まれ、朝鮮民主主義人民共和国の名前を持ち、将来の夢も持っていただろう青年たち。彼らは、ある日親を拉致されます。そう、朝鮮民主主義人民共和国の彼らの立場からすれば、日本に行って戻るはずの親が帰ってこないのですから。彼らにしてみれば、それはとても悲しいこと。日本は、憎むべき対象だったことでしょう。
そんな日本に初めて行くことになり、それが「帰国」であるとされ、君にも日本国籍があるとされ、歓迎され、「自分」を...「自分」の歴史を...どう捉えていることでしょう。
逆ならどうでしょう?
ある日、あなたの親が朝鮮民主主義人民共和国に行くんです。そして帰ってこない。それは、きっと「拉致」と取られるでしょう。悲しいに違いありません。しかし、ある日、キム総書記が日本に来るんです。そして、親に会わせてやるからと、あなたの手を引くのです。飛行機を降り立った、朝鮮民主主義人民共和国の空港では大歓迎! あなたの「帰国」を歓迎するんです。そこで、初めてあなたの親が朝鮮民主主義人民共和国で生まれ育ったことを知ります。親が日本に拉致され、そこであなたが生まれたことを知るんです。本当はあなたは日本人でないのだと知らされるんです。そして、朝鮮名をもらうんです。
絶対にあり得ないとは、言い切れないような気持ちが、僕の中にはあります。
「帰国」した青年たちは、今、どんな気持ちでしょう。親と会えたのは、よかったこと。でも、友達や恋人と、きっと別れてきているに違いありません。彼らが「帰りたい」という自由はあるかどうか、僕には少し不安があります。
「日本のほうがいいに決まっている」と、あなたは考えていませんか? 朝鮮民主主義人民共和国で暮らすよりも、日本のほうがいいって、いつの間にかに考えていませんか? そうかもしれない、でもそうではないかもしれない。そのへんのあたりまえを、ちゃんと疑える僕でありたいと思っています。自分への思い上がりを禁じられるように、どこかで静かに見ていられるように。
幸せは、人の数だけあります。幸せは、押し付けられたところで、急に不幸せになることも、あるんです。いつか、青年達の話を聞きたいなぁと、思っていますよ。
写真は、4/29の有楽町での1枚です。