2013.01.01

20130101.jpg東松島・東名の住宅街(1/01)天気が爽やかだったので、バイクの初乗りをしました。R1100GSで、東松島へ。東名の地盤沈下・松島少年自然の家を訪れました。そして、いつもの月浜へ。私の余命ってどれくらいあるのか分かりませんが、きっと死ぬまで「被災地」、死んでからも「被曝地」。起きてしまったことをしっかり刻み、これからを歩み、次の世代に継いでいきたいと思っています。あ、今年は、映画を一本作りたいと思っています。

「触ることから始めよう」(佐藤忠良)講談社 読み終えました。夏に買って、ちびちび読み進め元旦です。佐藤忠良さんの本は、若い教員にはとてもお奨めです。若くなくても、もちろん。

「あのとき、大川小学校で 何が起きたのか」(池上正樹・加藤順子)青志社 を読み終えました。事件は津波で起こされたのではないのだと思いました。p312-313に書かれていることが、学校で仕事している一人として、とても重く感じられました。たくさんの人に読んでもらいたいです。

どこかの家で 悲しみにくれている 犬の声
目を瞑る私の 奥の方の窓枠を
そっとその鼻先で開ける
声の悲しみは
匂いのようにするすると 私のまわりで
私を見下ろす
遠い国の子どもの瞳
遠くない夜の
知らない犬の悲しみ

2013.01.02

20130102.jpg松島自然の家本館正面(1/01)今日は、カブ110proの初乗り。涌谷を回ってきました。雪がない正月のバイクは、とても気持ちがよいです。ただし、一時間以上になるとちと厳しいですね。やっぱり冬は冬です。

映画「パーフェクト・ストーム」(監督ウォルフガング・ペーターゼン)を借りてきたのは、連れ合いぴよさんが見ていないからです。私が見たのは苫小牧行きフェリーの中でした。フェリーの映画館でわざわざやることないんじゃない?ここでやるべきじゃないでしょ?と思ったのでした。そのときは気付かなかったけど、今回ぐぐっと感じたことがありました。船主が酒場に来る場面で、炭鉱事故のときを一気に思い出してしまって、たまらなかったんです、ああ。

北炭夕張新鉱の事故、忘れていない自分。悔しさに涙。言葉にするのが難しいです。清栄町の体育館での怒号。鳴り止まないサイレン。サイレンに呼応し続ける犬たち。炭労のデモ。ニュースで見ていた私、北炭資本のホテルにデモ隊が突入するのを止められてたまらなく悔しかったんです。首切る奴らの言い訳、今も許さない。悲しいより悔しい。嘆きより怒り。あのときの思いを裏切らない歩みをこれからも。伝えること、繋ぐこと、私の営みと、心しています。誹謗中傷あっても、これまでもいろいろあった人生ゆえ、たぶんぶれずに飄々と歌ったり語ったり描いたりです。ああ今年もそんなスタートです。

「パーフェクト・ストーム」と北炭連想、とても激しかったので、上書きするために映画「八日目の蝉」を観ました。角田光代ファンにして観ていなかったから。予想通りに泣けたのは、子ども欲しくてできなかったからだけじゃなかったです。フェリー埠頭の場面、とても苦しい。

あいつを殺せ! とか、
死ね! というのを
よく聞く(読む)けど
全員生きろ 生き続けろ!
と、私は言いたいです。

寝だめができるなら、かなり蓄積した年末年始。でも、まだ年賀状を出していない事実が、そろそろ自分自身を追い詰める。と言って、そろそろ寝ます。おやすみなさい。

2013.01.03

20130103.jpg松山町猫(1/01)まだこつこつと年賀状発送準備をしているところです。宛名整理と宛名下に印刷するものに時間を要するのです。そろそろ「年賀状」ではなく「寒中見舞い」になりそうです。猛烈に進めていない自分にも原因あるけど、今日のところはそろそろかなぁ。

少年時代の憧れ、jippo。火が、憧れ。jippoの、音が憧れ。焚き火好物だったけど、放射性物質拡散不安で、また奪われた気持ち。刃物と火と 一緒に原始 初めから。 海畏れ 海と一緒さ これからも。 小さき人 小さきことを まずは知り。

大好きだよ、ぺんてる
感謝するさ、ぺんてる
生まれたときから一緒
12色のクレヨン
12色の水彩絵具
12人の友だち
あたりまえだと思っていたけど
そんなことない、ぺんてる
君がいなくちゃ描けなかった
君がいなくちゃ見えなかった
世界をよくよく見せてくれたよ
ありがとう、ぺんてる
サクラも ギターも あったけれど
筆ペンでまた再会 お世話になります、
ぺんてる また自由になるよ、ぺんてる

映画「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」(青山真治監督)観ました。若い頃の私が陥りそう。映画の内容というより、描写として。次作に期待します。

映画「OUTRAGE」観ました。ある意味、とても安心して観ることができました。「2」や新作も観たいと思います。ああ今夜は、泣かないで済んだことに、ほっとしています。

若くないと感じること多い。困ったことではない。かつて2.3日の休日あれば、大量年賀状もちゃちゃっとポストに押し込み、経産相前テントに駆けつけたり、いきなり湯治宿に飛び込んだり、遠くまで軽キャンピングカー走らせたり。今、映画観て早くに寝室。意欲がないようでいて、生き急がぬ日々さ。

不安を煽るという言い方。 平穏を煽るという言い方も アリだろうか。

2013.01.04

20130104.jpgR1100GS(1/01)子どもたち宛の年賀状第1便を投函しました。大きめの教え子と大人は、まだこれからです。寒中見舞いと年賀状の間という頃合いでしょうか。

というわけで、まだ年賀状作りの日々は続いています。切手を貼りながら日頃聴かない曲を聴こうと思いました。たとえばイルカ。予備校時代を支えてもらったのは遥か。初めて聴いたのは夕張第一小学校の昼の放送。今、改めて感じるのは、私は「コエクイ」ということ。「面食い」ではなく、声なんだな。イルカの声好きです。好きの説明って、なんとなく難しいです。逆に嫌いの説明は細かくできそうです。とくに食べ物の場合には。

私が使わない言葉の一つに「かわいそう」があります。その一歩引いた覚めた立ち位置が使いにくい理由です。あえて使うケースは「私がかわいそうだ」というときくらいでしょう。

2013.01.05

20130105.jpg庭猫(1/05)水木しげる「総員玉砕せよ!」(講談社文庫)を読みました。以前読んだのはいつだったか覚えていませんが、原子炉が爆発したり、政治家が国防軍設立を口にしたりする、ずっと前だったと思います。ぜひ、今、水木しげるさんの戦争を表す作品を、多くの人に読んでほしいです。

私は「売国奴」って言う言い方が悪口であることを知っています。ちなみに、面と向って言われた経験はありません。私は、何かを「売り買いする」という行為に元々すっきりしない感覚を持っていますが、「国を売ること」よりも「人を売ること」の方が許せないように感じます。それは仲間でもそうでなくても。だいたいお金の回りにはよくない空気があるものです。

