2012.04.01

20120401.jpg今朝の庭猫。雨上がりの穏やかな夕空に、初ツバメ。 春です。見間違えじゃないかと思い、外に出て、しばらく空に目を凝らしました。しばらく待っていたら、ぴゅーっと風を切るシルエット。ああ、やっぱりツバメだ。

「現代思想」4月号(青土社)の特集は〈教育のリアル〜競争・格差・就活〉。読み始めたところです。

リシャール・コラスさんの「旅人は死なない」を私はまだ読んでいる。お気に入りの蒸留酒をちびちび舐めるように少しずつ幸せを味わっている。旅、急ぐことはない。それは勤務でも職務でもない。趣味や行楽などでもない。たくさんの峠を越え、橋に助けられ、留まりつつも、歩みを止めない。

50年近く生きている。たくさんの海を見た。坂道を登り、たくさん汗をかいた。体に沁み渡る水を飲んだ。舌にいつまでも残る苦い思いもした。友だちが自殺を考えたことがあったという。同じときを過ごしていた私は、どんな私だっただろう。雨が降っている。いつか止む。明日からまた始まる。

今朝こんな夢を見ました。
逮捕されたか、借金取りに追われて逃げ出したか。大きな道に面する彼の店。そんなに知らないおじさん。昔ながらの店。扉はない。荒らされるの嫌で、掃除。財布に入っていたお金は、盗まれ、水が入っている。彼の友だちだったという青年二人。外国のコインを換金しに来る。もうすぐ彼は、帰ってくるよ。近所の小さい女の子が、彼のために桃の枝を持ってくる。私の学生時代の先輩の子ども時代。24mmのレンズで桃とその子を撮る。店の入口で待っている友だちも撮る。棚に洗面器。その中にお金。おもちゃの宝石に混ぜてカモフラージュ。ガラスの内側から中学生の女の子。あの子かわいいよねと指差す。彼女の妹。実は、私はおじいちゃんの子ども。あの子は、いなくなったお父さんの子ども。あの子は、知らないけど。と、呟く。

2012.04.02

20120402.jpg東松島・根古。さあ新年度のスタートです。学校に向かう橋では、ツバメがたくさん舞っていました。4月を待っていましたとばかりに、一気に来たって感じです。教職員の人事異動はそう多くはなかったものの、新しい職員室ですなぁ。

昼から休暇を取って、東松島の根古に行きました。東松島市は合併してできた市なので、なかなか広いです。地図を見ながら、行きました。初めて行く仮設住宅です。そこの集会所に、夕張からボランティアさんとミュージシャンさんが来ると聞いたからです。Twitterで知り合った方です。

行くともう催しが始まっていました。和やかなひとときでしたねぇ。地元のおばちゃんのつっこみがとても遠慮なくて、いい感じでした。よそ行きじゃない豊かさ。それもそう、自分たちの集会所ですもんね。マジックあり、音楽あり。夕張出身のミュージシャンは「WISH SIDE」のお二人。シホロカベツ川って名前を、東松島で聞くとは思いませんでしたねえ! 感動でした。紹介してくださったSさんたち、WISH SIDEのお二人ともお話できて、嬉しかったです。ああ、出会いですなぁ〜 

先月15日の夢のメモが出てきました。積雪の多い町は、昔ながらの家屋。観光地でないゆえの魅力。そこが、町おこしで昔話。夕張か丸森か。駅に走り、ジーゼルカーに乗ろうとするけれど、ジャケットのポケットからは、古い切符ばかり出てくる。乗車した駅を証明する切符もらって飛び乗ると、白い花の霊柩ジーゼルカーだった。

先月16日の夢のメモ。プールか、生み出すか。浅い水深。2人組で、沈む石鹸を取ってくるトレーニング。職員会議。ある子のデータ・特徴を教育計画の中に1ページ取っているのは、なぜか。独り食い下がり、抗議する。差別、レッテル。愛なき世界。夕張市末広のガソリンスタンドの上にひれいな雲が浮かんでいた。

2012.04.03

20120403.jpg昨日の根古。今日、学校の全スタッフが揃いました。おお、こういう顔ぶれ、こういう分担。始まりますなぁ!

