昨日へ     2006年10月01日   明日へ

今日は、寝坊をしてしまいました。昨晩の暴飲暴食が原因でしょう。本当は、町内会の除草作業だったのですが、起きたら7時。アウトでした。ごめんなさいです。

お昼ご飯を食べてから、1時の電車で、今日もまた仙台です。持たないかなぁと迷ったのですが、やっぱりiBookを背負いました。そして、やっぱり電車で文章書きです。今日は「六ヶ所村ラプソディー」の鎌仲ひとみ監督の講演があるんです。講演を聴いた後、2回目になりますが「六ヶ所村ラプソディー」を見て、その後で介護という予定です。

仙台に着いてから「六ヶ所村ラプソディー」上映会場に行く前に、画廊に寄りました。昨日、仙台駅に行く途中の道でふと見つけた看板は「尾崎志郎遺作展」でした。ん?!と立ち止まった僕でした。

尾崎志郎さんの名前を知って、もう30年以上経ちます。尾崎志郎さんを、全道展という北海道で行われている公募展で、知った僕は、尾崎志郎の真似をした木版画をいっぱい作りました。今でも、いろんな建物を撮るのが好きな僕ですが、これは僕の少年期に、尾崎志郎さんの木版画を見ていたことが、大きく影響しています。今日も、上映会に行くまで少し余裕を持てるように、1時の電車に乗ったのでした。

さて、「尾崎志郎遺作展」に行ってみました。なるほど、僕が知っているよりも後の作品が多かったです。きれいな作品でした。ああ、この板の感じだよなー。利尻で過ごす夏の日々も、少し思い出しましたよ。画廊にいた方に、僕が少年時代から尾崎志郎さんの作品に親しんでいたんですよ...と言おうかとも思いましたが、おほほな雰囲気は、僕には場違いに思えて、芳名録に名前だけ書いて、出てきました。

「六ヶ所村ラプソディー」上映会の準備の様子は、メーリングリストに載せてもらっていたおかげで、メール情報的には知っていました。顔が分かる皆さんが、こつこつと準備していて、僕は何もできないでしまって、申し訳ない感じです。たくさんの方が参加した今日の様子に、準備されたスタッフの皆さん、改めて感謝です。ありがとうございます!

僕が着いたときには、「六ヶ所村ラプソディー」の1回目の上映中。終わって、入って、鎌仲ひとみ監督の講演会。いつものようにメモを取りながら、聴きました。
・坂本龍一さんが、ストップ六ヶ所のサイトを作っていること。
・昨日は、大阪での上映会。上映会を主催する若者たちが「これを見たら絶望するんじゃないか」と言っていたけれど「いつまでも絶望のままにしておくことはできない。絶望を希望にする転換点に」と言っていたこと。
・昨日は、東海村での事故5周年になること。
・イラクのミサイルの3分の1は、日本のお金で作られたこと。
・NHKで放送される番組を作っていたけれど、反米だとか、フセインに利用されるとか言われたこと。
・劣化ウラン弾。私たちが、電気を使った後、そのゴミが劣化ウラン弾になっている。
・核燃推進でも反対でも、未来は一つ。両方の意見を聞くこと。
・映画を通して議論を開くということ。
・自分たちの環境を切り売りして生活する。お金を得て、環境を破壊する。
・誰も責任を取らない仕組み。

そして、2度目となる「六ヶ所村ラプソディー」を見ました。1回目とは、少し違う印象でした。なぜだろう。監督の話を聴いたからでしょうか。前回は、気持ちで見ましたが、今回は、頭で見た感じです。

上映後に質疑の時間があったので、すぐに手を挙げました。こりゃ一言言わなきゃって思っちゃったんです。意見が一つと、質問二つ。
・放射能のこわさを、「障害」のある子どものことを通して話してほしくない。
・映画に出てくれた六ヶ所の皆さんに、上映会を経て、どんな言葉を持ちますか。
・「美しい国」と言う人がいます。右翼の人に(という表現はしなかったですが)、反核燃を訴えるためには、どんな言葉を持ちますか。

監督は、「欲張りな質問ですね...」といろいろと話してくれました。会場を出たところで言葉を交わし、握手もしましたが、本当は交流会であれこれ話し合えるとよかったなあ。僕は、メディアテークの前に来たバスに飛び乗り、仙台駅へ。5番ホームの立ちそばでおそばをかきこんで、名取へ向かいました。介護です。

10月1日から障害者自立支援法施行。本当に本当に「障害者」の自立を支援しない法律で、僕は怒りでいっぱいです。今日も介護しながら、その話題。超大幅介護削減は、町への申し入れ・話し合いによって、大幅削減に留まったものの、でも削減なんてするなよ!という気持ちです。今までだって充分に不十分だったんです。人の暮らしを粗末にする、行政の責任者たちを、ほんと、信用せんよ! 実のところ24時間介護が必要な友人なんです。ピンチのときは、泊まり介護もありかな?と思っています。名取から加美町までの出勤は、かなり厳しいですが、介護が必要なのに、介護なしで独りぼっちにさせられる身になると、要介護の当事者の「超大変」よりは、僕の「大変」のほうが、何とかなるものなのですから。

そして、深夜の電車で深夜の家に着くのでした。

写真は、1985年8月に撮った六ヶ所村・泊の浜です。歩いて旅してた僕は、おばあちゃん(利尻)の知り合いの家に泊めてもらったのでした。「ところであんた、だれになの?」と聞かれて、答えに窮しながらも、それでいて、気持ちよく泊めてもらったのでした。久しぶりのお風呂が、うんと気持ちよかったのでした。

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