遠くまでは走れない。
でも、歩くことはできる。
自分が間違っていないことを
ときどき言いきかせる。
でも、不甲斐なさに
やられそうになることばかりだ。
飄々と渡っているようでいて
みんな真面目に闘っているんだ。
ちゃんと春は来る。
せめて私なき後に。
そう思い、歩む日常。

ひとまず年賀状最終便を投函しました。何とか「年賀状」と言ってもセーフな時季で、ほっとしました。とりあえず解放された休日なので、どこか遠くに行きたいような気もしたけれど、ビール飲んじゃったから無しですな。軽キャンでお泊まりも考えたけどダメ。ならば電車で...と思いつつホームページ更新準備が優先でしょうなぁ〜

マスコミであげつらわれる「犯罪者」を、マスコミの情報だけで判断し断罪し罵声を浴びせるのは、なぜですか? 罵声を浴びせてもいい人・差別され虐待されてもいいターゲットを、探しているだけみたいな人。どうして、批判するのか、自分の言葉で言えるといいと思います。言えるならいいのですが。流れても漂ってもいいけれど、流されるのは間違っているので、ときどき自分を静かに点検しましょう。

暑い夏の日の、夕方の虫の声。
かと思った、冬の夜の猫の鈴。
巡ってくる懐かしさはありがたい。
もう戻らないふるさと。
もう戻れないあのとき。
音や匂いが、ときどき連れてくる。
言葉で表せない、心の中のこと。

彼の将来の夢が
正義の味方だったらどうしよう。
初詣で手を合わせ
今年こそ戦争ができますように
なんてお祈りしてたらどうしよう。

2013.01.06

20130106.jpg庭猫(1/05)理不尽だらけだけれど 表現手段を持ち
みんなでこれから理不尽を解いていく私たちは
幸せ者とも言える。 これからの幸せ。

今朝も近所の牛くん、何か言っている。
牛くんたちではなく、 あの声は、一人の牛くん。 人じゃないけど。

政治家のブレ加減
とやかく責任転嫁
偉そうな人信じず
それよりも自分は
自分はどうなんだ
委ねずに歩むこと
選挙には行くこと
悪い人には投じず

私、決意する。 全ての人の味方になる。
だから、決めた。 全ての地位や権威の敵になる。
人は、人として 生きよう。

朝起きて、今日はいつものメンテナンスコースお出かけです。トラでことこと岩出山へ。いろはで並びます。並ぶことが大嫌いな私を一時間以上も寒い中並ばせることができるのは、いろはの特製ラーメンです。特製ラーメンと半ライスをいただきます。お腹が、ほっとしました。そしてまたトラでことことと西に進みます。
鳴子温泉の西多賀旅館。今日は、駐車場がいっぱいだったので、役場駐車場に止めて、雪の歩道を歩きました。入浴のみ400円。西多賀のお湯は、ぴりりとほっこり。ゆっくり一時間以上浸かるんです。垢を落として、髭も剃って。ぴりりほっこりなお湯は、皮膚の下や、筋と筋の間、心の中あたりも、解してくれるんです。一回ふにゃふにゃにしてから、もう一度作り直す感じ。ああ、メンテナンスです。
鳴子から道を下りてきて、古川の本屋さんで立ち読みして、暗くなる前に家に帰りましょう。ああ、メンテナンス。これで、何とか今年もスタートを切れそうですな。

小さなそのありんこ
その心大空より広い
風に吹かれながら
自分の道を行くさ

プロジェクタ(中古)を導入しました。スライドショーを自前でどこでもできるようになった喜び、大きいです。アコギアンプとマイクを備えたときの気持ちと似ています。しかしながら、MacbookProまたはiPadとどうつなぐものやら見えず、若干不安。まあ、ぱぱっとは行かないものですなぁ。始業式前にやっておきたいあれこれがまだまだ山積しているけれど、明日出勤。明後日始業式。でも、今日はまだ休日。

2013.01.07

20130107.jpg震災からそのまま・涌谷(1/02)初出勤です。あらまー始まっちゃったねぇという気持ちですね。明日の始業式の準備しました。転校したYくんが遊びに来てくれて、嬉しかったですなぁ。

この年末年始、わたくし、とても飄々と、ある意味難なく、マイペースにやっとる…と思われていること、分かりました。ま〜そうね〜。でも実際は、ヒーヒーなのでした。七転八倒のミディアム継続無限…みたいな感じなのでした。いやはや

死ねなんて言われたら
きっとがんばる
死んで喜ばせはしない
消えろと叩かれたら
絶対消えない
罵声ありがとう
陰口感謝
俺の存在
ぞんざいに捨てられても
俺ここにいること
あたりさわり上等
君捨てられ
打ちひしがれた深夜1時
独りじゃないこと
何とか伝える
その繰り返し

スピード感とか、実行力とか、何に向かってなのか、重要。教育熱心とは必ずしも「善」ではなく、何に熱心か見定めることが重要なのと、同じですな。

気のせいかもしれないけれど、リンパ腺系の疾患が、今年多いように感じるのは、私だけでしょうか。

あなたのプライド、 制度として、国家として、 奪います。 という事態、あり得ない。 日本国憲法改悪されない限り。

2013.01.08

20130108.jpg鬼ごっこ(1/08)3学期の始業式の日です。2年生のみんなと一緒にいる「この場」が、私の居場所なんだなぁと、感じました。直球ですが「ああ幸せ」って感じです。始業式の後、2時間目は体育。みんなで鬼ごっこをしました。みんなできゃーきゃー走り回り、さあ3学期のスタートです。

親戚の青年と大人になった教え子と岡山広島と旅している。大学の寮で泊まり、ものづくりワークショップをし、別々行動、でも鈍行列車でまた会う。列車には猫いっぱい。元同僚の女先生も合流しながら、予定のない旅が続く...という夢を今朝見ました。

2013.01.09

20130109.jpg東松島・東名(1/01)巨木か崖オーバーハング。壁のないゴンドラで上がって行く。カラカラと鎖を引く。一緒に若いビルゲイツ。頂点まで上がり、さて降りるのだがその術知らない。結ぶ何かなく、ただそこに人がいるのは1911年以来と言う。真っ逆さまに落ちる恐怖の中、どうすべきか考えている。という夢を見ました。

熱いと美味しい料理をそのまま放っておくこと、 とても堪えられない私。 美味しいものは、一番美味しいところで 口に入れてあげなくちゃいけないのです。 失礼というものです。

2013.01.10

20130110.jpg算数(1/10 算数(1/10)算数は、1000より大きな数の学習です。教材室で立方体の体積を学習するときに使う1立方センチメートルのプラスチックをたくさん見つけました。これを使いましょう。グループことに渡して、何個か数えます。パッと見て分かるように置くんだよと話しました。小さくてきれいな1立方センチメートルのプラスチック。みんな大喜びでした。そして、どんな集まりにすれば分かりやすいかの試行錯誤。10かける10で100の正方形ができると、そこからはスムーズでしたね。

夕張旭町のトイレから見る山。戦闘機が低空飛行。私を探している。ミサイル発
射。不発弾。物置き改造した部屋のベッドに隠す。親戚の赤ちゃんに見つかりそう。バイクで逃げる。アップダウンの多い博物館。大人になった教え子。駅近くの楽器屋さんでまだカセットテープ売っている。レゲエバンドの助っ人。ベースかドラムス。でも知らない曲だ。迷惑かけたくない...という夢を見ました。