ある子のおばあさんから漬物を取りにおいでとの連絡あり、参上しました。ありがとうございます。お返し、何にしようか考え中です。プライスレスの幸せ。いや、それは逆で、幸せって値段が付かないものなのかもしれません。値段がついちゃうものは、しょせんそれだけのものということ。

先月24日の夢のメモです。警察に追われて、みんな別名ルートで山を下る。タワー型Macを広い排水路に潜ませる。ラグビーボールのような洗面器を流す。

先月27日の夢。坑道にしては、土壁。夜にしては、明るい。降りて行く。山の中。バルブを閉める。どこかから水。新たなバルブを探す。地底なのに、夜なのに、子どもたち。戸のないトイレを覗いていく。

2012.04.04

20120404.jpg先月31日の東松島・集会所前のチューリップ。新年度の準備をあれこれと進めます。毎年、これまでの失敗を繰り返さないよう、あれこれと心がけ、気合いを入れます。けれども、途中で慌ただしさに飲み込まれてしまったりしがち。今年は頑張りましょう。ま、毎年そう思うんだけど。

放射能拡散事件によってふるさとを奪われること。その重さをいつも考える。たとえば大好きな鳴子温泉に立ち入ることができなくなること。おそばを食べる権利を奪われること。遺産も天然記念物も季節も自然も景観も思い出も...閉ざされること。今いるここから即退去を命じられること。
ああ「被災地」じゃないところなし。 っていうこの列島。 「被災地のみなさんへ」と、 被災していない、 被曝していない、 そんな思いをしているなら、 へんな線を引かないでおくれと、 話しかけることになるだろう。

誹謗中傷悪口ない世界を なんとか作らなくてはいけない。 みんなで手を結ぶことを 妨げる噂話。 みんなで助け合うことを 躊躇させるいじめの一言。 世の中全員で 全員の力・存在で、 なんとか人間は延命しなくてはならない。 何者かに委ねても 正解は、誰も持っていないのだから。

雪ふみながら旭町83番地。
10円玉たくさん持った。
父さん母さんの声聞きに本町4丁目の電報電話局まで。
ぐずる息子の手を引いて雪ふみながら、灯りのあるほうへ。

退職したら雪下ろししなくていい南へ。
しばれない東京の近くへ。
青函連絡船の向こう側。
寝台特急はくつるで辿り着く、父さん母さんに、
孫の声を届けるため、
雪ふみながら旭町83番地。

電報電話局の赤い電話は、午後8時以降。
ぐずる息子に10円玉入れさせ、
どんどん落ちる10円玉の音に、
早口になりながら、
遠い南の乾いた街に、
おやすみなさいは、娘の声。

雪ふみながら旭町83番地。
言い忘れたこと悔やみながら、
眠りかける息子を引いて、
雪の谷間を帰る旭町83番地。

2012.04.05

20120405.jpg今朝の南郷の朝空。今日は、第1回の職員会議。今日は僕が司会でした。あれこれと議題は多く、時間も掛かります。仕方ないです。延びたら明日ということでしたが、なるべく明日は明日でやることがあるのでまとめること努力しました。課題が何か明らかになるだけでも話し合いの意義は大きいものですな。

夕方からは、職場の歓迎会でした。電車で向いました。あれこれ語らえてよかったよかった。最後まで参加して、タクシーで帰ってきたのでした。

2012.04.06

20120406.jpg昨日夕方の松山町駅の木。流れ弾飛び交う日々。ずっと続く。撃たれ続ける毎日。ダメージをいかに少なくするか。貫通させること、流血しないこと、トドメさされないこと。もう今以上に、流れ弾地帯を増やさないこと。

「悪法も法」と聞くこと少なからず。それは悪を認めること。法がどれだけ吟味検討されたか。悪にならぬか討論されたか。その向かう先に正義はあるか。「悪法も法」と言う人は責任転嫁する。「組織」の平穏・己が無事のために、自ら判断することを放棄し続ける。無責任な「大人社会」が続く。

ちょっぴりの「安全」と、 絶対「安全」との違いとは。 ちょっぴりの「危険」と、 絶対「危険」との違いとは。 落ち着かずおろおろと、 迷いながらうろうろと、 生きている。生きていく。 判断を委ねることはしない。 決めてもらう「安心」は、 「幸せ」とは限らない。

