2013.02.01

20130201.jpg九州電力前テント(1/28)小学2年生の会話を聞いていました。 「すごーい! へびどしの人、すごくおおい! ぐうぜんだね」というのは今日のこと。数年前の会話は...「ねえ、〜ちゃんって、何ざ?」 「あたし、うさぎだよ」 「え、わたしも、うさぎだよ」 「おれも、うさぎだよ」 「すごーい」...という環境にある幸せ。こういうひとときに癒されたり、勇気もらったりしている私です。

夜は、教職員組合の会議に出るために古川に行きました。かつて暮らしたアパートそばにできたウジエスーパーに寄ってから帰りました。松山町に暮らして10年。10年前にここにウジエスーパーがあったら、きっと安売り値札ゲットするために、深夜に出かけたことでしょう。

峯岸さん丸刈り映像を見てしまいました。とても辛い思い。うまく文章にはできないのですが、いろんな意味において、AKB48は日本を表しているように感じます。心開かれない笑顔には、きっと不幸せがある...そんな感じです。

2013.02.02

20130202.jpg大崎市古川中央公民館(2/02)白衣着た人、拳銃のようなもの。お医者さんが頭に付ける反射板のような円い鏡が私の目の前。その穴が、私の眼球に合わせられ、拳銃の先が一気に伸びて、眼球が潰されそうな夢を見ました。疲れました。

今日は、ちょいとタイトスケジュールでした。まずは古川です。「放射線から子どもを守るふるかわ連絡会世話人会」です。元々世話人ではないのですが、昨日の教職員組合の会議で知ったのと、友人から伝え聞いていたので、参加です。朝の東北本線と陸羽東線で古川に向かいます。会場は、古川中央公民館。歩道橋を渡り、まっすぐに歩きます。会議の部屋にはまだ人は多くなく、少しお話しました。10時、人が増えて、会議で自己紹介。私は小学校教員であることと、古川金曜デモでジャンベ叩いていることを話しました。「ああ〜」という反応があり、嬉しかったです。情報交換しつつ、今後の活動について話し合いました。予定では11:30までということでしたが、なかなか終わりそうにありません。私は、連絡先を皆さんに届けつつ、主催者の方に話して退席しました。これから仙台で次の予定があるのです。

古川駅まで走りました。パン屋さんでパンを買って、新幹線に飛び乗りました。仙台までは一駅分。パンを食べて、仙台駅で降りて、バスで堤通雨宮町に向かいました。みやぎ教育文化研究センターで、《子どもたちの今と未来を考えるフォーラム第2回「“成績”ってなんだろう」》に参加するんです。

会場のフォレスト仙台の会議室に行きました。受付の方が、私の顔を見て、《別冊センターつうしんN0.69 こども教育文化第3号》を見て、「ああ」と言って、みやぎ教育文化研究センターに言ってくださいとのことでした。行くと、みやぎ教育文化研究センターのK先生がいました。K先生は《別冊センターつうしんN0.69 こども教育文化第3号》に私のレポートを載せてくださった方。私は、生活科の教科書や教職員組合での教育文化活動で、遠く高いところにいるように感じている先生。恐縮恐縮なのでした。

そして、みやぎ教育文化研究センターには、N先生もいました。いやはや、ドキドキしました。N先生は、大学の体育の先生。あの頃の尖った私はあちこちに毒を吐きまくっていたのですが、N先生の体育科のレポートでもあれこれと批判めいたことを書いたのでした。そんな私はN先生に呼び出され、研究室でお話した記憶がはっきりあります。跳び箱を跳べることがなんだ!みたいなことだったと思います。N先生が私にどんな話をしたかは覚えていません。そんなN先生。教職員組合の大会などでお見受けしても、会釈するだけの私でした。気恥ずかしさですね。そして、尖った若かった私に、きちんと批判してくださった唯一の先生に、何か話したくも話せないやるせなさが、大きかったんです。そんなN先生。