2013.01.11

20130111.jpg紙芝居好き(1/10)小学1・2年生の書写(硬筆の書初)作品作りに取り組んでいます。自分の名前を書くに当たって、習った漢字を使うべきか。または、一部漢字はバランス悪いので全部ひらがなにすべきか。例「緒川太郎」を「お川太ろう」または「おがわたろう」の是否。後者の感覚も理解するが使える漢字使わせたい私。結局、全部漢字で書くことにしました。そのためには、正しく書けるようになることが第一。ま、これはこれでよい機会です。

世界は 顔を上げたところに 広がっている。

21世紀ったら うわっつらばっかり。
20世紀が素敵ってわけじゃないけど
著しい事象が並ぶこの頃です。

体罰するな!
パワハラ上司が怒鳴る。
セクハラ管理職が長々と。
自殺するな!
管理社会が命令しても
弱肉強食と奮い立たせようとしても
人間は、人なのだよ。
人間は、柔らかいのだよ。

教育熱心!という政治家は、まず疑う私です。 熱心の方向に、たいてい下心があるから。

誰かとちゃんと出会えなくしているのは いつのまにかに貼っているレッテルだ。
よい評価も差別も、全部壁になっている。
歴史・先人に学びつつも、今の自分に どれだけ真摯にいられるか。

2013.01.12

20130112.jpg教室(1/1 教室(1/10)今日は、瀬峰のラーメン屋さんに行きました。お話して、ラーメン食べて、お手紙書きました。そこから東松島の仮設住宅集会所に学習支援。ああ、充実ですな。私ができることは、私一人分のことでしかないけれど、私は私の分をやっていきましょう。あなたはあなたのところで、あなたのできること一人分をやっていることでしょう。物事は一気に進みません。どんなに腕力があっても、声が大きくても、やっぱり人はみんな一人分の人生。

重篤な感染症隔離施設に入れられる。意識を失った看護士が巡回。気配を消して、見つからないようにする。という夢を今朝見ました。

「被曝するのが心配だから、行かないほうがいいよ」 と、
他の国で言っているかもしれない。
「差別されるから、行かないほうがいいよ」
「治安が悪いから」
「挨拶も交わさないから」
「かつては、礼儀正しかったらしいけど」
と、言われているかもしれない。

映画「きっとここが帰る場所」をTSUTAYAで借りて観ました。予告編観たときから気になっていました。劇場で観たかったのですが、地方だとやむなし。期待通りでした。本もカメラワークも音楽も、全部良かった。サントラCDを買おうと思っています。どなたにもお薦めできます。

私の犯した全ての失敗
全てこれからのため。
あなたが反省しているあのことも
思い出したくもないそのことも
全てこれからのため。
全部糧にしなくては
苦しさ悔しさ恥ずかしさが浮かばれないのです。
だから苦しいけれど
自分がしてしまったことは忘れない。
そして明日があるんです。

原発事故の問題とは
起きた問題と 起きる問題。
決して福島第一のことだけでは ないのです。
地震あるたびに怯えるリアル。
未来永劫続けるわけにはいきません。

あなたが飲むかもしれない ヨウ素剤は、 今どこにありますか。 必要に迫られたとき、 誰がどのように あなたに届けてくれますか。 あなたは、知っていますか。 女川原発から40kmに暮らす私は、 知らないままです。 このままではよくないはずです。

2013.01.13

20130113.jpg脱原発デモ(1/13)今日は仙台市勾当台公園野音(県庁すぐ前)で、2013初の仙台脱原発デモ。ジャンベ背負って、両手にギターを持っていきました。ギター2本、サヨナラするんです。音鳴らさないまま、私んちにいるより、誰かに抱かれたほうが、きっといいから。ギターきれいにしたら出かけます。

一本は、赤いテレキャスター。初めてのエレキギターでした。教職員組合の定期大会帰りの、ものすごい孤立無援な気持ちでいた数年前の私と、目が合って即決したアームが付いているフェンダージャパン。前任校でみんなで遊んだりしましたなぁ。
もう一本は、GRETSCHエレクトロのボ・ディトリーモデル。ショートスケールで、可愛かったのですが、何となくペグか頼りない感じがしていて、ずっと壁に掛かったままで、申し訳なかったんです。
いつもの「うつぼ」に行って、値段を付けてもらいました。何となくしばらくは、うつぼにいきづらいです。さよならしたギターがぶら下がっていても、ギターと目を合わせられない感じ。きっと誰か素敵なギタリストと出会えることでしょう。

さて、勾当台公園でお雑煮の炊き出しいただきながら、たくさんの方と語らいました。そして、デモ。やっぱり山羊さんの皮のほうが気持ちよく音が響きますなぁ。コールはぜひ小学生にしてほしくて、お願いしたり話したり褒めたり。いろいろ課題は山盛りですが、きっと向こうには暖かな地平が広がっているはずです。

Twitterは、きっかけ。
ほんものを見るのは、自分。
実際どんなものだろう。
果たして本当なのだろうか。
Twitterは、とっかかり。
始めるのは、自分。
道標たくさんあるけど、 歩む自分は一人。

収束していない原発事故現場は、
福島県にあると言えるけど、
東北にあるとも言える。
東日本とも、日本列島とも言える。
収束していない原発事故現場近くで暮らす私。
あらためて地図を広げてみよう。
広げるのは、世界地図。
Googleよりも、紙の地図広げてみよう。

映画「苦役列車」をTSUTAYAレンタルして、観ました。予想以上でした。やっぱり私が好むのは、青春・貧乏…です。そこに可愛い娘さんいれば、言うことなし。「娘さん」は、年齢によるものではないです、念のため。

2013.01.14

20130114.jpgテレキャスター(1/13)今日は、鳴子温泉西多賀旅館に行きました。途中、古川の中古屋さんでベース2本とさよならしました。
一本は、オービル (Orville) のサンダーバード。サドルが1つ無くて、アコギのペグの一部を代用していました。いわゆるベースらしい音出るサンダーバード。お腹の前での収まりはよくなかったのですが、機会あれば、ベーシストとして人前で音出したかったですなぁ。
もう一本は、ラクーンペース。かれこれ24年前、お茶の水で買った初めての弦楽器。ベースのことよく知らないまま、けれどもその形に魅かれて買ったのは、結婚特別休暇のことでした。前々任校で、卒業生がバンドするというので貸して、結局行方不明になっちゃったベース。ないとなるととても愛おしくて、ネットで同じものを手に入れたのですが、むしろサンダーバードのほうがよくて、弾くことほとんどなくて、可愛そうなことしてしまったのでした。それゆえに、再出発してもらうことにしたんです。
ラクーンペースに意外な値段が付いてびっくりでした。そして、鳴子でほこほこになりました。

