昨日へ     2004年11月13日   明日へ

教職員組合の県教研の日です。僕は、職場の民主化分科会に、レポートを提出することになっていたので、早くに家を出て、東北道・仙台南インターそばの「茂庭荘」に急ぎます。久しぶりの顔。よく会う顔。

今年のレポートのテーマは《「教職員の資質向上」の実際〜教職員管理統制制度を許さない闘い〜》です。目次は、次の通りです。

1 はじめに

2 全国教研報告

3 恣意的な長期特別研修をなくす会の活動のその後

  ◎恣意的な長期特別研修をなくす会・2003-2004年の主な活動経過

  ◎こつこつとした取り組み

  ◎状況は厳しくなっています

  ◎運動の広がりのために

4 教職員評価制度に抗して

(1) 抗って 初めて奴隷 ひとになる

(2) 今こそ、声をあげなきゃ! 教職員評価制度は、いりません。

  びくびくぎすぎすは、ごめんです。

   @ 誰のための学校なのかということ。

   A 個人のせいではないんです。

   B 納得のいく「教職員評価制度」なんてありません。

   C 今、おかしいことをおかしいと、声にしましょう。

   D 私たち《恣意的な長期特別研修をなくす会》は、声にしていきますよ。

(3) 宮教組定期大会修正案 第3号議案 2004年度の運動方針(案)p61

   ○ 修正箇所は、次の通りです。

   ○ 私は、宮教組執行委員会の考え方には、反対しません。

   ○ 今、どう闘うかが問題なのではないでしょうか。

   ○ 議論するまでもなく、これは攻撃なのではなかったのですか。

   ○ 〈東京や広島のように〉ならないと、言えないのではないですか。

(4) 「教職員評価制度」は、何のため?

1 いろんな考え方によって、「よい学校」はかわるんです。

  ◎このままじゃいけない!

  ◎なぜ、こんな事態になったんだ?

  ◎そこで対策

  ◎まず、学校

2 評価制度の実際

3 評価制度の危険性と、今すべきこと

  ◎「よい制度にする」よりも、制度をスタートさせないこと

  ◎職場のみんなで対応しないと、ばらばらにされます

(5) みんなで仕事をしていきたいんです。〜教職員評価制度について思うこと〜

  0 はじめに

  1 みんなで仕事をしていきたいのです。

  2 割り切れないです。

  3 アドバイスがほしいんです。

  4 分類されることの意味って何なんでしょう。

  5 みんなで仕事をしていきたいのです。

  6 学校みんな評価「S」ならいいのに。

(6) わたしは、シロです。

  ○ 私は、教職員評価制度を理解できないでいます。

  ○ 監視と管理で、「資質の向上」はできません。

  ○ 処分と表彰にリンクしているから、加担できません。

  ○ 助け合うどころか、自分のことで精一杯になります。

  ○ 校長先生も大変だと思います。

  ○ 勇気がいることかもしれませんが...

(7) あらがい

5 最後に

※ 資料

この中から、最後のほうを、抜粋して載せますね。「シロ」は、既出ですが、話の展開上、再掲載です。

(6) わたしは、シロです。

■私は、教職員評価制度を理解できないでいます。

 《教職員の「資質の向上」のため》《学校の活性化のため》に、宮城県は教職員評価制度をスタートさせようとしています。でも私には、この制度が理解できません。学校をよくするとは、到底思えないんです。だから、自己目標を書きなさいと言われている今、「私は書けないです」と、思っています。きっと、そう言います。私は、シロ。私の自己目標欄は、白なんです。

■監視と管理で、「資質の向上」はできません。

 町中に監視カメラがあっちこっち増えていて、私はすごく嫌です。監視は、安全をもたらすのでしょうか。犯罪を減らすのでしょうか。私には、あのカメラが、ときどき銃に見えます。威嚇にびくびくしながら、または物陰からの銃口に気付かずに、私たちは暮らしているかのようです。監視カメラは、銃は、武器は...平和と安心をもたらすのでしょうか。

 学校を取り巻く環境に、問題はきっとあります。問題は、乗り越えられるべきです。でも、学校って教育の場・子どもが育つ環境です。冷たいシステム導入で、問題解決を試みるなんてすべきじゃないんです。この制度は、日々の関わり・人間関係の中でよい方向を模索していくことを、放棄させてしまいます。銃口を向けられるのと、あまり変わらない気がします。

