昨日へ     2005年01月17日   明日へ

社会科では消防署で働く人についての学習です。教科書と図書室の本で学習。その後、10分ほど時間を取っておきました。「今日って、何の日か知ってる?」「はんしんあわじだいしんさいの日でしょ」「そうだよ」消防署の仕事で、人の命を救うこと、災害を起こさないように呼びかけることなどを学習したところだったので、みんなピンときたんですね。

僕は、あの日のことを話しました。高速道路が折れてしまったこと、消防車だって、救急車だって、行けないこと。電話も通じないことは、話しました。そして、火事のことを話しました。火事では、火傷をするということ。火傷と一言で言うけれど、それは全身に及ぶこと。

「気持ち悪くて、ごめんね」と言いながら、焼き肉の話をしました。みんな焼き肉が大好き。焼く前の肉って、生だから赤いよね。焼くと、じゅーっと音がする。あれ、おいしそうな音だよね。音がしないとなんか、いまいちだよね。だんだん焼けてくると、何色になる? 「白っぽくなる」 そうだよね。そしてさ、少し縮むよね。でっかい肉だと思ってたら、そうでもなかったことって、ない? 「あるある!」 

でね、人間もおんなじなんです。熱いフライパンに、人さし指を押し付けたら、どうなると思う?「きゃー、やめてー」 じゅーっと音がするよ。普通は、熱くてすぐに指を離すよね。でもね、じゅーって押し付けたままでいるの。するとね、匂いがしてくる。肉の焼ける匂いだ。何色になると思う? 白っぽくなって、ぐぐっと縮んでいくんだよ。気持ちいいと思う? 「そんなわけないでしょー!」 そうだよね。

落ち着いて聞いてくださいね。火事になって、何かの下敷きになって、動けない。「たすけてー!」って言っても、誰も気付いてくれない。無理に動かそうとしても、痛みが走って、ダメ。さて、阪神淡路の地震のことを、思ってください。今日だよ。冬だよ。きっと寒かったよ。地震で倒れたものに下敷きになり、動けない。寒い。痛い。寂しい。泣き疲れた頃に、何か匂いがしてくるの。ん? 何だ?と思っているうちに、だんだん煙になってくるの。ぱちぱちって音がしてきて、寒かった足先のほうが急に熱くなってくるの。あっつい! あつい! 「たすけてー!」「あついよー!」と言っても、誰も聞いてくれないの。そうしているうちに、足の先に炎が回るの。フライパンに乗せたくらいじゃないよ! ...そうやって体中が焼かれて、命を落としていった子ども。君たちには、そうなってほしくないよ。

教室は、しーんとしていました。

でね、一番辛い場面ってね、こんなもんじゃないよ。私はね、火が消されてからが、うんと辛いよ。インドネシアの津波で、いっぱい人が亡くなりました。身元確認ができないって、ニュースでやっているでしょ。どういうふうにしていると思う、身元確認って? 命を落とした人が、横たわっているの。その人の顔を見て、確認するんだよ。さあ、話戻すよ。

火事で全身を焼かれてしまった子どもは、きっとすごく縮んでいると思う。火傷だらけで、耳など残されていないかもしれない。肌はきっと肌色じゃないし、髪はないはずだ。安らかに目をつぶっているとは限らないね。そんな悲しい体を、残された親がね、探すんだよ。たくさん横たわっている中かもしれない。顔に掛けられた布を、めくるんだ。そうしてね、「あっ違う」と布を戻すの。何度も何度もそうしながら、この子かもしれない、この子かもしれないと、考えるだろう。そうして、やっと自分の子ども、しかもどうしようもなく変わり果てた姿の子どもに出会ったとき、その親は、さあどんな気持ちだっただろうね。私はね、身元確認っていうのが、とても辛いです。残された人もまた、とても辛いのです。

地震はこわいよ。津波もそうだね。火事ももちろんです。どんな事故も嫌です。痛い思いはしないでほしい。自分だけでなく、たくさんの人が傷付くことを覚えていてください。今日ね、ニュースとか新聞とかで、きっと阪神淡路大震災のことをやると思うんだけど、そんな中におじいさんやおばあさんが出てきたら、この人は自分の子どもや孫、ひょっとしたら妻や夫そして親の身元確認を一所懸命にしたかもしれない。今も傷は癒えていないかもしれないって、ちょっとだけ想像をしてくださいね。

そんな話をした社会科でした。

ちなみにあの頃、僕は白石で暮らしていました。3学期が始まって間もない17日。ふとんの中で、ゆっくりと大きく揺れて、起きました。同僚の先生が捨てるというのでもらったチャンネルがダイアル式の、ときどきカラーになるテレビ。スイッチを付けて、驚きました。神戸は、大変なことになっていたんです。ちょうど、夕張の母さんが神戸に旅行に行くって話していたので、驚いて電話。すると、もう数日前に帰ってきて無事でした。ほっとしつつも、神戸は火の中にありました。

数年前に僕も神戸に行っていました。夫婦別姓全国交流会で、全国の仲間と会い、話をしました。酒を飲みました。まだ、別姓を考える会を発足して数年しか経っていない頃でした。神戸で頑張っている仲間が、どうしているか、すごく不安になりました。別姓を考える会の仲間が連絡をしました。無事であることを聞きました。でも、僕は電話をしませんでした。それが今もとても恥ずかしい。

あのとき、教職員組合の先輩が休みを取って、震災復旧のボランティアに行きました。僕には、僕の仕事があると、心の中でつぶやいて、行きませんでした。そのときのことを、恥ずかしさを、迷いを、弱さを、ときどき思い出します。あれから、10年。遠い10年なのか、すぐに巡った10年なのか、よく分からない感じです。

写真は、今日の教室での一コマ。卓球少年少女。台をみんなで運んできて、こんな感じ。こういうとき、オープンスペースはいいですね。

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