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今朝は、早起きして都庁に向かいます。〈12.25都庁前 One day アクション 第2弾〉があるんです。

僕は、都職員の出勤時に合わせたビラ巻きにも参加です。障子紙のぼりを立てました。マイクを持って、呼びかけました。「早寝早起き朝ご飯」というフレーズをよく耳にします。きっといいことです。けれども、実際にそういう毎日を送りたくても送れないのではないでしょうか。仕事に追われ、理不尽なことに心を傷め、タテマエばかりの世の中を「おかしいぞ」と思うことはありませんか。...こんな感じ。僕は、子どもたちへの作文指導をするとき、問いかけを用いるといいよとアドバイスします。問いかけは、読み手が自分のこととして考えるきっかけになります。伝えるだけでなく、考えさせる言葉なんです。だから、街頭でマイクを持ったときは、問いかけが多いんです。

のぼりは、なかなか好評です。遠くから見えるし、何かな?って考えさせるものですからね。のぼりにはこんな言葉を書きました。「大切なものが何か。ぼくは、知っている。」その下には小さな子ども。その手には「じゆう」と書かれた紙。その裏には、「自由」と書かれた紙を持つ子ども。その上に書いた言葉は「強制や命令は、何も育むことができない。」 都庁に出勤する皆さんに、届いたかな?

一休みして、お昼から都庁前で〈One day アクション〉です。歌ったり、踊ったり、発言したり。久しぶりの方、初めて会った方、しょっちゅう会ってる方...。ここでもまた、たくさんの方と語らいました。出会いに感謝だな。去年の教育基本法改悪情勢の中、僕の文書がとっても情熱的だったから「どんな人かと思って」と声を掛けてくれた方。核燃・原発をなくすための運動をしている先輩、彼女は都会の暮らしのことを「庭で葉っぱ1枚作れない都会...」と表現していて、ほっほーと思ったのでした。「今日は太鼓はないんですか」って言ってくださる方もいて、嬉しかったな。ここには載せませんが、本当にいろーんな方と語らえて、よかったです。障子紙のぼりの作り方を説明することもありましたので、次回は誰かの障子紙のぼりに出会えるかもしれません。

都教委への申し入れ行動に参加しました。昨日の夜にホテルで筆ペンで書いた要求書を持って行きます。エレベーターで高いところまで上がり、ある部屋に入りました。天井がとても低く、窓がなく、白い壁が迫ってくるような空間でした。今何時なのかが分からないような、季節も天候も関係なく、シャバの匂いから隔離されたような部屋でした。

申し入れの文書を持ってきたみんながそれぞれに読み上げて、手渡します。いろんな言葉。でも、思いは一つです。対応する職員は、職員用語で話していて、印象的でした。「適切に」を何度も使っていました。僕は、その表情を見ていました。どこでどんなふうに暮らしているんだろう。どんな子ども時代を送ったんだろう。僕の要求書は、以下の通りです。

東京都教育委員会の仕事にあたる全てのみなさまへ

要求書

10.23通達を撤回すること。
根津公子さんを解雇しないこと。

10.23通達によって、何か改善されたことはありましたか。弊害はないのでしょうか。学校に混乱や疲弊をもたらしているなら、すぐに撤回するのが、適正な施策ではないでしょうか。

命令や罰則が増えれば増えるほど、人は無責任になってしまいます。自分で考えず、判断を委ね、心を閉ざします。

10.23通達によって、指示命令またはマニュアルがなければ児童生徒を指導できなくなってしまった教職員が増えています。

処分の乱発が、学校を息苦しくしています。処分する人も、処分されることを心配しています。これからもまだ処分を乱発させるのですか。その先には、どんな未来があるのですか。

処分の乱発は誰の幸せにもなりません。びくびくさせられている教職員と共に、どうして児童生徒がのびのびと明るく育つことができるでしょう。

国を愛する心は、どのように育まれるのでしょうか。それは、強制して身につけるものなのでしょうか。愛していないのに、そのようなふりをすることをもって、よしとしているのでしょうか。

思ってもいないことを口にし、
命令されたことには必ずはいと言い、
間違っていることにも従い、
自分のことだけを案じ、
だれも見ていないところでうさをはらす
大人。

子どもたち、全ての児童生徒は、よくよく大人を見ています。

東京都教育委員会の仕事にあたる全てのみなさま

学校をよくするため
児童生徒のすこやかな成長のため
10.23通達を撤回してください。
子どもたちがのびのびと成長することを願い、自分で考えることの大切さを教育実践する根津公子さんを解雇しないでください。

以上

2007年12月25日

(住所 名前)

30分の予定だった行動は、申し入れが多いために延びました。そして、別団体の申し入れ。都教委が不誠実な態度を取ったことについて紛糾しました。警備体制のことなどに、話は広がりました。僕は、カメラで記録し、そして落ち着いて聞いていました。「決められた結果」のために「今」をこなしている感覚。王様を守る兵士。そんな印象を得ました。要求書の中に書いた文章が、まさにリアルでした。

思ってもいないことを口にし、
命令されたことには必ずはいと言い、
間違っていることにも従い、
自分のことだけを案じ、
だれも見ていないところでうさをはらす
大人。

僕は、学校をよくする努力をしたいです。だから、いつもラブコールなんです。連帯を求めて孤立を怖れず。

都庁の一室で大幅に時間を費やし、外に出ました。発言の機会があったので、マイクを持ちました。都庁の部屋のこと、季節を感じる心のこと、人の痛みを知ることの大切さなどを話しました。本当は、そこからが本題だったのですが、予定していたよりも時間が短く「あと2分」というメモが出たところで、まとめました。話すのって、まさに表現すること。もっともっと磨かなくてはいかんのー。

7時過ぎのシュプレヒコール。一人ひとりの声は、都知事に届いたかな? 都知事という一人の人に届かなくても、きっと道行く人たちには届いていて、それは虫が花粉を運ぶように、あっちこっちに広がるのです。

夜の新幹線はギリギリセーフ。都会から、キャベツ畑の田舎に戻ってきて、ほっと一息でした。

写真は、都庁前の「じゆう」です。

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