昨日へ     2006年12月15日   明日へ

給食のシーフードカレーの配膳をしたところで休暇を取り、みんなに手を振りました。体調はすぐれませんが、昼から東京に向かいます。教育基本法の政府案が参議院で採決されるかもしれないんです。

僕が国会前に駆けつけたって、事態は変わらないかもしれません。無駄なことだと言う人も、きっといるでしょう。でも、行動せずに事態を受け入れるよりは、後悔先に立たず。まずは、思ったことをするほうがいいんです。僕は、そう思うんです。そして、できるだけそうやって生きてきたつもりです。車で家に着いて、すぐに駅に向かいます。アフリカ太鼓は持たず、のぼりだけ持ちました。雨降ってもいいように、カッパも持ち、深夜凍えないようにフリースでがっちり防寒です。新幹線の中、いつもならiBookで文書仕事をするところですが、眠りました。眠るのが幸せ。

東京駅に着き、丸ノ内線で国会議事堂前で降ります。いつものように和風柄ののぼりポール入れに、警官から質問「これ何ですか?」「のぼりポールですよ。教育基本法改悪反対です」「はい、わかりました」 これもまた慣れたものになってしまいましたなー。ハンスト仲間がいるところに行きました。知っている人と挨拶します。「やぁ〜」とベースキャンプに戻ってきた感じが少ししました。僕は、そそくさと障子紙のぼりをポールにガムテープで貼ります。それにしてもたくさんの人! たくさんの人! みんな、教育基本法を変えてはいけないと駆けつけているんです。

僕は、のぼりを持って、しばし歩くことにしました。いろんなところから、いろんな労働組合・諸団体が来ているんですね。いろんな旗やのぼりがあります。そんな中をゆっくり歩きます。いろんな人が声を掛けてくれます。知っている人も知らない人も。僕を知っている方が「○○○君、日教組は来ていないんだよ」と怒っていました。あらー、やっぱりというべきか、何というべきか、がっかり。でも、僕は歩きます。大きな組織に寄りかかり過ぎることはない。大きな組織は、信用できないことのほうが多いです、経験上。やっばり、人として歩いていくんです。ラベルもレッテルもなく、役職も免許も資格も血統証もつかない、今生きている僕。それだけなんです。ときに心細くも、いつも正直に生きていける。なんてったって、個人だから。行動する個人。

「"世直しでヨロシクネっト"教基法コンバージョン」を、ZAKIさんが歌っていました。僕は、人だかりの中に行きます。警官が歌うのを止めようとします。けれども、表現の自由だよっ!と大らかに歌うZAKIさん。抵抗者にはやっぱり音楽がなくちゃね。音楽は、システムの中にはめ込まれた人に「あなたも、自然のなかの一人のひとなのだよ」と気付かせる力を持っています。...「力」っていうとpowerってことなんだけど、なんかこの場合はpowerじゃないなぁ、auraに近いくらいだなぁ...。僕は、ことばと歌と絵...いろんな表現方法で、人をパーツにしてしまっているシステムを解いていきたいのです。ZAKIさんとこのところのことを会話しました。学ぶこと多しです。感謝です。

人を支配する権利を持っている人・濫用する人は、武器や逮捕・差別で、自分のやりたいことを通そうとします。「痛い目に合わないほうが、身の為だぞ」というわけです。それは、ときに嘘や差別で味付けされて、恥ずかしいほどの有り様ですが、支配する人は自分を「偉い」と思っているので、お構いなし。だから、大変です。僕は、恥ずかしくなく生きていきたいです。この「恥」っていうのも、あえて使っていて少しだけくすぐったいのですが、武器持つ人には伝わりやすいかな?という言葉選びです。僕は真っ直ぐに暮らしていきたいと思い、そうしているつもりですが、実のところいつもいつもい点検しているんですよ、恥ずかしい生き方ではないかって。点検と反省だらけです。