2012.04.07

20120407.jpg東松島のチューリップ。自らの主張の正しさ。 意を異にする全ての人を納得させ 共に歩もうと投げかけるラブコール。 ふわりと投げかけるもの。 キャッチできる放物線。 ぶつけたり蔑んだり粉々にしたり 掻き乱したり吊るし上げたり殺したり。 そうしなければ表せない「正しさ」は どこかがきっと正しくない。

本当は、青森にジャンベ持って行く予定でした。けれども体調すぐれず、各方面の仕事も山積したままなので行けませんでした。たくさん人が集まるといいな。

東松島仮設住宅集会所での学習支援の帰り道、鹿島台のホーマック。園芸関連商品には「セシウム測定」に関わるシールが貼られていました。デモもなく怒号も響かぬ「平穏」にも、放射能被曝への危惧はしっかと訪れていること、実感しました。

2012.04.08

20120408.jpg父さんの手紙。今朝見た夢は、こんなのでした。ガソリンスタンドで給油に長時間。父さんと妹。フェリーの時刻が迫る。僕が乗るかと思っていたら、逆。一度家に戻る時間なし。スタンドで、タイヤと隙間テープの大きな輪が邪魔。それは、僕のだった。後で気付く。遅れている時計をじっと見つめていたら、鍼が気付いて回り出して、正確な時刻で止まった。

一昨日、中学生が来たんです。意気揚々とある「券」を持って来たんです。それは、席替えなどのくじに「当たり」として付けていた通称「つ○○券」。それには、有効時期と「あめっこ3個」など引き換え可能なものが載っているんです。KがSと一緒に持ってきた「つ○○券」は、たこ焼き券。さすがに勤務時間に買ってくるわけにはいかないってことで、今日届けることを約束していました。部活から帰ってきて、Sんちで一緒に遊んでいるところにお届け。行ってみると、Yもいました。誰も相談する人がいないときには、元担任の私がいるからね...というお守りとして発行していた「つ○○券」。使ってもらうと、かなり幸せですな。ありがとうね。...ちなみに、「つ○○券」を使おうか考えている諸君は、あらかじめ連絡をしてくれるととてもありがたいです。用意しておけるとすぐに引き換えられるからね。よろしくです。ああ、みんな元気かのぉ〜。年賀状にはよく「つ○○券」使いにいくからねぇ〜って書かれてあるけどね。

「つ○○券」を袋に入れていたK。袋に一緒に入れていたという手紙を見せてくれました。あらまー、びっくり! 病床の僕の父さんに手紙を書いてくれたKへの、父さんからの感謝の手紙。Kはまだ「つ○○券」を持っているということだったので、また同じ袋に入れておくといいよと話しました。いやはや、たくさんの人に支えられ助けられ生きているもんだと感じました。感謝感謝です。

人間たちに疲れたとき、私は森に行った。
樹々の葉を仰ぎ見、沢水をすくい、小さな花や虫たちと会話した。
イワナに慰められ、雲に勇気付られ、
また人間たちの世界へ戻ることができた。
あるときは、海のさざなみに耳を澄まし、洗われた。
きっと、私だけではない。
今、森に帰れない痛みは、大きい。

2012.04.09

20120409.jpg入学式一年生退場。あー!今日は、始業式。ドキドキです。なんてったって、担任発表がありますからねぇ。

さて、今年度は、2学年32名の担任! 去年は学級担任じゃなかったので、この日を待っていた!って気持ちです。去年1年生だったみんなとは、僕が机を入れていた児童会室が1年教室の隣だったということもあり、ほどほど知った関係。きらきらしたみんな。さあ、素敵な1年にしていきましょう。

教室で、心がけてほしいことなど話し、すぐにさようなら。入学式があるんです。1年生は2クラス。知っている子もたくさんいて、おおもう1年生なんだなぁ!と感動したりしました。ああ、始まったねぇ〜

離陸。旅立ち。 パッと飛び立つよりも 長く助走したほうが 高く飛べる ような気がする。

2012.04.10

20120410.jpg3/18雄勝のtiger。2年生と実質1日目となる今日でした。学級通信の名前は「ポッケいっぱい」。手書きはいつも通りのこと。それに加えて、更紙印刷。なかなかレトロです。

100ベクレルと「厳しく」なって…という報道は、納得しづらいです。「過剰に」と捉えられるような意図を感じます。

2012.04.11

20120411.jpg3/30仙台猫。今日は、児童会の委員会活動がありました。僕は、広報委員会です。一昨年の3年生が5年生。あたりまえなんだけど、とても新鮮です。小さい頃を知っている分、成長を実感することができます。いやぁ、立派になったねぇ。

