昨日へ    2010年04月27日   明日へ

今日は午後に町の教育研究員開講式でした。それに参加して、それから家庭訪問2軒でした。ほっとしました。38軒の家庭訪問終了。温かなおうちの皆さんに感謝です。本を一冊読んだ後のような快さ。よい旅でした。おうちの皆さんと、人間らしい語らいができるから、僕は教員を続けられるのだと、そう感じています。感謝です。

学校現場の忙しさを見ながら、日々いろんなことを考えます。忙しさに必ずしも順応できず、ときに抗う僕。どうしたもんだろうと、考えます。僕としては、ちゃんとご飯を作って食べるのと同じように、子育てしたいんです。そんな思い。みそ汁作るためには、だしを取ります。カップみそ汁にお湯を注ぐだけって方法もあるのですが、みそ汁はそもそもこのように作るんだよと、ちゃんと伝えたいんです。経験させたいんです。けれども、時間を掛けるゆとりを奪われ、そういう一つひとつが省略される日々です。「そんなこと、いいから」って。みそ汁は、比喩です。実際のところとしては、子どもたちが昨日あったことを話したくて来たときに、ちゃんと聞けるということ。苦手な教科・嫌いな分野のある子に「一緒にやりますか?」って、放課後におしゃべりしながら補習をするってこと。休み時間に、一輪車乗れるようになったんだよって目ん玉キラキラさせている子に、「それじゃ、見せてよ」って言って、校庭で見て、「すごいじゃん」って言うこと。...などなどなどなど。

子育てに時間が掛かるのは、あたりまえなこと。子どもにちゃんと向き合う子育てって、時間に追われる今日では、無理なのでしょうか。ロボットでもできる子育てをやっているんじゃないかと、そんなこと考えて、ぷるぷると首を振り、ちゃんと人間らしく生きようと決意するここのところの僕です。もしかしたら...という不安ばかりかき立てられる日々で、子ども時代を送った人は、どんな大人になるんだろうと、そんなことを危惧しています。あなたは、猜疑心ばかりに水をあげていませんか。

仕分けや飛行機の路線存続報道をみながら、夕張のしんどさと、人情は何を救うか、考えています。昔からある格差。それを広げるか、公平にするのか。眺めているだけでは、何も好転しないとの確信を深める思いです。

写真は、先日の女川でのクロゲラ号です

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