昨日へ     2007年08月04日   明日へ

夕張で目を覚ましました。小学校からの同級生に電話を掛けましたが、しばらく不在ということでした。ずっと会ってないから、そのうち会えるといいなと思いました。利尻のおばさんに母さんが荷物を出すということだったので、僕も萩の月と手紙を入れさせてもらいました。利尻は、また今度だな。

今日も雨です。風が強いわけではないので、バイクでもいいのですが、カメラを使うことを思うと、難しいです。父さんの車を借りて、鹿島に向かいました。

鹿島(大夕張)は、すっかり変わっていました。何がって、ダムの工事がかなり進んでいたんです。シューパロ湖のダムをより一層大きいものにするんです。一番驚いたのが、高いところに道路を通すための橋脚がたくさん作られていたことです。母さんが夕張岳を描くときのお気に入りの場所は、そんな橋脚の下。見る影もありません。鹿島小学校の前には、大きな工場のようなものができていました。工事を進めるための工場なんでしょうね。それはまるで、下北半島で原発や核燃施設を作るときにありがちな風景。「郷愁」なんて、今更云々持ち出すわけではないのですが、お金が郷土を蔑ろにしていくようで、傷付きます。

しかしながら、この感覚は、アイヌ民族に対するヤマトの横暴にも、同じようなことが、きっと言えたことでしょう。振り返ります。

奥鹿島にも行ってみました。分校の跡は、よく分かりませんでした。うんと奥で、急にまた橋脚が現れ、驚きました。ああ、どんなふうになってしまうんだろうね。

清水沢を通り、鹿ノ谷駅を見て、旭町に行きました。道路が荒れていたのに、驚きました。奥のアパートに人は暮らしているのでしょうか。除雪は大丈夫なんでしょうか。

本町の駐車場に車を停めて、歩きました。冬に凍えていた猫に会えるかと思って行ってみたら、あらー! いましたよ! 猫たちはじっとこちらを見つめるばかりです。話す言葉を持つなら、何言うんだろう。

大谷幼稚園のところに行きました。幼稚園はやっていないようですが、面影はあり、「中を見せてください」って言おうか迷いましたが、やめました。今度の課題だな。あるお店に入って買い物。お店の人は、同級生。「お元気?」「うん」 僕が来ることは聞いていたとのこと。もう少し、いろいろ話せるとよかったかなー。

ホテルシューパロで「がんばろうゆうばり」のタオルを買いました。夕方、そんなに遅くはないけれど、シャッターはどんどん閉まりました。雨は止まず、車の中で宇多田ヒカルの曲がとても切なかったです。

写真は、奥鹿島に行く橋から撮った橋脚です。

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