国会に向けてのシュプレヒコール。歩道の上は人だらけ。そんでもって、警官は「危ないから歩道に上がってください!」と、絶対にお願いではない口調で命じ、押して来ます。けれども歩道は既に飽和状態だから、押されて危険。「押すから危ないんですよ」とは言い返すものの、命令されることにただ従うシステムに疑問なく収まるなら「危ないから歩道に上がってください!」と繰り返すしかないだろうなぁ。

歩道上の集会に参加して、いろんな人の話を聴きます。ああ、いろんなところからいろんな人が来ているんだぁー。熱があるもんで、立っているのが少し嫌になるものの、議員会館の自販機で買ってきたお茶飲んで、またのぼりを支えます。ああ、いろんな人が来ているんだけど、思いは一つだわさ、教育基本法を改悪させない、この一点!

僕は、楽器があるところが好きなので、太鼓鳴らしてシュプレヒコール上げてた若者たちに混ざっていました。シュプレヒコールの最中に、マイクを持っていた若者のところに人が寄り、一瞬、本当に瞬間だけ、静かになりました。音が聞こえなかった。それは、教育基本法改悪政府案が参議院で可決されたときだったのでした。暗い中、寒い中、国会前の歩道の人だかりの毛が逆立ったのを、僕は見たよ。民衆の毛が逆立ったんだよ。

採決したことを抗議! なぜか、悲壮感はなかった。敗北感もなく、採決した人たち・採決を許した人たちの思慮のなさを、嘆く感じ。人の暮らしを、平和を左右することなのに。まるで命令に従うだけのシステムパーツに過ぎなくなっているのではないのですか、賛成した国会議員のみなさん。禍根を残すことを、まったく感じていないのは、教育基本法を知らないからなのではないですか? そして、戦争の恐ろしさを学んでいないからに違いない。政治は、おもちゃじゃないんだ。メンツなんかで、やりとりするもんでもないんだ。この政府案が法律とされるなら、そのことによって、人はまた殺されるでしょう。殺され続けるでしょう。「正義」とは何か。僕は「正義」という言葉は、あまり使わない。けれども、今日は使いたい。この教育基本法改悪は「正義」ではない。

国会前のみんなにも、不思議と悲壮感はなかったように思います。みんな、これは大変なことなのだと、敗北であるよりも、これからに向けた闘いを見据えている感じでした。それが、何か心強いな。これまでの教育基本法は、権力の横暴を縛ってきたものです。それが、政府案教育基本法では、権力のためのものになっています。すなわち、猛獣が檻から放たれたんです。逮捕状がなくても逮捕できたり、裁判所がなくなって政府が裁いたりするようなもんです。

僕は、やっぱりこの場にいてよかったと思いました。この場のこの空気は、僕がめげそうになったとき、きっと僕を支えてくれるはずだからです。「教育基本法の改悪を止めよう!全国連絡会」の国会前集会に参加して、首相官邸前に移動して、シュプレヒコール! 大分からいらしているMさんたちと一緒に、声を上げました。ああ、この運動でたくさんの人と出会いました。そしてまた、この運動は続くんだなっ。ゴールはないかもしれない。あきらめない闘いは、「生き方」ってことになってしまうかもしれない。でも、それはとても輝かしいことだなっ。

国会前に戻り、ハンスト仲間とあらためてシュプレヒコール! 顔が見える関係、それが全国規模って、ちょっとすごいことですね。これからもよろしくです。ちなみに、しつこく警備を続ける警察官たちに向けて、僕は話しかけました。伝わったかな?「命令されることに従うだけなら、殺されるかもしれないよ。上司が全てと思わないほうがいいかもしれないよ。警官への管理こそ、しんどいと思うよ。だから、私たちと闘おう。健康第一だよ。」と。命令しないされない人々の輪は、きっと警官や自衛官にこそ広がっていくものと、僕は信じています。

その後、先日知り合った仲間と移動。3人で、なんだかんだ言って、5時まで語り明かしたのでした。しかも、ノンアルコール。寝袋にくるまり、長い1日を振り返る間もなく、カラスの声が聞こえてくるのでした。ああ、僕は今日2006年12月15日を忘れないよ。

写真は、今日の国会前。

昨日へ        明日へ

はじめのページを新しく開く