K先生が冊子をくださりながら、「N先生が、Tくんが書いたのですか!と褒めていましたよ」と小さく話してくださり、感激でした。ああ25年前の学生時代。25年経って、許された認められたという気持ちになったんです。感激でした。パネラーの社長さんや学生さんとお話しつつ、N先生とお話できて、嬉しかったのでした。ぱーっと世界が許された感じ。

《子どもたちの今と未来を考えるフォーラム第2回「“成績”ってなんだろう」》が始まりました。学生さんが二人話しました。そして小学校教員の私が話し、造園会社の社長さんが話しました。参加者の皆さんも発言し、話し合いが進みます。私は、「成績」を付けやすいものとそうではないもののこと。「客観的データ・数値化できるもの」とそうではないもののことのことなどを話しました。具体的には、業者テストの「知識50点・技能50点・数学的思考50点」などのことと、図工の評価のことなどです。いろんな考えが発言されて、おもしろかったです。授業とテストは別物と話していた学生さんに「テストがなかったら、勉強をしたでしょうか」と問いました。それは、教員的には(テストがなくても、生徒が学びたいと思わせる授業ができるか)という自問でもありました。回答は、はっきりしませんでした。N先生が「学生時代に無駄と思うようなことがありませんでしたか」と問いました。私ははっきりと「無駄なものはひとつもありません。失敗から学び続ける日々が続いています」と応えました。時間があれば、佐藤忠良さんのことなど話したかったのですが、盛りだくさんな中、時間になりました。ああ、参加できてよかったです。お声掛けくださり、感謝でした。

みやぎ教育文化研究センターに戻り、学生時代を知っているNさんと話しました。20年以上を経て、「あの頃」を共有できる方がいることがとても幸せに感じられました。また、私には子どもがいないことが、やっぱり寂しく感じられました。仕方ないことだけど。

帰り道、久しぶりの仙台駅前のジュンク堂で、伊藤野枝本買いました。中古で買った林竹二本まだ読んでないんですけどね。ああ、今日も充実でした。

2013.02.03

20130203.jpg牛津高校ジャンベ部(1/26)風が強い日曜日です。今日も仙台に行く用事があります。けれども風は止みそうにありません。けれども、東北本線は全部が運休というわけではなく、ゆっくり走っている列車もあるのでした。松山町駅でしばらく待ち、そして列車に乗りました。松山町から鹿島台まで15分かかる徐行運転。ゆっくり仙台に向かっています。強風収まらず、いつもの2倍以上の時間(90分)掛けて仙台に着きました。

今日は、放射線被曝から子どもを守る会・教職員部会の集まりの日なのでした。私は、集まり自体には間に合わず、交流会に参加しました。福島のAさんとお話できてよかったです。いつもの仲間に感謝です。帰りの電車が動かなかったらどうしようと思っていましたが、なんとか家に帰った夜でした。ああよかった。

2013.02.04

20130204.jpg今朝学校行く途中で会ったキツネくん(2/04)全ての人が、健康で文化的な生活が過ごせるようにすること。 みんなで追求すべきことです。日本国憲法を読み直しましょう。

私じゃなくてはできないこと って、実は多くありません。 誰かに頼る勇気は、必要です。 私をなにものかに譲ることはできません。 あなたは、大切な 世の中で一人しかいない、 あなた。私もあなたも、代わりなしなんです。

後ろめたいことが一つもない人
余程、人の気持ちが分からぬか
または、生まれたばかりか。
後ろめたい苦さを償いつつ、
世界は広がる。
生きることは、
ときどき苦しいが
歩まねば、明日は訪れない。
思いがけぬ日々の広がり。
思った通りに来なかった昨日。
ならば、意外と明日は。

金の世界とおさらばしたくて、
森と川と海に近いところで、
季節と暮らしたかった。
放射能さえなければ。
放射能さえなければ。
放射能さえなければ。
放射能さえなければ。
放射能さえなければ。

2013.2.05

20130205.jpg名取のお母さん(2/05)学校へ向かう道の途中でした。踏切で止まり、たまたまiPhoneでFacebookを見たとき、介護先の友人のお母さんが亡くなったことを知ったのでした。学生時代からのお付き合いだったお母さん!

