昨日へ     2007年12月22日   明日へ

今日は朝の電車で出かけます。東京で、に参加するためです。カメラバッグと、小さいザック。3泊4日なので、ザックの中に下着を詰め込みます。都庁前での〈≪立たないとクビッ!?≫改悪教育基本法の実働化をとめよう12.22全国集会〉のために先日描いたのぼりを畳んでいれます。のぼりのポールは、昨年買った楽々ポール。釣り竿のように縮むので、すごく楽。

新幹線に揺られ、上野下車。ラーメンを食べて、京浜東北線で、王子へ。ああ、懐かしい京浜東北線。懐かしい王子。小さい頃、鳩ケ谷におじいちゃんおばあちゃんが暮らしていて、毎年冬休みには訪れたのでした。それはそれは小さい頃からです。川口から上野までの駅順を唱えられる孫を自慢したくて、よくおばあちゃんが孫に「言ってごらん」って京浜東北線の中で言っていたそうです。孫も42歳。ひょっとすると、あの頃のおじいちゃんおばあちゃんの歳にかなり近づいているかもしれません。

王子駅下車、すぐに「北とぴあ」です。知っている仲間ばかり。挨拶しながら、会場に入り、障子紙のぼりを設置します。始まるまで、何人かの方と話をしました。持つべきものは、仲間。しんどい状況にある僕たち教職員は、みんなで連絡取りながら、助け合いながら、一緒に理不尽な状況をなんぼかでも変えていくんです。歌あり、ダンスあり、発言ありの〈≪立たないとクビッ!?≫改悪教育基本法の実働化をとめよう12.22全国集会〉集会でした。

「君が代」斉唱と言われたとき、着席し続けている東京の教員・根津公子さんは、今度の卒業式に着席していたら、解雇される可能性があります。その根津さんの教え子さんが二人、発言しました。彼女らを見つめる根津さんを見ていて、はっと気付いたことがあります。それは歴史です。根津さんは、もう大きくなった彼女らを見つめながら、彼女らの中学生時代も振り返りつつ見守っているんです。そして教え子の彼女らは、根津さんと一緒に過ごした中学校時代を踏まえて、話しているんです。共に過ごした時間があるから、その絆は簡単ではないだなー。ああ、これは歴史なんだなーと、そう思いました。そして、もしも傷つけられた歴史を持っていたら、同じように(しかしマイナスとして)残り続けるんだろうとも、思いました。根津さん、よかったね、教え子さんとのつながりは、何よりの宝だ。僕は思いました。僕が、根津さんのように職を奪われる身となったとき、誰か僕を支えてくれるだろうか。僕は、子どもたちとちゃんと同じ時を過ごせているだろうか。

休憩時間、終わってから、いろんな方に声を掛けられました。メールのやりとりをしていても、会うのは初めてって方もいて、感激ですな。集会が終わり、打ち上げがあるから出てねと声掛けられて、残ることにしました。しばし時間があり、併設されている女性センターをぶらりと見学。そこでも、あれこれとお話。なんとも充実な日々ですなー。

打ち上げは、会議室で長机をコの字形にして、交流会。30人くらいじゃないかなーと、わいわい準備していたのですが、どんどん人が集まり50名以上。僕は、おつまみを分けたり、缶ビールを運んだりしていました。こういう仕事、好き。仕事しながら、またいろんな人としゃべれるからねー。打ち上げと言っても、全国から来たいろんな人との交流会なので、飲むばかりじゃありません。京都の故 林功三先生のお話に静かに耳を傾けました。全国各地から来ている仲間からの感想やら報告やら。僕は、みんなが「全国連」という言葉を使っていることについて触れて話しました。やっぱり「教育基本法の改悪を許さない全国連絡会」は、大きかった。というか、まだみんなに生きづいていて、延長線上にあるんだよね。今日は、全国みんなで集まれてよかった。去年、教育基本法の改悪がされてしまって、全国連がなくなったのは、とてもショックだった。だって、いろんな仲間が一点で一致して集っていたんだもの。今日、その延長線上で、みんなで集まれてすごく感謝。準備は、きっと大変だったと思うけど、それゆえに感謝。今日、やってよかった。またみんなで集まれたってことに、うんと意味がある。...そんなこと話しました。実行委員会の人たちがうれしそうに頷いてくれていて、うれしかったな。

いろーんな人の話を聞きました。なんか、いい感じだったねー。みやぎからは3名の参加だったんだけど、もっとみんなを誘いたかった気持ちです。打ち上げお開きで、会場の片づけをしていて、またいろんな方と話しました。日記やメーリングリストに載せた僕の文章のことを話してくださる方が多くて、これまた感謝。京都の方から、林功三先生が翻訳した本(「ヤーコプ・リットナーの穴蔵の手記」ヴォルフガング・ケッペン著 林功三訳 近代文芸社)を買いました。本の帯に書かれてある言葉をそのまま載せますね。

ナチズムの非人間性と暗黒の証言 ヤーコプ・リットナーは、善良なミュンヘン市民であったが、ポーランド国籍をもつユダヤ人であったため、ナチスによる前代未聞の迫害を体験する。

憎悪というのは恐ろしいことばです。憎悪、狂気、無分別は不幸を招きます。わたしは誰も憎みません [……] わたしはかれらの裁判官になろうなどという不遜なことを望みません。裁くことを望まないこと、裁くことができないということには、罪ある人びとに無罪を言い渡すことができないということも含まれます。(本文より)

会場を出て、実行委員会のメンバーの皆さんに誘われて、飲み屋さんに行きました。ま、いつもの顔ぶれとも言えそうなんだけど、毎回いろいろでもあるんだな。飲みながら、東京都の状況のことやら、人生のことやら。ああ、熱く語り合える場は、宝ですね。今日だって、家にいて、2学期を振り返ってほっと一息入れていたり、あれこれの学校仕事・時間外労働をすることも、ありえそうなことなのですが、ああ出かけてきて、人と会って語らうなら、時間はとてもとても密度濃いです。まあ、そんなこと言うと、僕は濃過ぎな日々を送っていると言えそうでもあるのですが。

ほどほどに気持ちよく飲み、神田のビジネスホテルで眠るのでした。

写真は、19日の昼休みに1年生が3年教室の黒板に描いていた絵です。実はギターも描かれてあるんですが、ちょっと分かんないですな。ありがとうなのでしたっ。

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