誰も独りぼっちにしない。それは「仲間になる」とは少し違うかもしれない。同じ歩調でなくていい。同じ方向でなくてもいい。理解しなくてもいい。けれど、話ができるということ。存在を認めるということ。認め合えるということ。 広い視野。深い懐。大きな器。奢らず、耳を澄ますこと。

2012.04.12

20120412.jpg幹を描く途中で、幹を触りに外に出ました。朝に揺れを感じました。小さくても確かめてしまうこの頃です。そんな朝、夢を見ました。離任式。ステージの袖。ビーチサンダルはいている私。幕の向こうから見えるらしい。エピソード話そうとしても、別の学校でのことばかり。

図工で、色紙作りをしました。画用紙に絵の具を塗って作るんです。一人八つ切り3枚です。色紙を切って貼り絵を作ることを話しました。花を作ります。花用に1枚、葉っぱ用に1枚、もう1枚は木の幹のイメージ。おかわりあり。ぶんぶん筆を振ってぱっぱと終わらせる人、慎重に色を吟味する人...。みんなちがってみんないいの風景でしたよ。

2012.04.13

20120413.jpg登り棒。今日は、初体育です。校庭を走りました。運動会は来月ですが、目指すものがあるとみんな頑張ります。いい感じです。走るだけではなくて、鉄棒や雲梯、登り棒。そして、長縄。みんなの「みてみて」に応じるのは、大変でしたなぁ。

今朝の夢は、本当のことのように感じられるものでした。東京の教員仲間Mさんのお母さんと電話で話す。応援ありがとうとゆっくり話していた。

2012.04.14

20120414.jpg昨日のジャングルジム。これまでたくさん、いろんな「現場」を見てきたつもりです。子どもの頃から利尻に行き、夕張で閉山時代を送り、それからあちこち旅しました。たくさんの人から昔語り聴き、歴史を知ったつもりになっていたこと、反省しています。震災後になって、死の灰被って、やっと分かったことの多さ。

年度スタートの疲れたまって、本日お休みです。仮設住宅学習支援にも行けない今日でした。とは言うものの「別姓通信」は作らなくてはなりません。改訂する必要があるんです。どれどっこいしょ。

2012.04.15

20120415.jpg仙台の路地。今日は、仙台に行って「別姓通信」の印刷発送の日。本当はもっと早くにしなくてはいけなかったのですが、ごめんなさいです。夕張の父さん母さんに贈るものをあれこれと見繕って、帰宅したのでした。今回の「別姓通信」109号に、こんな文章も載せました。

〈「別姓通信」編集者募集です。〉 

(1)「別姓通信」22年
 別姓を考える会の発足は、1991年のこと。エルパーク仙台の和室で第1回の話しあいを持ちました。そのとき参加した私は「会のお便りはあったほうがよいです」と話しました。話したので、担当になりました。25歳だった私...
 あれこれと奔走し、あれこれピンチ続きの私。担い切れず、10年前からしょっちゅう書いていました
「『別姓通信』編集担当をしてくださる方はいませんか」
と。けれども、ずっと「別姓通信」編集に携わっています。もう22年間になります。47歳の私...

(2)ごめんなさい
 「別姓通信」109号は、山形でのサクランボ狩りについてのお知らせをしなければならないもの。だから、もっと早くに出さなくてはなりませんでした。ごめんなさい。遅れました。皆さんのところに届いた数日後には、4/22当日になってしまいます。大変失礼しました。
 反省したら、その分挽回しなくてはならないよ...とは、小学校で子どもたちに掛ける言葉。だから、「別姓通信」発送を遅らせてしまった私は、この失敗を挽回しなくてはなりません。けれども、性懲りもなく募りたいと思います。どなたか「別姓通信」の編集をしてくださいませんか。手を貸してくださいませんか。