給食食べないで、友だちのお母さんの葬儀に向かいました。風強くて電車のろのろ。だから車で三陸道走りました。葬儀には間に合いませんでした。おうちに着いたら、お母さんは小さな箱の中でした。広くない部屋、お母さんの思い出いっぱい。出がけに教室で二年生にも語りました。たくさんのこと教わったお母さんが亡くなったので、私は給食を食べないで名取に行ってきますと。2年生のみんなは、静かに手を振ってくれました。
名取へ

初めて会ったお母さんは、がらがらして怖いくらいでした。箱塚の頃です。洗濯物の干し方も、食事の仕方も、トイレ介護のあれこれも、ああ全部全部お母さんから学んだのでした。厳しく、そして気持ちよく、たくさん叱られたのでした。
いつだったでしょう、自転車に乗れなくなった頃、「坂道を、さーっと自転車で駆け下りたいわ」と言っていた表情、忘れません。私の利尻生まれのおばあちゃんと、ちょっと似た感じの苦労人でした。
就職してからは夜の介護ばかりになりました。「今日はバイクじゃないね」と、いつもバイクの運転を気遣ってくれました。「Aさん、元気にしているんだろうね」と連れ合いぴよさんのこと、いつも気遣ってくれました。「あんまりAさんのこと話さないから、入院でもしていたらどうしようと思ってたんだ」なんて、何度も叱られました。温かい気持ちになりました。北海道の父さん母さんのことも気遣ってくれた名取のお母さん。お土産持っていったときは、帰り際に渡さないとあれこれとお返ししてくれちゃって困るくらいでした。ああ、あの一つ一つの情景が、私を育ててくれたのだと思います。学校でしんどいときも、家で休んでいるよりも、頑張って名取に行って、お母さんと語らったほうが疲れが取れるんです。そんなお母さん。ああ、もう会えないことが辛いです。

今日は、葬儀に出られなかったものの、家の中でふすまを外したり、ストーブ準備したり、椅子を出したり、あれこれと仕事できてよかったです。Sさん、これからもどうぞよろしくです。

名取から帰る車で聴いたkeison。ああ、ありがとうね。自転車乗れなくなったお母さんがと言っていたあれこれ・あの頃の情景想いながら、僕は静かにハンドル握っりました。

真っ直ぐな道進んでなんかいない。
君が、真っ直ぐ歩んでいるだけだ。
くねくね回ってあちこち迷っても。
君は、明日もきっと前を見て行く。
立ち止まり一休みし振り返ったり。
でも、誰かの道をなぞらずに行く。
ああ晴れたり曇ったり雪降ったり。

2013.02.06

20130206.jpg1m(2/06)サッカーの試合で活躍できて、よかった。あいつと友だちになれて、よかった。次の試合は3年後。久しぶりの学生寮。自分の部屋を覚えていない。見つけたけど、鍵がない。隣の部屋で寝る。寝てたら、住人帰ってきた。けれど寝る。という夢を見ました。

しんどさは、まだまだ続く。
苦しいけれど、本当のこと。
逃れられるなら、逃れよう。
叶わぬなら、仲間見つける。
独りぼっちにならないこと。
独りぼっちなってはならぬ。
本音吐ける場所ありますか。
それは、被災地に限らない。
安住模索。急がないゆとり。
それは近くに仲間あること。

強風にきれいごとが吹き飛ばされて
自分の醜さが雨に打たれている
生の自分が露呈して
紅く黒く光っている
自分への言い訳は止めろ
誰かのせいにして
それで何だというのだ
向き合うも何も
本当にそれで良いのか
本当にそれがあなたなのか
綺麗事と正義。
真心と下心。
あんまり整理されないほうが
真実だったりする。
でも胡座かいてはいけないのです。