■処分と表彰にリンクしているから、加担できません。

 目標を立て、評価する...。達成したら、達成しなかったら...どうなるんでしょう。先日職員室で聞いた説明によると、当面賃金などには反映させないとのことでしたが、理解できません。なぜなら、現在も宮城県では、「不適格」教職員排除の長期特別研修制度は温存され、一方で「優秀」教職員表彰制度はスタートされているんです。「S」とか「D」とか、記号で残される評価が、私の処遇・教職員みんなの処遇につなげられるのは、見えています。学校現場から外されないように「部下」となり、表彰されるように「しもべ」になるのは、嫌です。話し合いが、成立しない教育現場で、子どもたちは成長できません。

■助け合うどころか、自分のことで精一杯になります。

 この制度がスタートしたら、職員室の中がばらばらになります。私を理解してくれる校長先生もいるかもしれません。でも、そうじゃない方もいるでしょう。今回、試行であれスタートさせてしまうと、この先ずっとこの制度は続けられます。嫌がらせや、威嚇に使われることは、残念ながらとても想像しやすいです。職員会議での討論もできなくなるかもしれません。職員会議が、なくなっちゃうこともイメージできます。みんな、なんにも自分の気持ちを話せなくなります。失敗を隠すことにつながるかもしれません。話すことは、自分の得点アップにつながることだけ...そんなの嫌です。そして何より、それは子どもたちのためになりません。

■校長先生も大変だと思います。

 校長先生方も、被管理・被監視に置かれていますから、大変だと思います。でも、私とフィフティーフィフティーじゃないんです。評価するされるという上下関係・権力関係にあるから、私は従うしかなくなってしまいます。

 「制度がなくても、先生方は念頭に置いていることでしょうから」とか「これまでも、学級経営案に書いてきたことです」とか、はたまた「一般的なことを、適当に書けばいいんです」とか、もしくは「書かなかったら、大変なことになるぞ」とか、自己目標を書くように、きっと言われるでしょう。書かせられないという事実は、校長先生方への教育委員会などからの軋轢につながりますから。そういう面では、申し訳ないと思いつつ、だからと言ってこの制度を、私はスタートさせるわけにはいかない。そう考えています。

■勇気がいることかもしれませんが...

 正直言って、びくびくしています。ドキドキです。ああ、どんなふうに言われるか、どんなふうに話そうかと、不安です。私は、組織的な活動として、こういう言動・表現・活動をしているわけじゃなく、まさに個人としてやっています。心細いものがあります。この心細さを感じているゆえ、教職員の皆さんに同様のアクションを強いるわけにはいきません。そもそもそんな権利はありません。でも、呼びかけはするんです。私一人じゃ、うんと小さな力。あがきって感じです。でも、誰かが同調してくれたら、せめて理解してくれたら、私はなんぼかでも、将来への希望があるよなぁと思っています。

 今回の制度は、まだ試行です。論議の余地はあります。私は、あきらめません。あなたの理解を、得られればと思っているんですよ。

 わたしは、シロです。あなたの理解、そして応援を求めます。

(2004.06.19)

(7) あらがい

『わたしは、シロです。』は「教職員評価制度」という、教職員への監視管理強化制度へのTあらがい(抗い)Uの個人ちらしです。春に作ったものです。

 いろんな方に渡しました。何かかにかの集まりで、いろんな人に渡しました。当然、教職員組合の集まりでは、みんなに渡しました。いろんな人が、いっぱい話題にしてくれます。でも、闘いはこれから。今の状況では、人は仲間を失い、ばらばらにされてしまう。これって、学校の教職員にかけられている攻撃には留まりませんね。

 ちなみに、まもなく「自己評価」の時期になります。私は、あいかわらず「シロ」なので、評価のしようはありません。ある意味、楽です。「目標」を書いた人にも、せめて「全体評価」は「シロ」で行ってほしいなぁと思っています。

 あらがうのには、勇気が必要です。いやはや、大変です。消耗します。気も遣います。でもね、何となくごまかしてクリアーして、嫌な気持ちになるよりも、はっきりと意志を表すのは、気持ちいいもんでもあるんですよ。

 僕は、生まれてから一度も「君が代」を歌ったことがありません。北海道は夕張の学校だったので、あの頃「日の丸」も「君が代」もなかったんです。ストライキの記憶はありますよ。そう、メーデーで午前授業だったりしたことも。石炭貨車には白ペンキで「合理化反対」とかダダン!と書かれてありましたっけ。さて、告白します。そんな僕も、卒業式などで起立していました。歌わないんだけど、立ってしまっていたんです。自分にあれこれと言い訳をしながら、気持ちをごまかしていました。嫌な気持ちでした。職員会議であれほど論議したのに!って感じ。でもね、いざ座ると、これが「楽」なんだなっ! 自分を偽らないということ。すっきりと気持ちがいいのです。なぁんだ、いろいろドキドキしたのにっ!って感じ。

