昨日へ    2011年01月22日   明日へ

今朝は水戸に向かいます。日教組の全国教研が水戸であるからです。今回は、レポーターではなく傍聴者として向かいます。ぴよさんに小牛田駅に送ってもらい、土日切符を買いました。小牛田からノンストップの仙台行きに乗りました。仙台駅に着いたら、隣りのホームに特急スーパーひたちが止まっていたので飛び乗りました。何となく新幹線で小山まで行って水戸線かな?と思っていたのですが、ま、何とかなるでしょう。カメラ(GXR)で車窓を撮ります。ここのところ、車窓風景、ことに通過する踏み切りの写真を、ちょいとテーマにしているんです。モノクロで撮ると、物語のヒントになりそうな風景が記録されるのです。

特急に揺られ、水戸の手前の勝田で降りました。勝田に用事があったわけじゃなくて、何となく歩いたことがない町を歩きたかったから。ま、いつものことですな。こんなこともなければ足跡を付けることもないでしょう。そんな勝田の町を歩きました。花屋さんとラーメン屋さんが思いの外多く感じられました。日なたに猫がいないかなと思ったものの、見当たらず。駅前のラーメン屋さんで、ラーメンを食べました。

勝田から水戸へは普通列車でも一駅なんですね。ことこと揺れて、水戸です。宿を予約していたので、まずは宿に向かいましょう。駅前には右翼政治団体の演説とビラまき。日の丸鉢巻きの強面の青年に近づいて肩を叩き「日教組ってあなたたちが思うほど「左翼」じゃないですよ」って...言おうかとも思いましたが、やめました。愛国の志を持って今の日本を杞憂するのなら、競争競争で力を合わることを学ばせない文部科学省に対して、一緒に抗議できそうに思う僕なのです。でも、理解されなさそうですな。ちゃんと出会いたいです。真面目に共に闘いたいものです。

水戸の駅からの道は、緩やかな上り坂。何となくの勘で歩きます。住所を見て、小さい路地に入り、探します。なかなか見つからない。仕方なく電話を掛けました。すると、予約されていないとのこと。あらまー。とりあえず、電話したところから遠くない場所にあった宿に行きました。僕が予約したのは12/31のことでした。この宿には本館と別館があり、たどり着いたのは本館。12/31に営業していたのは別館だけとのことでした。別館に電話をしてもらい、予約が判明し、ほっとしました。どちらに泊まってもよいと言われ、今夜の自主教研の会場に近いほうということで、別館に泊まることにしました。宿の方が別館まで車で送ってくださいました。ありがたたかったです。

宿(別館)でチェックインして、すぐに歩き始めました。道は、すっかり右翼政治団体の車からの音に包まれていました。とりあえず、駅まで行きました。ヤマダ電機に入りました。カメラレンズのフィルターを買いました。そして、全国教研の分科会会場図を見ました。なるほど、一番近いのは「教育条件整備」ということで、隣りのホテルに行きました。

「教育条件整備」分科会で、印象的だったのは、やはり都道府県によって、お金の使われ方がかなり違うということでした。細かいようですが、職員室で新聞を取っているかどうかなど、とても顕著でした。「子ども手当て」とか「給食費未納」問題が取りざたされる昨今ですが、教科書同様に給食費は「教育予算」でまかなわれるべきものです。「学力」世界順位のことがよく聞かれますが、「教育費」世界順位はどうなっているか、もっと話題になって然るべきでしょう。

「教育条件整備」分科会の今日の部が終わったところで、自主教研の会場に移動します。「日の丸・君が代」問題自主教研です。僕が毎年参加しているものです。会場に着くと、お久しぶりのいつもの仲間が全国から集っていました。ほっとしました。あちこちに参加を呼びかけた僕。でも、呼びかけたからみんなが参加ってわけではなく、入り口が開くたびに振り向くのでした。

東京の状況が報告された後、全国の状況ということで、すぐに「宮城の○○さん」となりました。てっきり最後のほうだと思っていて、話す準備をしていなかったのですが、大きく3点話しました。「道徳教育との関連」をどの教科・どの行事・どの取り組みにも組み込んでいく昨今のこと。教職員評価制度と「日の丸・君が代」強制の状況。そして最後は、若者にもきちんと伝えていくということ。これは、毎回機会あるたび口にしていることですが、今回はいつもよりも厳しい口調で話しました。というのも、「今年で退職ですが」とか「定年を待たずに職場を去りましたが」って発言を聞くことがとても多いのです。退職してから「学校を!」なんて言うのではなく、職場にいるうちに(苦しくても)ちゃんと語っていかなくちゃ、「問題」と感じる感性・意識自体が消えてしまいかねません。この発言の最初に「私は今年で定年ですが...」と話し出したら、さすがに皆さん、ぱっと顔を上げました。「ということはなく、あと20年は学校で仕事したいと思っている私ですが、この中に現場で現役の方がどのくらいいるか、考えます」ってな具合に語ったのでした。

比較的早くに僕の発言があったので、何人かの方が意識して「これから」のことに触れて発言してくださりました。あらかじめ意見が同じ安心な仲間内だけで、いくら訴えていても、広がりません。ぜひ、いろんな場所で、いろんな方と出会い、朗らかに暮らせる状況を築いていきたいものです。大阪の教職員評価制度のこと、北海道の密告制度のこと、課題は山積していますからね。

自主教研の討論は9時まて続き、会場を駅近くの豚カツ屋さんに移して、食べながら飲みながら、語らいました。11時に店を出て、みんなで語らいながら歩きました。いろんな方と話せてよかったな。東京の特別支援学校のことを聞きながら、子どもたちの話をもっとしたいなぁと感じました。全国各地に帰ってから、またしんどい状況に置かれながらも、仲間がいるよという実感は、少しだけ心を穏やかにさせるものですね。感謝感謝なのでした。

風呂もトイレも共同のがらんとした宿の部屋。廊下を歩く人の音がとてもよく響き、ぱっとは眠れませんでした。どこかに似ているなぁと思ったら、それは予備校の寮。札幌予備学院・大五寮と似た響きだったのでした。もう25年も前のことですけどね。

写真は、特急スーパーひたちから撮った太平洋です。

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