目に見える暴風
直ちに被害がある暴風
そうでなくても 暴風は暴風

よく口にする言葉。
「あらまぁ〜」
「どうしましたぁ?」
「なるほどねぇ〜」
「ほっほぉ〜」
こんな調子でもうすぐ半世紀ですな、いやはや。

2013.02.07

20130207.jpg朝読書(2/07)学級文庫にはあいかわらず「地獄」の絵本があります。今日の休み時間に一人の2年生と釜茹で地獄談義。鬼の目撃情報も。何やら町のシャッターの向こうに鬼いたよ!とのこと。また「うそ日記」の作文時間取ろうかと思ったけど、おっと危ない。嘘扱いは、失礼ですな。ほほ〜と興味津々の担任でした。

昼休みの2年教室で「モデルの歩き方」が流行っていて、楽しかったです。リクエストに応えて動画も撮ったけど、さすがに公開は控えましょう。うんと可愛くて、みんなで笑ったねぇ。

今日、卒業生から職員室に電話がありました。「焼肉定食券」を土曜日に使いたいとのことでした。ごめんね、土曜日は大阪に旅しているよ。あらためて予約連絡してね。ああ、会ってゆっくり語らいたいなぁと、心底思う私でした。このd展開を理解できるのは、一緒に(高学年)教室で過ごした人たちだけでしょうな〜

組織内「説明責任」の追求は 「標準」の強制。それでいて 「個性」「表彰」「順位」等 「手柄」が求められること。 それぞれに信頼し合って すっかり任せる関係性が ますます亡ぼされる。

2013.02.08

20130208.jpg一日入学(2/08)今日は、一日入学の日です。新一年生のみんなと一緒でした。姉ちゃん兄ちゃん知ってる子がとても多く、この学区で仕事し始めてからの年月思うのでした。ある子の姉ちゃん自慢「おねえちゃんのかく絵は、へたなのがいっこもないの」 なるほど! そうだよね! お姉ちゃんの絵、私も大好きですよ。「せんせい、ギターうまくて、カメラマンなんだよね」って言われて、とっても嬉しかったのでした。でも、彼女はお姉ちゃんの学童帰りに寄る度に「○っちー! ○っちー!」と甘えてくれちゃうので、正直本日どうなるかと心配だったりするのでした。ああ、みんな大好きだよ!

2013.02.09

20130209.jpg森ビル(2/09)今日は、大阪に向かう日です。今回は飛行機ではなくて、新幹線で向かいます。今日は移動日で、とくに予定・約束が入っていなくて、気持ちは楽です。

先週、仙台市営バスの中に愛用の帽子を落とした私。帰り道に落とし物案内に寄って、問い合わせました。ちゃんと届いていてほっとしました。けれども、すぐに駅前には持ってきてもらえず、今日取りに来たのでした。受け取ってほっとしました。
そして新幹線です。新幹線からの車窓は、傍目。 眺めるだけで、そこここを通過していきます。 音も匂いも届くことはありません。 この視座は、何かに似ています。新幹線の中、iPadで映画を観ます。映画「生きものの記録」(黒澤明監督1955年) 。「死んでいくのはいた仕方ない。だが、殺されるのは嫌だ!」 とは、三船敏郎演じる鋳物工場経営者70歳のことば。

東京で新幹線を降りて、地下鉄に乗りました。東京で地下鉄乗り換えスムーズにできるようになった自分を「大人になったねー」と褒める東北在住。森ビルに向かいます。会田誠展を見ようと思ったのです。
森ビル。
会田誠展これから。
会田誠展。ヴィトンの絵、もっと小さいと思っていました。やはり実物見ないと大きさ分かりません。個展出て、画集見て、ああ来て良かったと思いました。絵描きは、シンガーソングライターなんだと思いました。作曲家の楽譜演奏するのとは違います。そう思うと、会田さんパンク。ありていですが。いろいろセンセーショナルに報道・批評されていますが、元々知っていた私としては、何をいまさらという感じです。

