昨日へ     2007年08月13日   明日へ

昨日、靖国神社・遊就館に行って、やっぱりよかったです。僕は、戦争について、よくよく考えています。

遊就館の展示や映画は、戦争をさせる人の立場に立っているなーって感じました。どの戦争も仕方なかったんです。そして、みんな頑張ったんです。...そういう姿勢が一貫しています。なるほどと思います。

僕は、戦争に行きたくないです。なぜなら、死にたくないからです。たぶん、自分で死のうと思って死ぬなら、まあいいんです。これは、死ななくてはならない状況に追いやられるのとは、ちょっと違うんです。「死になさい」という命令は、たぶんないんだと思います。きっと「やってくれるか?」とか、そんな質問に「はい!」とあたかも自主的に回答するんだと思います。「嫌です」と言えない状況。

雷雨の中、バイクで走るのは、怖いです。屋根がある自動車なら平気。でもね、バイクは落雷があるかもしれません。うんと怖い場合は、僕はどこかに避難します。だって、落雷にあったら、死んじゃうかもしれませんもん。さて、そんなとき、僕は想像するんです。戦争中なら「進め!」と言われたら、自分では絶対に危険だと思っても行かなくちゃいけないんだろうなって。もう少し想像するんです。「よし、おまえが様子を見てこい! 他の者はここで小休止」なんて言われて、みんなは屋根あるところにいて、僕だけが落雷の危険のあるところに一人でやらされたら、どうなんだろうって。たぶん、どうして自分が選ばれたか?を考えるでしょう。そして、自分の置かれてしまった状況を悲しむでしょう。「上官」へ刃向かうことは、できるだろうか? 他の人が行けと言われているとき、屋根の下にいる権利を得た僕は、意見を言うことができるだろうか。

夕張新鉱での事故のとき、坑内で火災が起き、会社の人は言いました。「水を入れなくては大変なことになる!」と。それに対して、市民は怒りました。「まだ、人がいるんだぞ!」と。会社を取るか、人を取るか。その価値観の違いは、どうして生ずるのでしょう。それはそのまま、国家と人と、置き換えられます。ひょっとすると、学校と子ども...にもなるでしょうか。

僕は、戦犯の命も、僕を恫喝する人々の命も、「敵」の命も、僕の命も、みんなおんなじと思っています。甘い!と言われるかもしれないけれど、粗末にさせられていい人がいないこと。みんな同じ権利を持ち、尊重されること。そういう精神を捨ててはならないと、思っています。ああ、靖国神社・遊就館に行って、やっぱりよかった。僕は、戦争にちゃんと反対していこうと思いましたよ。

とは言うものの、今日は学校に行くこともなく、修理に出したプリンタを取って来て、あとはだらだらと過ごしていたのでした。ああ、暑いねー。古本屋で買ってきたマンガ「ブラックジャックによろしく」を読みながら、夜が更けていきました。今頃になって、靖国神社の裏で蚊に刺されたところが、カユカユなのでした。

写真は、7月31日の北海道での一枚。ヒマワリ畑で、2本だけ残っていたんです。

昨日へ        明日へ

はじめのページを新しく開く