昨日へ     2008年03月03日   明日へ

根津さん「君が代解雇」阻止! 関西集会(3月1日)にメッセージを寄せてねって言われて、こんな文章を送っていました。

私は、宮城県の小さな小学校の教員をしている、○○○という者です。まだ雪深い東北から、連帯のメッセージを送ります。

たくさんの人が「平和な地球を!」と言います。「憲法を守ろう」と言います。「殺人は、悪」「騙すことは犯罪」「差別はいけない」「いじめをなくそう」...それらのフレーズは心地よく流れます。けれども、実際に私たちが暮らす毎日は、どうでしょう。憲法は踏みにじられ、理由いかんで人を殺すことを当然のように言い、人の尊厳をおとしめるレッテルを貼り、仲間はずれにし、誤魔化し、脅し...傷つくことを怖れる毎日なのではないでしょうか。地球温暖化と対照的に、人間環境は寒冷化の一途をたどっているかのようです。ときに「そういう時代だから」という言葉も聞かれますが、不幸と不安の川に流されるなんてゴメンです。人間らしい暮らしを、私はあきらめません。こぎれいなフレーズを口ずさむだけでなく、行動し、表現し、出会い、話し、聞きながら、地球で暮らす全員で「平和」を模索したいのです。

学校は、子どもたちが一人ひとり全員が、それぞれの持ち味を発揮させる場です。私は今年3年生14名の担任として、子どもたちがうまいこと失敗し、子ども自身がその失敗をうまいこと克服し、どんどん経験豊かになっていくことを、サポートしています。この仕事に誇りあります。私には、一人ひとりの子どもたちの持ち味を奪う権利はありません。誰にもありません。大人の都合に合わせた「教育」は、ゴメンです。

子ども一人ひとりの持ち味を粗末にしない全国の仲間は、きっと教育行政の横暴に抵抗しています。微力ながらも、私もその一人と自負しています。「憲法を守る」とは、横暴・圧政に抵抗してこそ実践されるものです。私は「君が代」すなわち天皇に、敬意を表する意思を持ちません。またそのような姿を(たとえフリだけでも)子どもたちの前にさらすことは、とても教育的でないと思っています。私が「君が代」に敬意をはらわないことは、人として自信を持ってそして自然に、そうなんです。

根津公子さん・河原井純子さんたちは、東京都の学校でごく自然な過ごし方をしてきているのだと思います。「君が代」に敬意をはらわないなんて、なんて自然なことでしょう。教育的なことでしょう。ですから「規則だ」「通達だ」「命令だ」「処分だ」と、圧力を掛ける人々は、とても恥ずかしいです。命令だけで左右されるなら、学校は学校でなくなります。思わず「国を滅ぼすつもりか!」と言いたくなっちゃいます。「新しい憲法の話」の戦争の放棄の章に「世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」って言葉があります。その通りです。一方、正しくないことは暴力を伴うものなのだと、東京都に学びます。

学校を、子ども一人ひとりのものにするため、未来を語れる自由なものにするため、圧政に抵抗しましょう。暴力や誹謗中傷にへこたれそうになっても、全国には仲間がいます。関西の皆さんと、歩みを共にする仲間がうんといっぱいいます。今最も攻撃されている、根津公子さん・河原井純子さんたちへの処分を許さず、闘いましょう。子どもたちは、大人を見ています。大らかに、しなやかに、軽やかに闘う姿から、たくさん学んでもらおうじゃありませんか。春は近い。未来は明るい。眩しい青空をみんなで仰ぎましょうね。

写真は、1月27日の夕張・南部で撮ったものです。

昨日へ        明日へ

はじめのページを新しく開く