昨日へ     2006年10月15日   明日へ

今日は、昼から仙台に行きます。今日は、全障連東北ブロック主催の楠敏雄さん講演会があるんです。場所は、初めて入った新しい仙台市市民活動サボートセンターです。ベースメントシアターで上々颱風のライブを見たことがありました。大貫妙子さんと山弦のライブもここでしたね。そのビルが、仙台市市民活動サボートセンターになったんです。

全障連は、全国障害者解放運動連絡会議です。僕としては「養護学校義務化反対」の全障連であり、「赤堀闘争」の全障連って感じですな。

全障連を知ったのは、大学1年生のときです。「障害児」の施設に通ういわゆるボランティアサークルの見学会に行ったんです。学外で活動しているサークルでした。僕は、気乗りしなかったのですが、ちょっとだけ好きだった女の子から誘われて、ついついついていったんですね。施設への行き帰りも、行ってからの活動も、かなりハードでした。しかも日曜日に活動するっていうのが、僕に二の足を踏ませましたが、学習会に出て、討論しちゃったのがまずかったんだよなー。「障害」を治すため...みたいな話があり、僕はちょっと違うと思う!と噛みついちゃったんです。そのために「隔離」するのは、おかしいと思う!とか、そんなこと言った記憶があります。いやはや、若かったねー。そんな討論で、聞いた言葉が、「○○○くんは、ゼンショウレンなんだね」でした。なんですか?ゼンショウレンって? そして同時にゼンショウケン(全障研)ってのも知りました。なんだかややこしいなーと思っていましたが、何せ「養護学校教員養成課程」の僕なので、すぐに理解する機会を得ました。そのときの理解は、全障連は差別と闘うグループで、全障研は発達を保障するって研究者グループってこと。今でも、この認識は変わらないかな。

大学生の僕は、その後、指紋押捺拒否闘争支援をしている中で、「障害」のある仲間と出会い、介護を始めることになりました。介護だけでなく、無実の赤堀さんの冤罪をはらす闘いにも加わりましたし、障害児センターへのコンピュータ導入反対に関わったり、「障害」があっても普通学級で過ごそうとする仲間の支援をしたり...何かと全障連関わりの活動をしてきました。そんな全障連の楠さんの講演会。僕は、少し早めに行って、会場の準備などもしました。

楠さんのお話は、とても分かりやすかったです。差別と闘うこと。どんなことをしてきて、どんな反省があり、どんな展望を持っているかを聞きました。障害児教育に関わろうとしている学生さんなんかには、ぜひ聞いてほしかったな。部落差別に関わる話が印象的です。差別をそのままにしない人がいるということ。それは何と素晴らしいことでしょう。とてもとても単純で、とてもとても人間的なことなんだけど、差別をそのままにしないこと、それは基本だな。

質疑応答で、いわゆる無償の介護支援のあり方について、「安全」「防犯」の名の下に増加している監視カメラは「障害者」にとってどのようなものなのかということを、聞きました。民間による介護サービスについて、僕は危惧を持っています。ペイしないとなると、撤退するでしょう。そのとき、介護を必要とする人はどうなっちゃうんだろう。監視カメラが、僕は大嫌い。でも、助けを求めるために有用であるという発想はあるだろうか。そんなことを考えたんです。楠さんは、僕が学生だった頃の介護と今とでは状況が違うと話していました。また監視カメラの危険性については、ほぼ僕と同じ意見でした。

講演会場を出て、別な会議で仙台市市民活動サボートセンターを利用としていた仲間とも会って、お話しました。そして、本屋・楽器屋をパトロールして、ヨドバシカメラで外付けハードディスクを買い、介護。仕事が結構あり、今日は最終電車でした。午前様は、ちょいとしんどいですね。

写真は、去年の9月18日に撮った1枚です。上で書いたサークルのOB会で、かの施設跡地を見に行ったときのサークル先輩方。いやはや、年月経てど、つながりのある幸せですな。

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