昨日へ     2007年09月09日   明日へ

今日は、石巻で「ガイサンシー(蓋山西)とその姉妹たち」上映会があります。午後なので、午前中に「別姓通信」93の編集をしました。「別姓通信」は、ずっと出してなくて、反省反省です。いろいろ言い訳もあるのですが、しません。ごめんなさい。時間があったので、「別姓通信」のウェブサイトの更新もしました。これもすごく久しぶりです。「別姓通信」93の印刷発送が終わったら、更新したいと思います。

昼過ぎに、四輪車で石巻へ。松山町からは仙台に行くくらいの距離です。久しぶりの石巻。一方通行が分かんなくて、ぐるっとまわって、石巻文化センターへ。日和大橋は、うーんと久しぶりでした。初めて渡ったのは、有料の頃。バイクでこんな高いところを走るなんて!と、飛行機気分でした。今日は、台風の雨が運んだ山の泥が海を茶色にしてました。

さて、「ガイサンシー(蓋山西)とその姉妹たち」上映会。見ての感想は、たくさんあります。
・人の痛みを知るということ。
・誰かのせいにしないこと。
・失敗を償うのには、勇気がいるかもしれないが、罪を放置し続けることは、重くないだろうか。
・映像の力。でも、これは「文字の力」が力を失いつつある今を象徴しているかもしれない。
・靖国神社で見た「歴史」の「リアル」さ。正当化する人はするのかもしれない。
・恋愛とセックスと。「同意」とは、どんなとき、どのように。
・イライラしている者たちを、恐怖している者たちを、どのように支配するかは、理性を抜いた「欲」のみだろう。食欲、所有欲、性欲。差別された者が、差別をする。その繰り返しを、高みに立って、机上のきれい事で、処理することはできない。みんなが平たく、穏やかに暮らすこと。そこに、脅威はいらない。助け合う関係性は、人間同士であることが前提。

僕のおじいちゃんは、夕張で北炭の社員でした。おばあちゃんに先立たれ、静かに埼玉のある町で暮らしている頃、連れ合いぴよさんと何度か訪れました。僕は、親孝行でないし、おじいちゃんおばあちゃんにも(思春期以降)あまり優しくなかったです。でも、親孝行なぴよさんに言われ、おじいちゃんのところに行かなくちゃいけないねと思いました。訪れました。おじいちゃんは、マラソンの中継を見るのが好きで、それに僕たちは静かに付き合っていました。おしゃべりではないおじいちゃんが、ぽつりぽつりと、昔のことを話してくれました。おばあちゃんに出会う前の恋愛のこと。若い頃「共産党が来る!」と、夕張の峠に日本刀を持って駆けつけたこと。きっと、それまであまり口にしていなかったこと。僕たちは、静かに聴きました。聴くことが何よりと感じました。

おじいちゃんは、もう亡くなってしまいました。誰にも話さなかったことが、きっとあると思います。ずっと夕張にいたおじいちゃんでした。だから、「ガイサンシー(蓋山西)とその姉妹たち」には登場しません。けれども、この島国で暮らす先輩たちの中には、きっと過ちを誰にも話さずに、苦しんだり、忘れようと努力したり、イライラしたり、その話題を避けたりする人が、きっといるんだろうなと、思います。僕は、連れ合いぴよさんに促され、おじいちゃんと共に過ごす時間を作ることができました。宝です。感謝です。「これから」のために、先輩たちの歴史に、僕はもっともっと目を向け、耳を澄ましたいと、今日「ガイサンシー(蓋山西)とその姉妹たち」を見ながら、感じました。歴史は全て、未来のためにあるのですから。

写真は、昨日の陸羽東線・北浦で撮った蒸気機関車です。

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