昨日へ     2007年03月08日   明日へ

日曜日に「別姓通信92」を印刷製本発送する予定です。91号から間が開き過ぎていて、申し訳なく思っているところです。寄せられた原稿だけでは編集しきれないので、空きページを埋めるために、僕もなにかにと書きます。今回はいくつか載せることになりそうですが、こんなの書きました。

 私は、小学校の教員です。今年のお正月に飲み会がありました。私が初めて受け持った子たちとの飲み会でした。10歳だった子が27歳の大人になっていました。親になった「子」もいました。ぱっと会ったときは、誰だか分かんないんですが、話すと「ああ〜!」って感じ。「先生、変わってないね」と言われながら、みんなで大らかにおしゃべりし合う幸せな時間でした。感謝感謝です。その日の帰り道、ふと気付いたことがあるんです。もう一回りしてしまったってことです。
 あの「子」たちを担任していた頃、私は別姓って生活を始め、あの「子」たちが中学生になる前に、別姓を考える会を始めたんです。ある土曜日の学校帰り(半ドンでした)に、別姓を考える会の集まりに行くため、仙台行きの電車を待っていたんです。同僚の女の先生とたまたま同じ電車に乗り合わせたんです。私と歳がほとんど変わらない方です。「どこに行くの?」と聞かれて、別姓を考える会のことを説明しました。すると彼女は、こう言いました。「私は、もう結婚しているから、別姓にはしないけれど、私の子どもが大人になることは、自由に選べるといいね」って。さて、彼女のお子さんは、もう大人でしょうか。あの頃、子どもだった人たちが親になり、「一回り」した感覚があるんです。
 あの頃神戸で、夫婦別姓選択制を進めるグループが全国から集うことがありました。「今国会で民法改正実現か?!」みたいなリアルな躍動感がありました。ある弁護士さんに「いつ法制化されますか?」と聞いたら「2・3年後です」ときっぱり。しかしそれからもう20年近く経ってしまっています。世の中はどんなふうに変わったと言えるでしょうか。
 小学校教員を続けている私は、今年は12名の1年生と過ごしています。いっぱい発見・感動があり、感謝感謝です。7歳のみんなが結婚する頃って、ひょっとすると私(42歳)はもう定年退職しているかもしれませんね。そんな頃、民法はどうなっているでしょうか。いろんな生き方が認められ、差別がなくなり、みんないきいきと暮らしているといいな。
 2007年の大人たちを見ていると、20年後までずっと戦争がない日々を送るのが難しそうにさえ感じられますが、私はなんとか「自由」で差別ない日々を模索していきたいと思っていますよ。そして、いつか子どもだった大人と一緒に「おじいさんになったけど、変わんないね」と言われながら、おいしいものでも食べたいものです。

写真は、一昨日の校庭での1枚です。

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