昨日へ     2006年12月06日   明日へ

教職員評価制度の導入に反対し、「意味ない」「支援しない」「しょうがない」と言われながらも抵抗し、処分の危機は去ってはおらず、何ともいやはやと思う僕ですが、それゆえにいろんなことを考え、去年の僕よりも、少し世界が広くなったように感じる、この頃です。こういうあんまり幸せじゃない出来事も、人生を豊かにしているんだと思おうと思っているところです。

むかーし、それはそれは30年くらい前、子どもだった僕は、口喧嘩の中で「そんなのだれがきめたんだ! ほうりつに書いてるか?!」というセリフをよく聞いたものでした。そして僕も言っていたかもしれません。そのとき「ほうりつ」は、決まり・規則・ルール・守らなきゃならないもの...でした。そして、守れないなら、死刑でした。死刑!って、がきデカの時代でしたからねー。何でも、死刑だったんだなっ。 注)「がきデカ」(山上たつひこ作 秋田書店 少年チャンピオン)

さて、今の...というか、今日の僕は、ハンドルを握っている人が間違えたら、乗っている人はどうするんだろうと、そんなことを考えています。川下りをしていて、これから滝があるって気付いたのは僕で、でも船頭は気付いていない。そんなとき、どうするんだろう。...当然、僕は命が惜しいから、「滝があるよ」「船を岸に寄せよう」「みんな、船を降りて!」って、言いますね。それは、たとえ船頭が「大丈夫だ」と言っても、滝があるというのが事実なら、船頭には従わないでしょう。そして、船頭にも言うんだと思います「滝があるから降りよう」って。

家庭訪問でときどきこういう言葉を聞きます。「先生の言う通りにしなかったら、ぶってもいいですから」って。そういうとき、僕は「私の言う通りってことはないですよ。私も間違えることがあります。そういうときは、ぜひ教えてくださいね。それに、ぶったりしませんよ。良くないことをしたら、叱ることもあります。けれど、私はぶたれて嫌でしたから」と言います。「先生の言う通りにする」ということが正しいこと、という考え方は、「校長の言う通り」「教育長の言う通り」「文部科学大臣の言う通り」「首相の言う通り」...につながっていきます。いわゆる「上司(上官)」の命令って奴ですね。そういえば、「公務員なんだから」という言い方を聞くことがあります。「しもべ」になったとき、自らの意思も判断も、きっと「下の者」の戯言として、無視されるのでしょう。ああ、聞く耳とは、「上」にしか向いていないのかもしれない。

教職員評価制度だけじゃなくて、教育基本法改悪についても、僕は反対なんです。それは、今「権力」を握っている人を打ち負かして、僕が「権力」を手にするためなんかじゃないんです。この世の中で暮らしている一人として、教職員評価制度なんかスタートさせたら、滝に落ちてしまうよ!と、教育基本法を捨ててしまったら、滝に落っこちるんだよと、船頭に伝えている。そういうことなんです。けれども、「権力」を持った人は、「権力」を奪われるんじゃないかと疑心暗鬼なんだな。そして、どんどん狭くなる。

戦争を起こした人は、きっと権力を持っている人なんです。けれども、その人は、銃も持たないし、ヘルメットも被らない。きっと防空ずきんもないですよ。安全なところで、命令をするだけなんです。そして、モニターを見ながら、まるで株価が下がったことら舌打ちするように、「駒」がどう動くか、どうやられて、次にどうするか、ふかふかの椅子で見ているだけなんです。戦争なんて、単なる博打。競争社会なんだから、勝つか負けるか。少々の被害は仕方ないのさ。痛みを伴うものなのさ...。そんなものなのでしょう。お爺ちゃんも責任取らなかったしね。

僕は、個人として行動します。僕は、個人として訴えます。教職員評価制度はよくないです。教育基本法を捨てて、強固な「指導」をしても、何もよくならない。そして、戦争はごめんです。僕の声が、権力者に伝わらなくてもいいです。僕の声は、あなたへのメッセージ。個人としての一人ひとりが、この世の中を作っていくのだと(権力者が「よい人」になっても変わらないと)僕は思っているものですから。

写真は、11月28日の一年生。大きな絵のために、新聞紙を敷き詰めて、何となく興奮なのでした。

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