東海道新幹線に乗ります。また映画を観ます。田中美佐子主演「ダイアモンドは傷つかない」(藤田敏八監督1982年) です。今なら蒼井優さんに演じてもらうところですな。田中さん素敵です。あの頃の時代感じます。
ふと思い立ち、京都で降りました。明日の予定は午後から。いっそ京都泊にしてみようという思いつき。けれども、当然と言えば当然ホテル案内では空きなし。頑張って探そうかと思ったものの、大阪行けば予約している常宿あるわけで、結局快速を待つ京都の在来線ホームなのでした。
これ撮るだけで、またいつか、京都。

大阪のいつもの宿に到着しました。スリッパ廃止に驚きました。
いつもの新今宮の宿です。お風呂に入りました。そして、ふらりと通天閣へ。どこかに入ってちょいと飲もうかと思ったのですが、いつものスーパーで缶詰買って、部屋でプシュっとしたのでした。
前来たときは、節電で点灯していなかった通天閣。
通天閣。

2013.02.10

20130210.jpg有馬温泉(2/10)大阪で目を覚ましました。
どこにも泊まることできず、知らない人の家、深夜。子どもの毛布借りる物置。でもそこにもたくさん子どもたち。寝るに寝られず坂を下る。雪かと飛び込んだら、ドブ。上がれない。つかむものがない。という夢を見ました。夜行列車のような仮眠的夜。たぶん線路・ドア・ヒーターの音のためでしょう。
今日は、午後から全国教職員交流会があります。それまで時間があります。久しぶりにぶらぶらしましょう。20年前に訪れた有馬温泉に行ってみることにしました。

大阪の朝。
大阪の車窓から。
大阪の車窓から。
大阪の車窓から。

有馬温泉への道、なかなか長いです。新今宮、大阪、三ノ宮、新神戸、谷上まで乗り換えて来たけど、これから有馬口、有馬温泉まで。

防衛省「100%の自信」...神戸電鉄向かえの人読む読売新聞。自信明らかにするときはいつも100%。「80%の自信」というと「20%」ばかり気になるもの。それでいて100%とは、難しい事実。原発事故で思い知ったことですね。

有馬口から有馬温泉へ。
有馬温泉 銀の湯。まーまー。湯上がりに、有馬サイダー。
いつか入ろう 有馬温泉 金の湯

なんと金の湯が、色付いたお湯だったこと、銀の湯のロビーで知りました。もう時間がないから、梯子はしません。またいつか来れるかな。有馬温泉から大阪までバスで移動しました。お昼ご飯は、阪神でお好み焼き定食。お好み焼きにご飯とお味噌汁がついているもの。なんとも関西って感じですな。
そして、いつもの天満橋。いつものエルおおさかで、いつもの仲間と会いました。みんな元気そうでほっとしました。ちょいと久しぶりの仲間は、私の髪の毛の白髪がうんと目立っていることに一瞬言葉を失っていました。いやはや、ご心配おかけしています。
全国各地からの報告。私は、キーノートを使って「被災地報告」をしました。その後、いつものお店で食べて飲んで語らいました。持つべきものは友ですね。
店を出て、歩きたい夜風。2時間ほど歩いて、結局電車にも乗って、いつもの宿に帰りました。

2013.02.11

20130211.jpg四天王寺(2/11)大阪で目を覚ましました。今日は〈『日の丸・君が代』強制ええんかい!『競争』『強制』の教育でええんかい! 私たちは黙らない!2・11全国集会〉の日です。新今宮から天王寺まで行き、駅前でうどんを食べました。そしてぷらぷらと歩いて四天王寺に行ってみました。初めてです。今日は暖かく、ひなたぼっこするにはちょうどよい感じでした。写真撮ったり、池の亀ながめたりしました。
天王寺駅前あたり。
旅先朝ごはん、私の定番は、かけうどん。
大阪、四天王寺。

そして会場へ。私は実行委員なので、準備から加わります。舞台美術やって、紙取りして、いろんな方とお話しました。集会は、満員600名を上回る参加者で大いに盛り上がりました。私は、被災地からということで発言しました。新たな出会いもありました。感謝です。課題は山積ですが、まだまだ希望はあります。
デモには参加せずに空港に向かいました。どこかでゆっくりご飯を食べようと思いつつ結局伊丹空港。空港の食堂でご飯を食べました。