(3)「別姓通信」編集の仕事内容
 「別姓通信」編集の仕事内容は、大ざっぱに書くと、以下の通りです。
① 原稿を募る:あれこれ語る会の報告や、次回集まりのお知らせなど。
② 原稿を受け取る:寄稿されるものを受け取ります。新聞記事などをピックアップします。
③ 編集する:ワープロソフトにレイアウトします。フォントを揃えたり、ページ開始を読みやすくしたりします。また、空いたところに文章を書いたりします。
④ 版下を作る:原稿をプリントアウトします。
  ...ここからはみんなでやります...
⑤ 製版印刷する:エルパーク仙台など印刷機のあるところで、印刷します。紙折り機でA3を半分に折り、帳合いします。
⑥ 発送する:NEKOさんにいつもやってもらっている発送ラベルを封筒に貼り、封筒を宅配便窓口または郵便局に持っていって、発送します。

(4)インターネットサイトの仕事
 実は、「別姓通信」のインターネットサイトはずっと更新しないままでいます。6月には使えなくなる場所(Apple社のシステム変更による)なので、立ち退かなくてはなりません。インターネットだけ見ている人は、「別姓通信」が発行されなくなったと思っているかもしれません。ごめんなさい、「別姓通信」編集部の至らなさです。紙での仕事ではなく、インターネット関連でのお手伝いも、ぜひ募りたいです。

(5)...いいわけ
 私は小学校で働いています。若い頃と比べたら、なんぼか要領もよくなったと思います。けれども、どんな職種でもそうかもしれませんが、仕事内容は増え続け細かくなり、空気は世知辛くなっています。過労死予備軍だらけの学校現場です。私もそのの一人です。自分の時間を見つけるのが難しくなっています。
 そんな学校現場をより一層人間的でないものにする制度があちこちで成立しています。「指導力不足」などのレッテル貼りやいじめ排除、「君が代」起立斉唱強制、現場のパワハラも後を絶ちません。細かい管理規則が増え続けています。
 そんなよくない状況に物言う人が少なくなりました。支配者に抗するといじめられるかもしれないという不安が蔓延しているんです。そのまんまにするわけにはいきません。異議を申し立てたり、しんどい仲間を応援に行ったりします。応援して、応援してもらう、そんな日々です。この10年は東京によく行きました。ここ数年は大阪によく行きます。
 そして、2011年3月からの日々。放射線被曝から子どもたちを守るための仕事や、津波で家族・家・町を奪われた子どもたちへの支援もしなくてはなりません。学生時代から続けている「障害」のある友だちの介護はここのところ休みがちです。
 ときどき、こういう活動を私が好んでいると誤解されることがあります。「好きでやっているんでしょ」と。そんなことないんです。ひとりでゆっくり絵を描いたり、楽器鳴らしたり、バイクで旅したり、猫や牛の写真撮ったり、絵本作ったり。本当は、ゆっくりと夕暮れ雲を眺めるひとときがいいんです。ああ〜! 時間がほしいです。
 最後は、言い訳と愚痴の羅列になってしまいました。ごめんなさい。どなたか、「別姓通信」の編集を引き受けてくださる方がいらっしゃいましたら、お知らせください。よろしくお願いします。

2012.04.16

20120416.jpgあつめた言葉を貼ります。今日の国語では、ことば集めを楽しみました。詩を作ったり、作文書いたり、物語を作ったり。そういうことば文化の楽しみを、子どもたちにはうんと経験してもらいたいと思っています。また、子どもたちの暮らしていることば環境が窺えて、興味深かったりします。みなさんは「う」で始まる言葉を、ぱぱっと10個書くとしたら、どんな「う〜」を浮かべるでしょう。「うるおい」とか「うるわしい」なんて書く2年生。いやはや、おもしろいものですなぁ。

2012.04.17

20120417.jpg放課後の色紙作り。今日の放課後、貼り絵の台紙作りをしました。先週作った色紙を、明日切って貼り絵にします。自分の作品の他に、みんなで大きな作品を作る予定なんです。例年だと、障子紙を使いますが、今年は2年生だし、僕自身いろんなことチャレンジしてみたいし。さあ、どんな作品になるでしょうか。ドキドキです。

2012.04.18

20120418.jpg今日の図工。色紙を切って貼る図工をしました。それはそれはいろんな花が咲きました。レオ・レオ二の「フレデリック」を紹介しました。主人公が生まれ、物語になりました。大きいほうは、また明日。

日の丸が恥ずかしくなく掲げられていること。
君が代があたりまえに流れていること。
歴史を学び、私は掲げない、起立せず、敬意表せず、歌わない。
東京・大阪の教員への横暴は許されないこと。
このまま黙っていたら、
お誕生パーティーでも君が代歌わされることになりかねない。
自由を守るとは。

