昨日へ     2009年02月22日   明日へ

広島の朝です。昨晩は日付が変わる頃まで呑んだり食べたりしていたので、朝食はいいかな?って感じ。シャワーだけ浴びて、ホテルを出ました。日教組全国教研の平和教育分科会の会場に向かいます。広島駅まで歩き、港に向かう電車に乗り、区役所前で降りました。電車は高校生でいっぱいでした。


会場前には、もうビラ配りをする仲間がいました。「君が代」強制への抵抗を呼びかけるとともに、日教組が組合員を排除していることへの抗議も訴えます。いつもの「自由」の障子紙のぼりも出しました。ビラの受け取りはいろいろですねぇ。
建物の中、平和教育分科会の入り口で、不当にもレポートを拒否され、傍聴券も奪われた仲間が、ボートを持って立ちました。ただ立っているだけなんだけど、排除しようとする管理者・ガードマン。あらまーと、駆けつけて話しました。「規則だから」「管理権は、こちらにあるから」と繰り返す管理者・ガードマンに、話します。疑問はぶつけません。疑問は問い掛けます。管理者・ガードマンは、イライラしています。強権的に出れば「普通はすぐに従うものです」という姿勢が、それを当たり前にしちゃいかんなーという教員的思いに火を着けちゃって、僕はなかなかしつこく管理者・ガードマンと話すのでした。こんなことしに来たんじゃないんだけどなーという思い。でも、こういうことも一つずつ何かに結びつくはず。


平和教育分科会の会場に入り、傍聴しました。修学旅行の話が多かったです。拒否されたレポートを分科会参加者の裁量として、何とか紹介する時間が取れないか、考えたり話したりしましたが、実現はできませんでした。けれども、東京都の「君が代」処分の不当性は複数のレポーターから話されました。少しずつ繋がり合い、広がっていくイメージは、決して捨ててはならないって、今日も感じました。


別の分科会の様子も見たかったので、東京・群馬・広島の仲間と共に移動することにしました。広島の仲間に手を振り、路面電車に乗りました。僕は平和公園内会場で行われている分科会に行くので、資料館に向かう群馬の仲間と一緒。乗り換えで、東京の仲間に手を振りました。乗り換えのとき、外国から来たらしき4人組が行き先が不明で迷っていたので、話しかけました。一緒の電車だから、一緒に行きましょう。乗り継ぎ券を出してもらったほうがいいので、電車からすっかり降りた後でしたが、運転手さんに掛け合いました。大丈夫でした。お互いネイティブでない英語。キエフの近くから来たとのこと。船で来たんだよ、明日は名古屋とのこと。どこから来たの?と問われ、ロシア!なんて冗談言いながら、MIYAGI、SENDAI、MATSUSHIMA...は、通じなかったですねー。一緒に雨の原爆ドーム前で降りました。よい旅を! 手を振りました。群馬の仲間と一緒に歩き、資料館前で別れました。今回もまた新たに知り合いが増えて、嬉しいです。教育「格差」の分科会に行くつもりでしたが、「安全・安心」の分科会があり、入ってみました。ひょっとして「不審者対策」なんていう、そんな話題になっているだろうかと思ったからです。「不審者」対策として「無視しなさい」「知らないと言いなさい」という「指導」に疑問を抱いているんです。参加してみると、不登校・部活・子どもの権利条約に関連する話題でした。しばらく話を聴きました。いろんなところにいろんな人がいるんだよなーと、そんなこと感じました。分科会を出て、一応資料館へ。駆け足で回りました。5年生のみんなに見せるために写真を撮りました。来るたびにそうしている僕です。


雨の公園からホテルに戻りました。夕方から、学生時代のボランティアサークルの仲間と20年以上ぶりに会う予定があるんです。シャワーを浴びて、ほっとして、雨が上がればいいなあと思いながら、ロビーで待ちました。20年ぶりのS。昨日の続きみたいに話せて、うんと幸せ! サークルのみんなが今どうしているか話しながら、ビールを飲みました。サークルOB会の写真を見せて、あれこれのエピソードを思い出しました。本当は、広島のS、宮城の僕、そして石川のТさんが集う目論みだったのですが、Тさんは来れなかったので、電話を掛けました。こういうとき、携帯電話はよいですね。子どものこと、学校のこと、人生を語り合い、11時の電車に乗るSを見送りました。ああ、持つべきものは友よのー。S、どうもありがとうございました。

写真は、平和資料館での1枚です。

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