大阪 御堂筋線の車窓。
伊丹空港。
もうすぐ空の上。
仙台空港に着いたものの、仙台行きの電車はしばらく発車しません。ならば空港ロビーのほうが暖かい。空港の天井を撮り、180°回転してみました。

定刻21:56仙台到着の仙台空港アクセス線に乗っていました。JR貨物列車遅れのため途中駅で停車しました。結果仙台到着が遅れました。私は22:00発小牛田行が1番ホームに止まっているのを見ました。待っていてくれるものと思いつつ走って階段を昇り1番ホームに行きました。けれども、なんということでしょう。電車は定刻発車した後でした。仙台空港アクセス線はJRでないから、そうしたのかもしれませんが、遅れた原因はJRなんです。貨物でも東日本でもJRはJRです。そして、深夜に帰宅できない乗客がいるかもしれないことを考えるべきです。駅の窓口に行き、意見を言いました。同様のケースを以前も経験している私としては、数分待つことをしないJRにがっかりするのでした。

今回の旅でも、新たな出会いがありました。久しぶりの友人と、昨日の続きのように語らいました。出会ったみなさんに、感謝です。のんびりはできなかったけれど、のびのびとはできたように思います。ああ、旅はするものですね。日常もまた、きっと旅。日々を粗末に無造作に過ごさぬことです。

今回の旅、カメラはGR2とiPhone。いつもならOLYMPUSのEかP。けれども軽装心がけた今回でした。まだ大きなモニターで見ていないけど、GRはさすが。信頼できるカメラです。

2013.02.12

20130212.jpg凧作り(2/12)寝たときの姿勢のまま朝

今日は、凧作りをしました。はではでにマジックで色づけするのでした。

世の中から誹謗中傷なくなればいいと思います。 けれども、「誹謗中傷禁止法」はいりません。 作ってはなりません。

悪い奴全滅させれば平和
なんて思っている人いるはずないさ
と思っていたのはずっと前のこと。
アウシュビッツから何を学ぶか。
八紘一宇の行く末どこだったか。
排除しようとする人を排除せずに
彼彼女に届く言葉探す日々なのだ。

棚に上げる
核実験したとかしないとか
大気汚染の影響大きいとか
ああ、棚に上げている
棚に上げる
いじめ許さぬとか 体罰免職とか
ああ、棚に上げている
王様の耳は、ロバの耳だったり
王様は、裸だったり
私やあなた
誰か任せにするかしないか
子どもたち見てるでしょう

飄々と漂いながら
スナフキンよりは寅さんで
遠回りおせっかい
やるべきことはそれじゃないと
嘲り背中にじくじくさせつつ
涼しい面で笛吹いて
褒められもせず
貶されときには貶められながらも
なんぼか明日はいい日だろう
少しか明後日晴れるだろう
歩いたり休んだり歌ったり
旅は続くのだ

文字行き交うが 言葉なし。
言葉行き交うが 心なし。
それじゃ 未来なし。
種は、もともとあるから
何ぼか水やりして 太陽待つのさ。

2013.02.13

20130213.jpgおそろい(2/12)知らない学校の業務員さんにカメラを貸す。牧場で牛を見ていたら、大きな犬がじゃれて来る。冬の花火を転校してきたばかりの子と見ている。帆船のデッキでお金が入った袋を樽に落として音をたてるのはなぜ?というクイズ番組。という夢を見ました。

口から鼻はつながってるから、しゅーっと出たの。とは、からし食べたこと教えてくれた小学二年生のお話。
ぴーって音がして1000円もって追いかけて8本もらったのとは、焼き芋屋さんのこと話す小学二年生。

