昨日へ    2011年07月16日   明日へ

今日は、大阪に向かう日です。午後の飛行機なので、比較的ゆっくりです。電車で仙台へ揺られます。仙台から震災前なら仙台空港まで電車に乗って行けました。けれども、名取で電車を降りて、空港へのシャトルバスです。乗客は、美田園でずいぶん降りました。ほんの少しの人を乗せ、津波の痕がまだまだ残っている道を行きました。瓦礫はかなり片づけられたようですが、水が貯まっていたり、車は放置されたままだったり。空港のそばにお寺がありました。墓石が、どれもまっすぐではなく、クレーン車が何か仕事をしているようでした。

空港は遠くから見たら、変わらないのですが、まだ復旧途上なのでした。かつての到着口の一角に、JALとANAの発券窓口がありました。レストランも何もまだ営業していませんし、トイレも仮設です。売店も駅のキオスクより小さいものです。搭乗手続きをして、旅ギターを預けました。カメラだけ持って、外に出ました。離陸までには、もう少し時間があります。

さっきバスから見たお寺。お墓を直しているのかと思ったのですが、ひょっとしたらブルーシートの上に集められていたのは、お骨かもしれません。違うかもしれません。津波に倒されなかったものの、すっかり無残な様相の家がありました。頑張ったね、柱たち。ここで暮らしていた人は、大丈夫だったでしょうか。電線のない電信柱。立ち入れ禁止の札。砂舞い上げるトラック。路傍に小さなお地蔵さん。小さな花添えられていました。

空港に戻りました。空港ターミナルの工事は大勢の人の手によって、急ピッチに進められているようでした。いつもは到着口、荷物を取るところが待合室。腰掛けて、離陸前のメールチェック。そして滑走路を少しだけ歩き、伊丹行きの飛行機に乗ったのでした。ほぼ満席でした。少しだけ眠り、富士山を眺め、温かいお茶を飲み、そして伊丹空港着陸。気付いたら、ドン!と着陸でした。

旅ギターを受け取り、ゆっくり到着口を出たら、懐かしい顔がありました。Kさんファミリー。迎えてくれて、ありがとうございます。東北新幹線古川駅で見送ったのは2007年7月22日2008年3月30日に大阪でお会いしまた。あれ以来です。ちなみにRちゃんが1年生のときの担任は僕。あの1年生が、6年生なんです。車の中でおしゃべりしていて、ああ変わっていないなぁ、RちゃんはRちゃんだって感じました。でも、6年生ですからねー。物心ついて...ってことで考えるなら、宮城暮らしと大阪暮らしでは、大阪暮らしのほうが長いことになりますね。ちゃいまっか?

途中、ホルモン屋さんに寄りました。豚足があったので買いました。スーパーに寄りました。みんなで今夜の食材を買いました。近所の甥っこKくんを乗せ、おうちに到着。引っ越したので、初めてのおうち。猫くん、お邪魔しますね。Kくんは、まだ小学生にならない男の子。新型の得体知れない大人の登場に静かにしているかと思ったら、そうではなく、まあいい感じににぎやかでした。

ご飯を作り、みんなでいただきました。たくさん語らいました。iPadにあれこれと写真を入れてきたので、みんなで見ました。懐かしいねぇ〜。宮城の仲間に電話をかけました。僕が変わりました。いやー、びっくりだったね! 前任校の皆さん、元気そうで何よりです。たくさんの方が交替しながら、僕と話してくれました。ああ、感謝だねー。ありがたいねー。甥っこKくんのお迎えが来て、ご挨拶して、手を振りました。今度は、兄ちゃんSくんともお会いしたいですね。お風呂に入って、おやすみなさい。とてもとても幸せな時間でした。

写真は、今夜Kくんが撮った一枚です。

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