映画「サイタマノラッパー3(ロードサイドの逃亡者)」観ました。とても期待していたので、正直言ってSR1-2の完成度の高さを改めて感じた今回でした。

教育基本法を改悪したのは、第一次安倍内閣でした。一人ひとりの子どもの幸せのための教育を、国家の幸せあっての個人…というものに変えられてしまった悔しさ。私のアクションのバネになっています。いじめ・体罰の現実を、どう解きほぐしていくか。決して国家制御に委ねません。

風のない雪の夜 音を吸い込む雪 雑音雑念諸々が 瓶に封じられて 広々とした闇が 摩擦ないマント 遥か山脈までも さざ波雪溶けて

2013.01.15

20130115.jpg雪遊び(1/15)目覚めると、2階のベランダ、積雪30cm弱
こりゃあ、雪遊びですね。みんなで雪の中、はしゃぎました。枝から落ちる雪に真っ白になり、転がり、かけ合いました。ああ、暑いねぇ! 一年生はそり遊び。そりの数に限りがあるから、2年生はまた今度ね。

仕事お疲れ同僚にCD貸すこと、ときどきあります。今日は、東京ローカル・ホンク。大好きなバンド。どなたにもお薦めです。

タテタカコさんDVDを観ましたた。人は強いということ。人は絶対的強さを持たないということ、感じました。一人の人が凛として大きな組織・軍隊・ファシズムに立ち向かうことは可能なのだと気付かされました。決して大げさな表現ではないです。素晴らしい演奏家の前では、楽器は全部の筋肉を気持ち良さそうに使うことも知りました。タテさんありがとう。

2013.01.16

20130116.jpg雪遊び(1/15)空港近くのバイパス沿いには、動物が家からはみ出している。二階にチーター数匹。向かえにゃキリンが汚いまま。アニメから出てきたような、目のまんまるな馬のようなロボット。僕に付いてくる。無表情な丸い目。持っていたサンダルを食べる。逃げる僕にぴったり付いてくる。無表情な丸い目。持っていたサンダルを食べる。逃げる僕にぴったり付いてくる。もう一匹増えた。まずい。僕を食べるつもり。説明書に「人一人で、1年間もつ」と。平らな歯で指食べられる。全く痛くない。痛くないなら、いいか。という気になるという夢を見ました。

「組織として」という言い方は、ときに単なる責任転嫁だったりします。「そのように判断したのは、指示があったから」ということ。現代社会は、そんないい加減さで作られているかもしれません。とても恥ずかしいことです。

お金さえあれば、動物のお肉を手にすることができるとは、どういうことだろう。

2013.01.17

20130117.jpg雪遊び(1/17)今日も、2年生みんなで雪遊びをしました。今日は、そりを使いました。ああ楽しかったね。夏は、プール。冬は、雪。教科書やビデオじゃ学べないこと、たくさんたくさんあるんです。

脱原発デモなどでジャンベ叩いている私です。小学校の教室で「さようなら」の前にはギター弾きしていますが、ほんとは絵描きってのが、わたしの中心軸に近いのです。LIVEペイントする人募集することあれば、ぜひやりたいです。春になったら、路上に出ましょうか。

2013.01.18

20130118.jpg雪遊び(1/18)今日も、雪遊びをしました。すぐに消えるだろうと思っていた雪でしたが、なかなかしぶといです。

小学2年生に話すこと。私はみんなを信頼しています。信じて頼るということ。嘘付かず、気持ち考えて、温かなあなたたち。信頼しています。そして、信頼される私でいたいと思っています。...普通な3学期のあるひとときのこと。

体罰とレイプには 共通点があると思います。体罰とレイプ。 加害者が語る「愛」 の思い込み。「がつんと言ってやればいいんだ」という言い方は、学校現場でもよく聞きます。実は「がつんと」って、どういうことか、よく分からない私 です。「がつん」と、非「がつん」との違いも。体罰なくすために 体罰している。 そんな、みせしめ政治。 そんな、打ち上げ政治。 子どもが育ち 人間が暮らす町は、 暴力では作れない。

「奇形」の話に異議あり。原発廃炉に異議なし。けれども、誰かの様相あげつらって、脱原発のためとするのは、やめてほしい。私は、反原発のプラカードを挙げる前に、反差別を訴えたいから。

2013.01.19

20130119.jpg雪遊び(1/18)これ流行っているんだよと見せられたYouTube。ギターと鍵盤ハーモニカの曲。なーるほど! と、コピーした。なかなかよいぞ。という夢を見たことは覚えているけど、どうしても曲を思い出せない。逃がした魚は大きいという感覚が残ります。

結局のところ終日老眼鏡を掛けています。被災地報告するに当たって、Macのkeynoteを使うことに時間を要しています。慣れないことは、一つずつこつこつと進めていくべし。振り返ると、Macだってギターだってバイクの運転もカメラも、最初は初心者だったのだから。そう言い聞かせながら。

寒いのは、自然。 寒いときもあるさ。 寒々しいのは、人間。 なるべくならば、 そうじゃないほうがいい。

言葉を見つけることには、慣れているつもり。ギターで音鳴らしながら、何となく歌ができる...できるときがあります。コードに歌が迎合してしまうときの劣等感。ああ、まだまだだと思います。まだまだだと自分を責める自分を、まだまだ伸びしろあるじゃんと讃えたりする自分も、またいたりするのでした。

やれやれとゴール見えてきたところで、サイダーとウイスキーをミックスしてみました。なんだか20代の香りが漂いました。

耳かき好き。しない人生なしみたいな感じ。耳かき方々で手に取り軽はずみに購入。微妙な相性ってあるんです。かといって改造はなかなかうまくいかず。そんな私の耳かき向上心は衰え知らず。もっともっとすかっ!とする術がないか、常に欲求不満だったり。幸せ追求はなかなか苦しいもの。

月給30万の人から5万カットするのと、 月給10万の人から5万カットするのと、 月給5万の人から5万カットするのと、 当然違います、その影響! 財産持ちの政治家が決めることじゃない。人が殺されるってことは、 とても辛く、重い。 それは、 国家が行う「死刑」にも言えること。

2013.01.20

20130120.jpg朝のキツネ(1/18)人生なんて 毎日のこと。 茶碗洗ったり 立読みしたり 犬に声掛けたり うたたねしたり。 全部、私。 全部、人生。 特別に偉そうではない 毎日のひとつずつ。

どなたに対しても「ありがとう」と「ごめんなさい」がちゃんと言える人になってください。とは、旅立たんとする若者に伝える言葉。言うたびに、自分にも。

支配者たちは言うだろう。
心なんて開くな。
そんな無駄な
金にもならず
仲間と出会うようなことは。
支配者たちは続けるだろう。
俺なんて一度も
心開くなんてしたことないぞ、と。
だから、支配者なんかやってるんだ。
人は、痛みを感じる。
そして、温もりを持つ。

余計なことをしない。 余計なことは言わない。 余計なことには関わらない。 という家庭教育・学校教育。 の結果が、今なのだと思います。

「国益」とは、誰にとっての益なのか。 「国賊」とは、誰にとっての賊なのか。 私や私の周囲で暮らしているみんなでは ないように感じる。

この列島では、自分も自分の周囲も 「日本人」であると思っている人が多い。 中国で「中国人」というあたりまえは アメリカで「アメリカ人」というあたりまえは あるだろうか。