2012.04.19

20120419.jpg今日の図工。今朝見た夢です。焼肉食べる旅。子どもたちが、家庭科室で黒板に落書き。耳元でささやく声が、リアルでめを覚ました。「にくにくおいしい」を繰り返す。

昨日の図工の続きです。最初イメージしていたものとは異なりました。それはそうでしょう。みんなに預けてしまうものですから。ラフですが、鮮やかな作品になりました。みんなの力ですね。「力」は、パワーというより、魅力ってイメージです。

2012.04.20

20120420.jpg迎える会でのゲーム。今日は、なかなか盛りだくさんな日でした。朝、音楽朝会でした。2時間目は、1年生を迎える会。2年生は、手紙とアサガオの種をプレゼントして、歌を歌いました。各学年ともいい感じでしたねぇ。ああ楽しかった。

そして5時間目は、学習参観。2年生は国語。オムニバスでいろんなことをする45分でした。「まねっこ教室」をして、教科書の「かくれんぼ」の音読・いい人探し。ことば集めの学習をして、漢字の書き方。最後に、廊下の向こう側・図工室でわらべうたの「さらばたし」。今年度の雰囲気が感じられればよいかなと思いました。時間はいっぱいいっぱいでしたなぁ。

帰りの用意してさようなら。PTA総会です。総会を終えて、教室で学級懇談会。参加された皆さんに自己紹介と一言をお願いしました。あらかじめ学級通信に、一言のためのヒントを載せていました。この頃2年生に「ありがとう」を言ったことは...、今はまっていること、今年度頑張ること、私が小学生の頃は...ってな感じ。まずは、担任の僕があれこれと自分のことを話しました。そして、皆さん、多岐に渡るいろんなお話! ああ楽しかった。ありがとうございました! 学年PTA行事のことなど相談しました。ああ、始まりますねぇ。

今月は「始まり」のオンパレードです。ひとまず、ここまで来たぞと、ほっとしました。ああ走り続けた(連日過度の時間外勤務の)1週間でした。家に帰っても寝るだけの毎日でしたから...。

耳かきし過ぎて、かさぶたできて、取って、膿んで、かさぶたできて、取って、膿んで…の繰り返し。取らなきゃいいのに、ああ。

2012.04.21

20120421.jpg集会所前のチューリップ。火曜から家庭訪問週間です。1時半からなのですが、15分訪問して10分で移動するという日程です。1日に7軒程。道に迷ったりすると、予定時間がぐちゃぐちゃになって迷惑を掛けちゃうことになります。訪問したことのない方面に今日は予習です。

学校に行き、地図を見て、メモをします。学校を出てバイクに行ったら、シートに四つ葉。あ、さっき手を振ってくれた6年生だね! ほんのりと嬉しい気持ち沁みます。バイクを走らせて、予習。中学生に手を振り、外に出ていた小学生に道を尋ねました。ああ、旅じゃのぉ。

そして、東松島の仮設住宅へ。学習支援の日なんです。やっぱり子どもたちと過ごす時間はよいです。津波が来ても濡れていなかったぬいぐるみや毛布の話を4年生から聞きました。何度も通いながらも初めて津波に関係する話題でした。近くの学校では桜が満開。お祭りもしていました。

今日、バイク(クマゲラ・R1100GS)のメーターが99000kmに達して、もうちょいで大台!と思ったのでした。大台行ったらカブ100買おうかと思っていたけど、新型カブはカブっぽくなくて、残念。

フェンダージャパンが、バリトンギター発売したこと今日知りました。

2012.04.22

20120422.jpg20日の迎える会。今朝見た夢。歩いて辿り着いた駅は、旭川南。大都会。駅前で、ライブ。どんとが大きな太鼓を叩く。描きかけの100号キャンバス。ナイフでいろんな色を乗せる。マイクが故障して、トランシーバーで歌う人。

今日は、仙台で別姓を考える会のあれこれ語る会の日です。電車で行きます。相談の予約が入っていたので、なるべく予定時刻より早く到着するつもりが、ぎりぎりになってしまいました。いつものエルパーク仙台。通称使用と事実婚の話いろいろ。後半には、6月に予定している「さくらんぼ狩りinやまがた」の準備についての話し合いをしました。有意義でした。

