昨日へ     2006年02月25日   明日へ

6時前に起きて、すぐに四輪車で、仙台空港に向かいます。今日は、連れ合いぴよさんと一緒に、三重に出掛けるんです。日教組の全国教研に合わせて開かれる「自主教研「日の丸・君が代」問題交流集会」に参加するためです。

松島から高速に乗って、空港に行きます。早朝なのに、人はいっぱいいるんですね。名古屋空港へ全日空でゴーです。今回の旅、よっぽどデリンジャーさんの本を持っていこうかと思いましたが、「なくす会通信」を背負っているので、やめました。ベースマガジンを読みながらの空でした。途中、富士山がきれいでした。

名古屋空港に降り立ちました。さぁて、用事は「自主教研「日の丸・君が代」問題交流集会」だけです。全国教研の傍聴もしません。2人の1泊旅行にしようと思いました。空港の名鉄の駅で、表示を見て、ぱっと思いつきました。犬山城を見に行こう! そして、あと5分で発車する電車に乗りました。

夕張市立夕張第一小学校の4年生のときだったと思います。大河ドラマ「国盗り物語」に夢中になりました。斎藤道三の油売りの場面など、よーく覚えています。あのドラマと、歴史マンガのおかげで、僕はすっかり歴史好き少年になりました。安土桃山時代と言われる時代は、主に愛知・岐阜あたりがよく語られる舞台でした。武将の物語が基本ですから、お城の話もよく出てきました。そうそう、安土城が復元されるという新聞記事の切り抜きは、僕の過去物段ボールのどこかに潜んでいるはずです。

そんな僕ゆえに、電車の料金表の中に「犬山」とあると、ピン!ときちゃったんですな。どのくらいの距離かもよく分からないまま、電車に揺られて昼前には犬山に着きました。

とりあえず、お城を目指します。ぶらぶらと暖かな陽気の中を歩きます。観光観光していない雰囲気は、少し喜多方に似ています。好感が持てます。のら猫の写真を撮ります。横道にそれます。ぴよさんが、お店の人とおしゃべりをします。ごへい餅を買って、2人で食べます。おばあさんが、ゆっくり歩いています。神社の鳥居の下のたこ焼き屋さんの回りには、チャボが散歩しています。ああ、何とも休日な空気です。お城近くの食堂に入り、きしめんと、味噌煮込みを頼みました。まあまあという感じかな?

お城に行く道、今年の大河ドラマに関係があることを知りました。ふーむ、それにしては宣伝不足と言いましょうか、欲がないと言いましょうか、何とものどかです。見上げるお城は、凛々しい顔をしていました。東京や京都では、こういう顔はできないなという感じ。登る階段はとても急で、白石城を思い出しました。てっぺんは、さすがに気持ち良かったです! 木曽川が流れ、町を見下ろし、けれども、上を静かに雲が流れて行きます。赤いじゅうたんが敷かれていましたが、ごろんと昼寝をしばししたい感じでした。ああ、これも春風のせいかもしれません。きっと、独りバイク旅の途中で寄ったなら「ぴよさんにも見せたい」と思う感じなのですが(そういうことが何度もあったのです)、ああ今日は一緒で良かったわい。

犬山城を下り、からくり人形を見て、ぶらりと歩いて、電車に乗り、名古屋へ。でも、すぐに近鉄に乗り換えて、今度は四日市です。

途中、長良川を渡りました。以前、名古屋港にバイクで降りたって、長良川の河口堰を見に行ったんです。あのときを思い出しました。「魚道」という人工的な建造物、まやかしな言い訳・暴力に、こうはなるまいと自分に誓ったのでした。四日市には、思いの外すぐに着きました。ぴよさんが予約してくれたビジネスホテルに行きました。駅からすぐでした。集会まで時間があるので、お風呂に入りました。ああ、贅沢だなー。そして夕方、じばさん三重に出掛けました。ホテルから歩いてすぐでした。

「自主教研「日の丸・君が代」問題交流集会」には、何度もお会いしている方がたくさんいました。基調報告は、山田さん。進行は、北村さん。お二方とも、僕が学生の頃から、憧れの先輩。ん〜、自分の言葉で語り、活動し続けなくちゃいけないのぉ〜。山田さんの、インフルエンザの話はとても興味深かったです。ちょっと違う話のようですが、僕は「この頃の子どもはどうですか」なんて質問をされると、「原始時代からかわっていませんよ、きっと」と答えています、実際そうだから。たいてい問題の根本は「大人社会」の側にあり、それはときどき「マスコミ」による功罪にさらされたりしています。経験浅い「子どもたち」が問題視され、監視されたり、改造されたりすることは、許されません。さて、山田さんのお話は、とても「人間そのもの」を信じるという位置にあるように感じられます。あれこれと思い通りに行かないこともあるけれど、思い通りに行ってしまうことは疑うべき...みたいな感覚。僕は、そう感じます。それゆえに、医療の現場で、流されていないことを、素晴らしいと感じさせられるのです。

各地の報告を聞きました。やはり、東京の異状事態をなんとかしなくてはならないと感じました。「日の丸・君が代」なんてどうでもいいと、きっと都教委も思っているんです。要は、命令に従わない者に圧力を加え屈服させることが目的なのです。「日の丸・君が代」を大切にするとか、そういう目的ではないんです。要は、自分の意見を言う者がいることが、許せないのです。または、自分の言葉で自分の気持ちを表現する「人間らしい人間」が、学校教育の場にいてはならないと、総ロボット化させることが、ねらいなのです。東京の仲間が、免職の危機にさらされています。もしよければ、署名活動にご協力ください。根津さんのページの「署名」をクリックすると、署名用紙がダウンロードできます。

各地からの報告は、北は北海道から、南は福岡まで、津々浦々からありました。僕は、宮城からということで話しました。時間がない中だったので、「伝わる言葉」のことを話しました。つい早口になっちゃうけれど、いっぱいしゃべればそれで伝わるわけじゃないということ。また、精神疾患のことも話しました。戸田さんの裁判のことも。大らかにおしゃべりしたものの、後からぴよさんに「宮城のことは、あまり話していなかったかもしれないよ」と言われ、今後気をつけようと思いました。参加者は、60名くらいだったでしょうか。

さて、その後、交流会です。居酒屋に移動です。ぴよさんはホテルに帰り、僕だけの参加でした。参加者は、25名ほど。東京、兵庫、北海道の皆さんと、たくさん語らいました。テーブルが2つになってしまったので、お話しできないでしまった方もいたのですが、でもきっとまたお会いできるはずです。こと東京のKさんとお話しできて、よかったな。2月5日の集会での発言に感動したことを話せてよかったです。ここには、皆さんとの話の詳細は載せませんが、迷ったり困ったり落ち込んだりしつつも、仲間と共に流されないで暮らしている仲間が、こんなにもいるのだ!という時間を過ごせたこと、感謝感謝です。ああ、三重に来て、よかったです。ありがとう。

昨日へ        明日へ

はじめのページ