人の数だけ正義がある。
自分以外の正義を潰すことに熱心。
まるで、ブロックバスター。
まるで、緩衝材のぷちぷち。
人は、独りぼっちで生きていけない。
ひとつだけの正義では、 平和は遠い。

お金主義の国では 救急車は、
お客さんしか乗せません。
貧乏人は、自己責任。
消防士は、契約おうち火事しか消しません。
貧乏人は、自己責任。
お医者さんは、お客さんしか診察しません。
貧乏人は、自己責任。
警察官は、貧乏人を逮捕します。
お客さんなら、罪は無し。
お金主義の国。

お金の国の人だもの… どこかで聞いたぞ。

近所の牛くんが、おーと鳴く。 機嫌よさそうに聞こえる。 少し幸せいただく感じです。

上々颱風の「平和が戦車でやってくる」が頭の中でループ。

おじさんの夢
お兄さんにゃ負けてない
坊やにゃちょっと早すぎる
酸いも甘いも百戦錬磨
肉も切られて骨も折れ
だけど全く諦めぬ
青年よりは円くなり
すぐには切れぬが
握る拳は年季もの
おじさんの夢 おじさんの夢
小さくまとまらない
若い奴らにゃ負けてない
おじいさんには負けるかも

余計なものに囲まれ
どうでもいい話に流され
何だか分からない今を生きてるけど
無駄なものは一つもなかったよ
苦しかったそれも
まだ許していないあのことも
全てあなたの筋肉となり
明日のための一歩を歩む
全てが今を支えている
知らなかったら 知らなかった
全てが歩ませるのさ

子どもの子どもに
夢託す今
きっと彼らは 遠いところまで歩む
私はそこまで行けないから
どうか花の種 どうか虫の卵
どうか人の希望 どうか星の未来
私はそこまで行けないから どうか

おじさんが若い頃 デモは、
冷たい目で見られ
おじさんがおじさんの頃 デモは、
やっとお祭りアピール
おじさんがおじいさんの頃 デモは、
明日を作る普通の営み
デモは、紳士のたしなみ

言われた通りに生きること 全て誰かに命じられるまま そんな日々を繰り返すなら きっと己が人生に無責任。

専門家は、なる人がなる。それは、委ねるためではない。専門でなくても、人生は本人のもの。参考にするため、専門家に聞くこともある。けれども、あなたの人生を専門家は歩まない。歩むのはあなた。あなたのことは、あなたが専門。

2013.01.21

20130121.jpg雪遊びの後(1/15)「実行力」をプラス評価するなら
「熟慮」は軽んじられるだろう。
「話し合い」は面倒がられて、
「強いリーダー」は、
アウシュビッツにも連れてってくれるだろう。
失敗やら挫折やら。
どうしようもないという経験重ね
なかなかいい出汁出ているよ。
お金で買えない、この経験。
傷付けられた分、
きっと明日を拓く。

スナップカメラマン。RICOH GRとiPhoneとOLYMPUSの住み分けが、難しくなってきています。こと発信に掛けてはiPhoneが有利。RICOH GRの立つところ厳しくなっています。

体罰のない学校を作ることと ある学校である科について入試しないことと どんなつながりがあるか、疑問。 要は「ガツンと」何か(ときに改革と呼ばれる) パフォーマンスするための パフォーマンスなのでは。 入試しないと、体罰なくなるのだろうか。

2013.01.22

20130122.jpg仙台(1/22)今日は、patii smith のLIVEが仙台レンサであるのでした。超忙しい中でしたが、patii smithですもんね。しかも仙台ですもんね。駆けつけたのでした。

patii smith を初めて聴いたのは、20歳のとき。中古レコード屋さんでアルバイトをしていて、ミュージックマガジン愛読しながら、あれこれ聴きまくったのでした。そんな中での出会いです。店長さんからレクチャーもあったかもしれません。バイト代がLP「イースター」になりました。今でも「イースター」が私のフェバリットです。パンクっていうよりも、patii smith 。分類されるものじゃない感じです。

さて、開場した後で着いたので、後ろのほうでした。知っている人も随分いました。レニー・ケイ! やっぱり鮎川誠似だ。って、鮎川さんがレニー・ケイ似? とにかくかっこいい! patii smith みたいに年を重ねたいと、そう思う人は多いことでしょう。ああ、暖かく、そして勢いがあるLIVEでした。patii smith 良かった〜。いや、良かったなんて言葉じゃないですね。20代の苦しい頃、洗われたような、報われたような、そんな時間・場でした。昔の自分が、どこかで見ていたかもしれません。少年だった頃の自分に恥ずかしくないように、歩んでいきますね。

2013.01.23

20130123.jpgたてわり・かるた(1/23)たてわり遊びの時間、いろはかるたを楽しみました。

明日の夜、福岡に行きます。明後日、九州電力に行き、まだ行ったことがない三池(大牟田)を訪れます。土曜からは、日教組全国教研です。私は、美術教育分科会です。

子どもの頃、歴史マンガで読んだ江戸時代。年貢を納めろ!と脅されて、自分たちの食べる分も奪われる様子。搾れるだけ搾る様相。ふと、それは江戸時代だけじゃないと気付く今。学校教員は夜遅くまで学校で仕事し、持ち帰って深夜早朝にも。過労死当然の普通。ああ、江戸時代は一揆があったのですよね。

2013.01.24

20130124.jpg博多(1/24)国語の「おもちゃまつり」から、生活科&図工的に、モノづくりが広がります。今日は「やまのぼりかめさん」を作りました。教科書には、壁を登るように紹介されていましたが、いやいやそれよりも可動式にしましょう。壁のフックに登るよりも、人に登ったほうがおもしろいので、フックではなく、洗濯ばさみに取り付けて、友だちの背中なんかに上るようにしました。ああ、楽しかったね。当然、本日お持ち帰り。おうちで、楽しんでもらいましょう。

さて、本日は6時間授業の後、ぱぱぱっと帰宅しました。そして、電車で仙台空港へ。空港でカツ丼食べて、仙台空港から福岡空港へ。ととーんと飛んだのでした。

福岡空港はもわっと暖かくて、驚きでした。いつものように地下鉄で博多へ。予約していたホテルに着いたのは、通常の私的にはかなりの深夜でした。けれども、お散歩に行かない手はないです。カメラ(GR2)とiPhone持って、ぶらりと出ました。何となくの感覚で中洲へ。どこかにひょいと入って、お酒いただこうと思いつつも、なぁ〜んか、ふらふらと歩き、ホテル近くの小さな焼鳥屋さんに入りました。

座敷に上がり、ちょいと飲んだら帰ろうと思ったのですが、隣にえらく酔っぱらった絵に描いたようなサラリーマン(上司&部下:二人とも私より年上)が来たので、何となく会話に耳が行きました。ふむふむ、説教なんだか褒めてるんだか、よく分からないような会話ですな。ついつい聴き入って、焼酎をお代わりしました。ははーん、大人の世界は大変ですなぁ〜
深夜にホテルに戻り、博多の夜が更けていくのでした。