引っ越して来て10年ちょうど。10年ずっと開けないでいるダンボール。なんか、ごめんなさいって感じ。そしてまた、月日が経っていく。

2012.04.23

20120423.jpg19日に黒板の上に貼りました。今日は、交通安全教室。けれども、雨。お話を聴く安全教室になりました。ちょいと残念ですね。

震災後の想像力。関ヶ原の戦いの後の、関ヶ原の農民の苦労・嘆き・怒り。誰かさんの一言で世の中悪くなることあっても、がらっと良くなることはない。一人ひとりの手仕事・手作りでなければ紡げない未来。ワンクリックで良くなる予感は、誰かを傷つけることへの加担と思うべし。復興簡単じゃない。

2012.04.24

20120424.jpg今日の桜。家庭訪問1日目。バイクで向います。何とも豊かな旅でした。ありがとうございました。

学校に戻ってきてから、近くの公園に下見に行きました。1年生と2年生で花見学習をしようと考えていたからです。まさに明日が見頃という感じの桜でした。

学生時代に誓ったことのひとつ。孫引きしないこと。知ったかぶりしないこと。無知の知。謙虚であること。

2012.04.25

20120425.jpg班ごとの活動。朝、旅物語。昨日の家庭訪問のことを、架空の「旅人」が「馬」で行ったことのように話すんです。犬がほえたこととか、そこの家の子どもと手品をしたこととか、具体的な出来事を語るんです。いつからやっているんだろう。もう大人になった元小学生から「家庭訪問の旅物語が思い出です」って言われたことありますしねぇ〜。

生活科の時間、1年生2年生の縦割り班で、近くの公園に行きました。めあては3つ。春を探すこと、縦割り班の仲間と仲良くすること、公園の使うときのルール・マナーを覚えること。歩いていって、めあてを確かめて、班ごとの活動。神社のほうにも行ってみました。桜はとてもいい感じでした。学校に帰ってきて、今日のことを書きました。そして、給食を食べて、さようなら。午後からは、家庭訪問。旅は続きます。

学校帰りに品井沼に行ってみました。いつもの桜スポット。開花はしていますが、見頃は数日後という様子でした。

2012.04.26

20120426.jpg桜の下の2年生。今日は、校庭の桜の下で集合写真。残念ながら、ジャングルジムの上のほうだと顔が小さくしか写らず、また撮り直すことにしましょう、桜無しになっちゃうけれど。
今日は、家庭訪問3日目。一度兄ちゃん姉ちゃんで訪れているおうちは、懐かしい感じがします。そして、つい兄ちゃん姉ちゃんの成長のこと、話して時間を費やしてしまいがちです。

大阪の仲間へのメッセージを送りました。僕調のお便りにしようかと思いましたが、なんだか詩になってしまいました。こんなのでした。

裁判官が、
議会民主主義が、
暴君に道を開けようとも、
希望は輝くことをやめない。
希望は、自由だから。
自由は、希望だから。

目に見えず、
手に取ることも、
お金に買われることもないゆえ、
希望は、
諦めたなら、すぐ失われる。
諦めなければ、
滅ぼされることは、
決してないのだ。

丘の向こうで、
その川の生まれる谷間の村で、
夜行列車が線路鳴らす海辺の町で、
同じような柔らかな希望は、
共鳴する。共鳴している。

種は、風に乗る。
芽は、石を覆す。

まだまだ道程。
今このとき、
学ぶ若者の前でこそ、
大切なものとは何か、
語り継ぐこと。
語らうこと。
手をつなぐこと。

桜がやっと花開く空。
大阪の仲間と共に
希望の灯
広げます。

今朝見た夢。知らない街から、歩いて帰るには、山二つ。バスを待つ。旭町。向かい側のバスに乗る。鳩ヶ谷を経由する。八木山を登る。大きなターミナル。みんな降りる。僕も続く。そのまま食堂へ。セットメニューがずらり。バス代だけというと、とても高い。チャーハン付けたら、とても安いのに。カルトな匂いがする。

がらっと自体を変えることは、できません。一人ひとりと、人間としての信頼関係紡ぎながら、少しずつ良くなって行くもの。あわてず、日々の響きに耳すませながら、歩んでいきましょう。

