昨日へ     2006年12月05日   明日へ

教育って怖い。「教育する」なんて、なんておこがましいことなんだろう。そんなことを思います。何が正しくて、何がいけないことなのか。それを、先人が新人に「教える」のですもの。

けれどもその一方で、こんなことを思います。ひとは簡単には支配されない。ひとは弱い。けれども、ひとは案外強い。先人のいやらしい思惑を、新人は鼻にも引っかけなかったりします。まだまだひとは、毒草かどうかを見極める力を持っているのです。このシステムの中に慣れてしまえばしまうほど、きっと毒草が何なのかを「本能的には」分からないでしまうのでしょう。でも、新人は、そのへん信用できるんです。僕は、子どもたちの嗅覚を信用しています。

大人は子どもたちをどう「教育」するつもりなのでしょう。「子どもたちのため」と、みんなが言うのですが、僕は何となく気持ちが悪い。だって、いろんな人がみんな笑顔で「子どものため」って言うんです。どこに連れて行かれるか分かんないんだけど、どこへ連れていこうとする人もみな「子どものため」と笑顔で手招きします。だから僕は「子どものため」なんて無責任な・よく分からない言い方をしたくないんです。

振り返ると、かつて「君のためを思って」と何度言われたことでしょう。「大学生になったら」「大人になったら」「自立したら」「就職したら」と、いつもいつも僕の「未来」や「冒険」「旅立ち」は「時期尚早」であるという指導・判定を受けながら、先伸ばされてきました。そして、はっと気付くと「もう大人なんだから」「もう社会人なんだから」「公務員として」「教師として」などと、「手遅れ」であると指導・判定されるのです。ずっと我慢してきて、そしてもう手遅れだよなんて。

しかしながら、そんな経験を重ねる現役のにんげんとして、僕は子どもたちの前に、己が暮らしを晒すんですね。そして、人生を諦めない不安定かつ愉快な姿を見せているんです。演じているわけじゃなくて、ぜーんぶライブです。ノンフィクションです。いつまでも現役のにんげんですから。

教育基本法改悪阻止のために、あちこちにメールやファックスを送り続けています。送りながら、また考えます。「教育」って何なんだろうねって。僕は、いつまでも「自由」を求めます。だから、僕はきっとこれからも不安定で愉快で少し疲れる日々を、季節と共に過ごしていくことでしょう。あなたは、お元気ですか。

写真は、11月28日の一年生です。

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