2013.01.25

20130125.jpg荒尾・万田坑(1/25)博多で目を覚ましました。テレビのニュースで、東九州道路の橋の渡り初めした小学生を紹介していました。小学2年生の子がはつらつとインタビューに応えていました。「一生一度のいい思い出ができました!」 可愛い笑顔の君たちの「一生」はまだまだ続くね〜 何となく苦笑いでした。いやはや可愛くていいんですけどね。

九州電力前の脱原発テントを訪れる予定でいましたが、その後に向かう大牟田でかなり時間を要することが分かり、早々に博多を後にすることにしました。
私の日記サイトとしては、一日写真は一枚のみというガイドラインを持っているのですが、iPhoneで撮ってTwitterまたはfacebookにアップするというのが、普通になってしまった私。そのときの写真を一応紹介することにしましょう。

博多駅で鉄ちゃんの血が騒ぐ。
朝ご飯は、博多駅の立ち食いうどん。
大牟田でレンタサイクル
三池港。
高専ダゴ。モダン焼き。
昼食。
荒尾市。万田坑。
熊本県荒尾市 万田坑 立て坑繰り込み
熊本県荒尾市 万田坑 立て坑繰り込み エレベーターのワイヤー
大牟田の宮原坑。
たんちゃん

大牟田を訪ねたかったのは、三池の港を見たかったからです。夕張で生まれ、町ぐるみのメーデー文化の中で育ち、閉山重なる中の炭労の活躍見ていた私としては、九州の炭鉱労働者の足跡はちゃんとたどらなくてはならない!と思っていたのです。筑豊は訪れました。けれども、三池は訪れていなかったのです。三池闘争! モノクロ写真で見る記録の中、石炭を積む船での実力攻防が、とてもとても心に残っていました。その現場を自分で確かめたいと思ったのでした。

熊本行の列車を大牟田で降りました。駅前に観光案内があったので、行きました。地図をもらい、自転車を借りました。自転車を借りるときに住所・名前を書きます。「居住は宮城県ですが、生まれ育ちは夕張なんです」なんて、余計なこと話して、ペダルを漕ぎ始めました。

まずは、石炭産業科学館に向かいます。海への道、風が強いものの、天気は晴れ。ああ、旅ですなぁ。旅ゆえに道に迷い、そして何とか辿りついた石炭産業科学館。昔の夕張市民会館の資料室のようでした。観光案内でもらった地図の中で、私がどこにいくといいかが明確になったので、とてもよかったです。さあ、三池港です。

三池港は、すぐでした。立ち入り禁止の向こうで、長閑に釣りしているおじさんが二人しました。私は、そっちに行ってみました。ああ、有明海。潮位の変化に応じた施設がまだ残っていました。ああ、ここが現場か。ここで闘ったのか。

自転車で熊本県に向います。荒尾の万田坑です。炭鉱の跡を世界文化遺産にしようとしているのでした。途中、「高専ダゴ」の看板に魅かれて、お店に入りました。お好み焼き屋さんです。ビールもちょいと頂きながら、モダン焼き、焼いてもらいました。「高専ダゴ」は、大きくて有名なんですね。いやはや飾らずでかいモダン焼きでした。

自転車で万田坑を目指して走るものの、ズリ山があるわけでなし、どうも見当が付きません。山道上がって、お婆さんに尋ねると、もっと山を行くとのこと。ありがとうございます、どーれ、ガンバ!

そして、万田坑。ガイドもお願いできるということでした。繰り込みエレベーターのワイヤーを見ました。立て坑繰り込みを見ました。いっぱい質問して、いろいろ教えてもらいました。三池にはズリ山はないのですか。こちらはボタ山ですが、三池では沼などに入れたり埋め立てに使ったので、山にはなっていません。夕張では選炭場の水が川を黒くしていましたが、三池では有明海を汚すことにならなかったのですか。沈殿させたりしていたと思いますが、よく分かりません...などなど。

万田坑の方に、宮原坑への行き方を教えてもらって、また自転車で走りました。辿り着いた宮原坑は、見学ができず、残念。でも、佇まい、分かりましたよ。時計を見ると、予定よりもずっと掛かっています。急いで駅に走りました。高校生と一緒に走り、ふー。時間延長。けれども、得るもの大きかったですね。

大牟田駅に行くと、ちょうど電車があり、飛び乗りました。途中乗り換えて、とととーんと佐賀に着きました。

ホテルに着いて、教職員組合の役員さんに書類などもらい、ひとまずほっとしました。さあ、ここからが本番です。明日から日教組の全国教研です。

今夜は、宮城から参加している皆さんと飲み会でした。顔は知っていても、一緒に飲んだことない方がほとんどです。一升瓶オーダーして、あれよあれよと飲んじゃったんですな。ラーメンも食べちゃって、ああよい夜でした。

2013.01.26

20130126.jpg佐賀県立牛津高校ジャンベ部(1/26)佐賀のホテルで目を覚ましました。日教組全国教研全体会会場に向うバスは、なかなか早くに出ます。シャワーは浴びずに、朝食を取りました。宮城の皆さんとバスに乗り、全体会会場へ。かつて埼玉での全国教研では、かなり長い距離をバスで移動しました。昨年の富山も魚津から雪の中を高速道路で移動でした。けれども今回は、すぐでした。ほっとしつつも、こんなに早くに着くのなら、もっとゆっくり出発してもいいのになぁと思ったりしました。

全体会でのアトラクションは、佐賀県立牛津高校ジャンベ部。演奏も歌も踊りも、そして笑顔も! とっても素敵でした。また聴きたいです。

記念講演は、内田樹さん。日本企業が、安価な労働力のために東南アジア・中国に進出していたけれど、今日本に戻りつつあるのは、日本に安価な労働力を作っているからという話に、なるほど!と思いました。

午後からは、美術教育分科会です。私は、昨年に続いてレポーターです。昨年も参加した皆さんがたくさんいました。私の報告は、明日。今日は、まず皆さんの報告を聞きます。やっぱり、ここはよいと感じました。教科美術に留まらない、教育の話ができる場所なんです。しかも、いろんな意見が出され、しっかり討論されるんです。時間はもっともっと欲しいところですが。

昨年富山では、美術の飲み会には出られませんでした。今年は絶対に出たいと思っていました。佐賀の方の車に乗せてもらって、飲み会会場に行きました。いやはやそれはれそれはたくさんの方と語らいましたよ。美術というよりは、教育。いや、教育というよりも、人生。もちろん二次会にも行きました。手作りの楽器をいただいちゃいました。お店で吹いたりしました。かなりの深夜にホテルに戻りました。充実とは、こういう日ですね。

教職員組合の新聞に書いた美術教育分科会報告は、以下のようなものでした(帰宅してから書いたものです)。

美術教育分科会での学びはとても濃密です。全国から持ち寄った子どもたちの作品をフロアーに広げ報告・質疑・討論します。「その題材で子どもの何をどのように育みたいのか」「子どもに寄り添うとはどういうことか」「なぜそこでその作品を鑑賞するのか」。うわべだけの「上手な絵」を評価するのではない、子どもと教師の現場いや生きざまを問う、厳しく活発な討論。まさに汗と笑いと涙の3日間なのでした。飲みながら語らいながらの「夜の部」もあります。次回教研で再会とようとたくさん握手しました。来年もまた参加します。