2013.02.14

20130214.jpg段ボールパズル (2/14)今日は、段ボールパズルを作りました。転校したYくんがくれたものを見本に、みんな作りたくなったんです。

心、自由じゃないと
自分の歌は歌えない。
でも、
自由になりたいから
歌うんだということ
きっとある。
ゴール・終着駅なし。

ずっと嘘 続けていると
何が本当か
きっと分からない。
自分取り戻すなら 今。

お金で買える権利は 所詮、買えるもの。
人間の権利 売り買いできない。
尊厳、誇り、
お金で買ったり売ったり できないのです。

2013.02.15

20130215.jpgホテルから見た古川駅(2/15)「教え子を再び戦場に送らない」とは 日教組の存在意義とも言えるスローガン。 今「送らない」を思います。 どこかに戦場があるなら 「ここ」から「送る・送らない」ですが、 「ここ」が、戦場になってはいないかということです。 「戦場を作らない」ということ。 あなたは、今、どこにいますか。私は、今、どこにいるのでしょう。

夜は、教職員組合の学校作り交流会でした。お酒も飲んで、語らって、古川のホテルの部屋に戻ったのは、朝に近いような時刻でした。

2013.02.16

20130216.jpg学習支援(2/16)今日は先輩教員のお宅に伺う予定でしたが、私が遅れたため、後日になりました。申し訳ありませんでした。先輩の家近くのコンビニでしばらく待ったものの、うまくいきませんでした。

午後は、東松島の仮設住宅集会所で学習支援です。仮設住宅のお店の横で小さい子3人かくれんぼしていました。かくれんぼって、「もういいかい」と「もういいよ」が届く範囲での遊びなんですね。初めて気付いたことでした。

東松島の仮設住宅集会所で学習支援。
東松島の仮設住宅集会所で学習支援。算数終えて、書写
東松島の仮設住宅集会所の

2013.02.17

20130217.jpgコンピュータお絵描き(2/14)「トーマスとアンパンマンは、やめてよね。あたしたち、そつぎょうしたんだから」とは、一昨日聴いた、小学二年生の会話。

被曝2年目の私たち。
振り返るなら1947年あたり。
ふんばりどころ。
かつてを思う。

2013.02.18

20130218.jpg阪神のお好み焼き定食(2/10)津波の夢を見ました。利尻の蘭泊の浜、ずっと向こうまで潮が引いてしまって、私はホンダ・ロゴの中。持って行くべきものが何か考えているうちに、波が迫り、ドアが開かないという夢。ドキドキしたままです。

2013.02.19

20130219.jpgねらっているうめさん(2/16)児童会行事で明日山に行くのに、6年生が今日も下見。引率は昔の女の子。すっかり日に焼けている。勝手知ったる山。カメラはE3。稚内の廃線を行くと美しい山。白い頂きを白い鹿と白い熊。という夢を見ました。

私が生き方に影響受けた本数しれず。あえてあげれば「ジャン・クリストフ」「極限の民族」「安穏族」。ロマン・ロランさんには会えません。本多勝一さん石坂啓さんにはまだ会えます。石坂啓さん「下北なあなあイズム」の花ちゃん目指してた20代の私。見た目だけは達成されてる47歳。

3.11以前のデモには(私行ってジャンベ叩かず誰が叩くか)と無理して自分追いやったものです。教育基本法改悪反対、「日の丸・君が代」強制反対、イラク反戦などなど。今、仲間と歩む信じるゆとり得て、豊か。みんなでしぶとくわいわいと。ああ、少し長生きできそうです。

体罰アンケート。保護者回答は封筒の中。開けるのは管理職。学級担任知る術なし。とは、きっと全国みんなでしょう。これでよいのか?