2012.04.27

20120427.jpg昨日の飛ぶ2年生。家庭訪問4日目です。やっとここまで来た〜って気持ちになります。僕は親になったことがないので、家庭訪問を受ける側に立ったことがありません。ぜひ経験したいものでした。ああいろんなこと、想像しますねぇ。

ひさしぶりに体脂肪計に乗りました。体重減って、体脂肪増えてました。これは、まずい。健康生活は難しい。日々の理不尽に、自分にご褒美せずにいられない。それゆえの、肝機能障害・メンタル系疾患。苦労はいい。汗も流そう。でも、傷つけられる日常は、決して本来ではない。メタボリック症候群も労災になるかも。

2012.04.28

20120428.jpg集会所のチューリップ。今日は、東松島の集会所学習支援の日でした。集会所の前のチューリップがきれいに咲いていました。少しずつ彩り豊かになるこの季節が好きです。

原発放射線被曝を避けるため避難した人が、避難しない人をなじることのないような、マスクする人がしない人をなじることのないような、庶民みんなの繋がりを絶たれませんように。自ら断ちませんように。

カホンもジャンベもギターも歌も、奏でることできず、鳴らすだけのこれまで。奏でられるように、経験重ねなくちゃと感じている春です。紙芝居・絵本読み聞かせには、少し自信あり。どこかで経験重ねたいです。

たまりにたまった日記更新しなくちゃいけない仕事。仕事ってわけじゃないけど、もはや仕事って感じですなぁ。短い段落がランダムに載っているのは、Twitterに載せたものをそのまま日記に加えているからです。かつてなら、全て語尾を敬語にしたのですが、もう面倒になっちゃって、そのまんま。Twitterは140字制限なので、敬語ではないことが多くなりがちです。

2012.04.29

20120429.jpg石巻市立谷川小学校跡。今朝こんな夢を見ました。逮捕される。手錠はない。船に乗る列で、逃げる。大部屋。英語で話す。差し入れ料理を食べながら、中国人と領土のこと。侵略を英語で何というか分からない。脱獄容疑で、連れ合いか僕が、遠いところへ。トルコの監獄。僕が行こう。差し入れも面会も難しいだろう。カメラマンの一団。フィルムカメラばかり。右腕肘の内側に小さなコブ。血栓。だんだん肩に上がり、首を上がり、頭の中に入っていった。

夢をメモして、すぐに起き上がり、カメラを持ってバイクで走り出しました。霧がかかっている中の品井沼の桜を撮ろうと思ったのです。天気予報は晴れ。あるきっかけで、ぱぁっと霧が晴れることを予想しました。品井沼の桜を撮り、奥松島の月浜に向かいました。しばらく波を見ていました。霧は晴れません。室浜に行きました。散歩するおじいさんとおしゃべりしました。霧のことを尋ねたら、風がなけりゃこのまんまだろとのことでした。なるほど。

国道を走り、女川へ。万石浦で霧が晴れてほっとしました。雄勝方面には向わず、原発のある半島に向かいます。東北電力の原子力PR館が開館していたので入りました。なんとまぁ、復活にやっきという感じでした。驚きでした。

鮎川への道はアップダウン。谷川小学校の跡を見ました。ああ、海のそばのうんといいロケーション。この学校に初任だったら、人生違っただろうなぁと思うくらい、素敵なところでした。震災後むしろ、海が見えるところで暮らしたいという気持ちが強くなっています。なんでだろう。地震があるたびに高台に行かなければならないことが課題ですけどね。

石巻に戻ってきて、豚カツを食べて、本屋さんで「ぬいぐるみのお手入れ いつまでもきれいに! 」(NHKまる得マガジン)買って、帰宅しました。ちょっとお散歩のつもりが7時間ツーリングでした。

2012.04.30

20120430.jpg昨日の品井沼の桜。今日は、仙台で放射線被曝から子どもを守る会・教職員部会の日です。参加者はうんと多くはないものの、今回も新たな参加者がありました。定期的に場を持ち続けることは、孤立しそうな人の支えになること。大切なことと、感じました。とても久しぶりにお会いした方もいました。かつての中学生、もうすっかり大人で、びっくりしました。覚えてくれてありがとうでした。絵は描き続けていきましょうね。また会いましょうね。

帰り道、仙台メディアテークに寄りました。美術準備室の企画があったからです。けれども、長居せずに帰路に尽きました。いつの間にか、コートがいらない季節になっていたことに気付きました。

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