2013.01.27

20130127.jpg美術教育分科会(1/27)佐賀のホテルで目を覚ましました。日教組全国教研美術教育分科会には、バスで行かず歩いていくつもりでいましたが、シャワー浴びて、ご飯食べて、こりゃあ遅刻かもしれないぞと思い、タクシーで向いました。

昨日夜遅くまで語らった仲間や東北北海道で席並べる皆さんとお話します。それぞれ現場あっての実践に、学ぶこと多しです。私の報告は、昨年度の風神雷神の実践。限られた時間の中、なるべく子どもの姿が感じられるような報告にしようと心がけました。

レポート全文は長いのでここには載せません。概要だけ、載せますね。

全身を使って描くこと。
〜墨と絵の具を使って:小学5学年図工科での実践〜

■震災後の学校生活
 3.11以前の日々を思います。私は子どもたちと拾ってきた木を使って物を作ったり、砂遊び土遊び石遊びをするのが大好きでした。子どもたちが見つけた粘土層をみんなで掘り進め、土を捏ねて器を作ったことがありました。乾かして、焚き火で焼きました。道端の木の実をみんなで味わいました。山に入り、小さい先輩が幼い後輩に「これたべてごらん」と(本当は自分が食べたい)キイチゴを譲る場面に何度も感動しました。小さな畑で植物を育てて食べました。種から大根。教室前に吊るして干して、たくあんにしました。学校の横でゲートボールするおじいさんおばあさんに振るまって団らんしました。「種から漬物・餌から焼き魚」がお得意のフレーズ。自然から学び、自然に感謝し、自然に希望を抱く日々は、とてもとても幸せでした。
 けれども、そんな豊かな実践はもうできません。私は、悔しくて悔しくてたまらない。
 放射能ばかりではないかもしれません。自主的な試みが疎まれる空気を感じます。与えられた教材の与えられた教え方以外は試みられることなく、いつか禁じられるのではないか。そんな危惧を抱くときがあります。危惧を抱いたまま学校現場を去ることは悔いを残します。後13年は学校現場で仕事をするつもりの私ですが、残された時間はたくさんあるわけではありません。失敗しながら新たな知恵を授かりながら、流されない実践を重ねていきたいと思っています。

■大きな絵を描こう
 「迫力のある風神雷神を描こう」。めあてを黒板(5年教室)に書きました。私はこう話しました。本物はもっと大きいものだそうです。今日は、この俵屋宗達さんの風神や雷神よりも大きいものを墨と水で描きましょう。そっくりにすることはありません。筆で思いっきり迫力ある絵にしましょう。そして、教室を学校中を迫力ある風神雷神だらけにしましょう。模倣ではなく、それでいて手がかりがないわけでなく、これまでの図工の時間とは違うダイナミックな創作活動をさせたい。汗かいて、疲れて、そして気持ちよい疲労感を得られる活動をさせたい。そう願って、授業を始めました。
 さあ!となったものの、なかなか始める人がいません。真っ白の紙の前でたじろいでしまうのです。およそ1㎡の真っ白の中に墨を入れるのは勇気が要ることなのですね。緊張感なくして成就感なし。この躊躇するところをどう自分で越えるか(越えられるか)は、大きな絵を描かせる活動では一つの要です。
 躊躇する人が多かったので言いました。「まず、目ん玉を描いてみましょう。そこからきっと始まるはずです。」ある人は真ん中に大きく、ある人は俵屋宗達の絵(教科書)をじっと見て小さく左側に、描きました。声にならないほっとした感覚。そこからは、どんどん進みます。
 順序として、まずは墨で輪郭となる線を描き、次に水で陰を着けることを知らせました。水の使い方は例示しました。ぱっと集まって見て、すぐに自分の絵に戻りました。墨の擦れ具合に互いを褒めたり、見て見てと言ったりしながら、なかなか賑やかです。活動の途中からは教科書を見ることもなく、それぞれ自分なりの風神雷神を描いていました。「○○さんの髪の毛の描き方は、とても迫力があります」という具合に隣の教室の様子を伝えるようにしました。すると見に行きます。見た人が見ていない人に伝えます。互いに「□□らしいねぇ」などと批評し合いながら、どんどん白い紙に神雷神が現れます。筆を腕全部で振る姿はとてもかっこいいものでした。みんな口々に「楽しかった」「すごかった」と言っていました。全身で紙に向かったのですからね。
 少人数教室・会議室に入ったみんなは「おー!」と感嘆の声。濡れていたときの作品と乾いたときでは、見え方が違います。昨日水に墨が入りすぎてすっかり顔が暗闇に沈んでしまった作品。昨日はがっかりしていた作者も、むしろ風神の目が輝いてようで安心していました。「隣も見てきてごらん。」 みんな見合います。目が輝いています。さあ、着色です。
 水墨画として作品になっているのですが、あえて着色をするのは、迫力の追求と多様な風神雷神を目指すためです。今回は、図工準備室にたまたま残っていたアクリル絵の具を提供しました。水彩絵の具だけだと足りなくなるからです。使い方は、直塗り水伸ばし。パレットを使わず、混色せず。紙の上にチューブから直接絵の具を出して、それを水をたくさん含んだ筆で伸ばします。筆が細く感じられます。刷毛を貸すのですが、足りませんでした。「手で伸ばしてもよいですよ。ほーら、こんな風に」と例示したら、みんな「えー! いいの!」と手で伸ばしたり、手で描いたりする人がいっぱいになりました。

■これから
 3.11以降の日々は、私たち大人が経験してきた時間とは大きく異なっています。とても残念なそして取り返しがつかない状況があります。自然環境は、まさに「自然」とは言えません。しかし今ここで私たちは暮らしていて、子どもたちはこれからを(思春期、そしてそれ以降の人生を)送ることになります。この本来ではない環境の中で生きていくには、新たな知恵もつながりも必要になります。ああ、子どもたちに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 私は子どもたちに「小さくまとまらないんだよ」と話すことがあります。それは「はみ出すこと」ではありません。「未完成であること」とも違います。「小さいこと」「細かいこと」「完成していること」とも矛盾しません。あえて言うなら「誰かに指示された通りで身の丈未満であること」ではないこと...と言えるかもしれません。
 安全を保障された団体同一行動の中だけでしか暮らせない、それ以外を想像できない...子どもたちにはそんな大人になってほしくありません。3.11以降の過酷な世界の中、より一層のたくましさを、自由を、優しさを、日々育んでほしい。私は願っています。そして、私自身もそうあろうと心し、子どもたちに恥ずかしくないよう生きようとしているところです。

討論に時間がもっとほしいところでしたねぇ。今夜も美術教育分科会の飲み会(夜の分科会)がありました。いろんな方に誘われましたが、今日は「日の丸・君が代」問題自主教研に参加します。タクシーでホテルに戻り、自主教研会場に急ぎました。