 監視管理社会は、僕の自由を奪うので、僕はあらがいます。住民基本台帳ネットワークシステムもそうです。住民基本台帳ネットワークシステムで、僕を示す番号が書かれた(らしい)葉書が送られてきたことがありました。随分前ですけどね。僕は返送して、町長に手紙書きました。返事が来て、そして...それっきりです。これから、いろいろとあるかもしれません。でも、誰かの指導や指示を受ける受けないではなく、団体グループとしての取り組みでもなく、人はひとりでもあらがうことは、できるもんなんです。ときどきドキドキします。心細くなります。でもね、きっと理解してくれる人がいる。

 とりあえず今、少なくとも宮城県の学校現場には教職員評価制度が突きつけられています。とりあえず、宮城県の教職員の方、ぜひ何かのアクションを起こしましょう。「何か、へんだよね」とか「書きたくない」とか「書けない」と話すだけでもいいです。すぐにあきらめて、どんどん通してしまわず、私たちの明日を私たちで作っていきましょう。

(2004.09.02)

5 最後に

 ロボットに似た人間も、人間に似たロボットも、結局「操られる」という点では、同じです。教育を「人材作り」と考えている権力者にしてみれば、きっと学校は「工場」と変わらないのだと思います。そうすると、教職員は「工場」の部品ということになるのでしょう。部品は、操作する者の言う通りでなければ困るのです。

 けれども、教育基本法下において、そもそも日本国憲法下においては、権力者の意図で「人材作り」が行われるのは、違法なこと。私たちは「お国のため」に学校があるんじゃないことを、「お国のため」に子どもがいるんじゃないことを、明らかにしつつ、それを守っていかなければならないと思います。

 「教職員の資質向上」という声の意図は、合理的・効率的・無駄なく、教育政策を推し進めるため。私たちは、人間であることを、良心を持っていることを、決して捨てずに、闘っていきたいものです。

さすがに、昨年度とは違い、教職員評価制度に関わるレポートが多かったです。分科会の半分を占めたと思います。考え方、闘い方は、いろいろですが、問題であるという認識は、広がっています。今こそ「認識」を「行動」に移すときなのだと思います。

夕方、分科会は休会。明日に続きです。講演会などが予定されていましたが、僕はふらりと外に出ました。夜の特別分科会までの間、久々にオフタイムにしたかったのです。

当初は、秋保温泉の公衆浴場に行くことを思っていましたが、ふと閃いて、東北道に乗りました。村田から山形道を走り、川崎で下りました。そして、山への道をぐんぐん走り、僕は青根温泉に着きました。いつもテントを張る駐車場には、洒落た洋館が建っていて、びっくりしたなぁ。入浴券150円を買って、大湯に入りました。

あいかわらずの大湯です。ぬるめのお湯です。ぐたぁ〜っと、ずっと入ってられるお湯。でも、どんどん混んできたので、ほどほどにして上がりました。ここは、脱衣場の狭さが何よりも課題です。

どうしようか迷いましたが、同じ道を走らない僕は、遠刈田温泉に下りました。開いているかな?と「鴨そば」の新楽さんに行ったら、開いていました。ラッキー! 柴門ふみの「非婚家族」というマンガを読みながら待ち、鴨そばを食べました。ふぅ〜!

そして、永野に下りて、村田に抜けて、東北道に乗って、また仙台南インターで下り、「茂庭荘」へ。何とも、コンパクトなツアーでした。思いつきで、ぱっと行っちゃう自分を、少しだけ褒めました。

夜の特別分科会は「教職員評価」に関わる分科会です。昨年同様、一番に部屋に入り、真ん中の席に座りました。始まる7時には満員。関心の高さがうかがえます。レポートは、制度の問題点を明らかにするものでしたが、ではどう闘うかは、明らかではありませんでした。

今年の僕は、自分のレポートを部屋の入り口に置いていたので、発言はなるべくいろんな人に譲りました。でも、どう闘っていくかについては、発言しました。また、ちょうど今、評価をどう書くか迷っている人がたくさんいることも、訴えました。昼の分科会でも少しお話を伺ったのですが、私立高校では、もう既に人事考課が進められています。そして、問題も明らかで、闘いも進められています。夜の分科会で、お話を聴きながら、やっぱり労働組合として闘う必要性を感じたところです。「教え子を二度と戦場に送らない」ための「団結」が問われているんです。

写真は、2003年11月23日の夕張での1枚です。

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