昨日へ     2008年01月28日   明日へ

夕張で目を覚ましました。大阪から取材の方を迎えました。父さん母さんの家に来てもらって、今日の予定について打ち合わせました。Kさんに電話をしたところ、父さんにも来てほしいとのこと。取材の方お二人と父さんを乗せた車を運転して清水沢に向かいました。

Kさんは、元炭鉱労働者。夏休みに父さんに「誰か夕張の昔のことを話す人がいないかなー」と言ったところ紹介してくれて、会ったんです。すると、ものすごい資料で驚きました。Kさんご本人にもお連れ合いにも、魅力を感じました。僕は、東京でいろんな人と会った中で、雑誌の編集をしている大阪のYさんに、ぜひ取り上げてほしいですって話したんです。しばらくして、Yさんから連絡があり、取材したいとのこと。僕も同行したいと思い、今回夕張に来たわけです。

Kさんちにおじゃまして、お話を伺いました。やっぱり父さんがいてよかったです。話は盛り上がるのですが、父さんがいて整理することができました。僕では役不足でした。

新春合同展に母さんを送るために、途中で家に戻り、母さんを乗せてまた清水沢へ。絵と書道の展示を見ました。ご挨拶しました。書道もいいよね。役場職員の女性は、僕の同級生で、あらびっくり。母さんが分かっていたので教えてもらったんですが、言われないと分からないね。いやはや、びっくりだ。聞くと、思いの外みんな夕張に戻っているのね。

母さんをまた家に送り、そしてまたKさんの家へ。原稿依頼をするのですが、どのように進めるか少し整理が必要です。やるべき仕事は、まさに歴史を伝える仕事ゆえ、がんばっていきたいと思っているところです。清水沢の長寿庵で昼食を食べました。炭鉱跡と役場など、そして歴史村。若菜のバスターミナルで分かれました。Kさんの文書をまとめる仕事は、すぐには終わらないです。どうぞよろしくなのでした。

新夕張から特急で千歳に向かうには時間があります。ちょうど江別に父さん母さんは車で行くというので一緒です。おしゃべりしながら、僕が運転。野幌駅前で降りて、手を振りました。父さん母さんは、僕の健康をとても心配していますが、僕ととして父さん母さんがまあまあ元気でいることを、とてもとても嬉しく思っています。ま、ばっちり健康とは言わなくとも、幸せに暮らしているので、ご心配なくです。ありがとうございます。

野幌駅で、とりあえず札幌への切符を買いましたが、来た電車が小樽行きだったので、そのまま小樽方面に向かいました。日本海を見て、それから千歳空港に行ってもいいじゃろ。何となく余裕があるつもりでいました。銭函で降りました。すぐに海が見られるぞって思ったんです。念のために千歳空港に向かう電車時刻を調べました。あらまー、なんてこったー、銭函滞在20分。すぐに列車に乗らないと、飛行機時刻がやばいです。夕方の海を眺めてきて、また電車に乗りました。札幌駅で乗り換え。たくさん列車が並び、僕は新宿駅みたいだなーと思ったのでした。ああ、すっかり内地の人だー。

千歳空港に着き、手続きを済ませました。みそラーメン食べました。ソフトクリームも食べました。遠距離恋愛カップルと思われる人たちがいっぱいいました。同じ仙台発飛行機に乗っていた青いコートの女性は、背の高いワイルドかつ温かい感じの青年とソフトクリームを食べていました。きっと幸せな3日間を過ごしたことでしょう。飛行機に乗り、仙台空港にはすぐに着きました。青いコートの女性と同じ電車に乗り、仙台駅で乗り換えて、僕は松山町に着きました。はい、ただいま。

写真は、昨晩の清水沢駅です。

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