会場に着くと、いつもの仲間がたくさんいて、ほっとしました。今回は、被災地報告をプロジェクターで行うことにしていました。というのは、昨年の富山で、準備不足で不甲斐ない報告をしてしまっていたからです。プロジェクターは、中古で購入しました。Macのプレゼンテーションソフト(keynote)で、報告スライドを作り、iPhoneに入れてきました。ま、リベンジです。3.11前後の学校・家の様子を話しました。ガソリンが手に入ってからの津波被災地について話しました。夏に訪れた南相馬の様子・放射能のこと、話しました。ぜひ現場に来てみてくださいと閉めました。

福島の状況や、東京の「日の丸・君が代」、大阪の厳しい状況について、話を聴きました。全国各地の状況を聞きながら、それぞれの現場でみんな真面目に暮らしているんだと感じました。飄々としているようでいて、私、ときどき挫けそうになることあるんです。けれども、全国各地でそれぞれに真摯に生きている仲間の顔を思うと、ふんばることができるんです。どこにいってもアウェーである私ですが、ここは数少ないホームの温もり感じられる場所です。感謝です。

途中、脱原発関連の相談でみやぎの仲間と電話をしました。課題は山積ですなぁ。夜遅かったですが、飲み会をしました。つながりに感謝です。

2013.01.28

20130128.jpg火のトンネル(1/28)佐賀のホテルで目を覚ましました。宮城よりも暗い朝なのは、西だからでしょう。ホテルで朝食をとります。昨日一緒だった先輩にご挨拶。チェックアウトをして、タクシーで美術教育分科会の会場に急ぎます。

昨日、長崎の方に作品を見てもらいたいから早めに来てほしいと言われていたのです。会場に着くと、佐賀の方が一人いただけでした。しばらくして長崎の方が作品を持ってきました。それは、すごい作品でした。長崎市立銭座小学校2007年度6年生の作品「火のトンネル」
「火のトンネル」
今回のレポートにはなく、以前報告した実践だということでした。フロアーに広げられた世界は、原爆投下された後を描いたもの。写真ではなく、絵こそリアルなのかもしれない。しかも大人ではなく子どもたちがみんなで描いたものにこそ、真実を見据えるものがあるのかもしれない。そんなことを感じました。実践について、いろいろ聞きました。ああ、学ぶこと多し。

原爆を落とされた図を前にして、ある方が言いました。「被災地も描いてみてはどうですか」。私は、どきっとしました。久しぶりにすーっと血が引くような感覚でした。私は言いました。とんでもない。まだ行方不明の人もいるんです。まだ進行形なんです。よい言葉が見当たらず、胃のあたりがずんとしました。
3日間に渡る報告・討論の総括。発言するか迷ったのですが、話しました。津波被災地を描くことはできないこと。語り継ぐ中でいつか描けるときが来るかもしれない。描けるように語り継がなくてはならないと思う。そういうことを話しました。そして、ぜひ現場に来てみてくださいと話しました。ここでも、九州の方から、描くべきだという発言があったので、私は決して「収束」していない状況を伝えなくてはならないのだと感じました。

美術教育分科会の会場からバスで佐賀駅へ。特急ハウステンボスに乗って博多へ。バスでも普通列車でも良かったんだけれど、乗ってみたかったんです。新幹線の車窓より在来線の車窓は、良いです。

博多駅で降りてから、九州電力前の脱原発テントに訪れました。地下鉄に乗り、地下街を歩きました。なかなかの距離でした。テントに着くと、ちょうど電力に交渉に行っているとのことでした。テントに入って、iPadで被災地報告を見てもらいました。温かいお茶が嬉しかったです。しばらくして交渉から皆さんが戻ってきましたが、飛行機の時刻が迫るので、長居はできませんでした。地下鉄で空港に行きました。飛行機で仙台空港へ。そして鉄道に揺られて深夜に帰宅しました。

博多、大牟田(三池)、佐賀:日教組全国教研(美術教育分科会・「日の丸・君が代」問題自主教研)、九州電力前テント...たくさん出会い・多くの学び。充実の5日間でした。懐かしいリボンシトロン飲みながら、久しぶりに聴くのはくるり。

2013.01.29

20130129.jpg飛行機の下に飛行機(1/28)数日、家にいなくてギター触っていなかった。昨夜帰ってきて、音を出したけど、深夜。すぐやめました。本日、久々にギター鳴らして歌いました。休むことなくのメドレーなのでした。ここのところ、妙に中島みゆき歌がしっくりします。

お金のために生きている。
お金のために朝起きて
満員電車に揺られてる。
お金のために夢捨てて
おまけに恋人捨てられる。
お金のために休まずに
お金のために死んで行く。
私の幸せどこらへん。
私の幸せ亡ぼさず。

ことこと煮込んだあれこれの
苦い人生舌の先
決して忘れることはなし。
けれど毎日晴れ晴れと
翼広げず明日はなし。

2013.01.30

20130130.jpg福笑いパーツ(1/30)今日は、みんなで福笑いを作りました。

悪いことした子どもを褒める日々です。 友だちの靴を隠した子。 隠したのは誰ですかと問うて「私です」と名乗る子。 それは悪いことですと叱って、それから「正直に言えて、勇気ある人だ」と褒めるんです。なんだかそんな繰り返しのこの頃です。

子どもたちをおだてることなく、自身を尊ぶ機会作ること大切だと感じています。楽に流れるのはある意味自然。けれどもあるべき自分を意識させる働きかけをしていきたいんです。とりあえず、子育てする大人同士が悪口言わないこと。だいたい問うべきは大人にありがちです。「よくないこと」を注意するより、「よいこと」を褒めたり感謝してみること。「〜さんのように〜するといいですね」「素晴らしい人を紹介しましょう」って言い方をよくしています。「やさしく注意」よりは「静かに注意」。基本的に子どもに罪無し。そうさせる大人を問いたいです。ちなみに「ガツンと言えばどうにかなる」というほど薄っぺらでないです。

薄っぺらな表面社会で
薄っぺらな表面青年育つ。
育てず即戦力求めて
ますます育む社会が失われ。

ギター仲間の、お兄ちゃんのギターの弦張り替えながら
人の日常。その人の元々の場所を想う。
ああ、全ての人には「思い出」がある。
それは、「記憶」なんて平たいものじゃない。
ふるさとやら、家族やら、悪友やら。
全てが今を、作っている。
どれか一つでもなければ、今はなし。

2013.01.31

20130131.jpg凧作り(1/31)今日は、みんなでぐにゃぐにゃ凧を作りました。まだ完成していませんが、わくわくです。楽しみです。学校近くの幼稚園の授業参観がありました。知っている子がたくさんいました。この幼稚園は、来春に別な場所に統合して新スタートすることになっています。幼稚園らしい幼稚園で、まるでふるさとって佇まい。惜しいです。

ぼくの体は 海でできている。
ぼくの体は 森でできている。
ぼくの心は ぼくのものだけど
さざ波や小川の 匂いがする。

ぼくの心に
野の馬を自由に放ち
雲を集めてクジラを作ろう
あなたの心の
あっちまで続く麦畑
そよぐ穂ささやく歌聴こう
だれかの心が
壁に囲まれてたら
マッチ擦って灯火ひとつ
きっと仲間が集ってくるさ

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今までの日記

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