2013.02.20

20130220.jpg凧揚げ(2/20)介護行って、ヘルパーさんいっぱい。「障害者」バンド路上ライブのサポート。ウィザード知ってるの。懐かしいあの頃。夕張北高体育館のステージ下でウイスキー。という夢を見ました。

2年生のみんなと凧揚げをしました。凧を作っていたものの「よい風が吹いたらあげよう」と風待ちだったんです。しばらく風を見る日々が続きました。「よい風がふいているよ!」という2年生。「本当だね! よっしゃ、揚げましょう!」「わーい!」ということで外に出ました。背中で風を受けます。そして風に凧を委ねます。ぐんぐん揚がる凧も、もじもじしている凧もあります。走ってもだめだよ。風を待つんだ! みんな真剣でした。

2013.02.21

20130221.jpg凧揚げ(2/21)鉛筆を小刀で削りました。2年生には早いかな?と思いつつ、やれそうな機会にやらなくちゃ、もう今年度が終わってしまいます。担任でいられるうちに、愛しいみんなにいろんな経験積んでほしいと思うのでした。

今朝、こんな夢を見ました。知らない街なので地図見ながら会社を訪れる。長らくアルバイトしていたけれど、訪れるのは初めて。会計の書類を提出したとき、バイト期間が長いこと謙遜したら、ある社員を傷つけることに。社長に「ここに住所と名前を書いてください」と言われて書いた。気まずい雰囲気のままもう一つの会社へ。また会計書類出していたらさっき傷つけてしまった女性が来た。「辞表出すことはない」と。名前書いた書類は辞表だったのか。その会社の男性社員が、私に殴りかかる。やって来た女性の恋人が誤解してのこと。説明が通じず応戦する。

夕方から、教職員組合の会議・明日のための授業教育講座実行委員会に参加しました。毎日いろんなことがありますなぁ。

蒼井優ファン自認。はなさんファンでもあり。蒼井優ショートカットで、な〜んか納得。

ときどきうんと大きな音出したくなるのです。声より楽器。ギターや太鼓。聴いてくれる人いなくても、LIVEしましょうか。今朝夢見て気付きました。夕張北高等学校体育館ステージ。今は宿泊研修施設「ひまわり」。機材持ち込んで貸切は、ありでしょうか。夕張出身者としては「青春の舞台」。

2013.02.22

20130222.jpg凧揚げ(2/21)人殺しは、してはいけないこと。
殺していい条件
国家が決めて実行許したら
戦争の始まり。 死刑反対。
人殺しは、してはいけないこと。

今夜、近所の牛くん、なんか言っています。日牛辞典が欲しいです。本日、職場飲み会でしたが、パスして帰宅しました。

2013.02.23

20130223.jpg鉛筆削り(2/21)映画「風が吹くとき」を見ました。3.11よりもずっと前に作られたアニメ映画。とてもとても苦しかったです。

2013.02.24

20130224.jpg有馬温泉・銀の湯(2/10)雪です。ゆっくりお風呂に入ります。マンガ持ってお風呂に入るのが、マイブームです。

2013.02.25

20130225.jpg鳴瀬川と月(2/25)みんなの前で、好きな歌を堂々と一人で歌う小学2年生に感動した今日の音楽の時間。曲目「ビリーブ」。しっかり立つこと。自分に自信を持つこと。簡単そうで簡単じゃない。強さとは、暴力ではないとあらためて感じさせられたのでした。

今日、教職員評価制度についての面談がありました。私は変わらず制度への疑問を掲げ続けているのでした。

愛なんて
伝えたり伝わったり
燃えたり消えたりしてるけど
へたくそな平和みたいに
おなかの中あたりで
よりよい明日を
希望しすぎているものだ
ポリエステル纏うシルキーではなく
畑の大根抜く力こぶ
澄みきった青空ではなく
季節変える強すぎる嵐
愛なんて
かっこつけるもんじゃない

今朝、こんな夢を見ました。海の中。平べったいサメの群が向かってくる。私は少し潜る。彼らは自分たちより上にあるものを食べるのだ。そしてまた、やってくるサメたち。繰り返し潜る私は、必死ではない。けれども、繰り返しに疲れて、食べられてもいいかと、思い始めている。

2013.02.26

20130226.jpg絵本読み聞かせのあと(2/26)絵本の読み聞かせは、柳生玄一郎さんの「あしのうらのはなし」。読んだ後で、足で鉛筆を持って字を書いてみました。

昨年小さなステージ、ミュージシャンLIVE、雪の夜。お客さんすぐ入ってもらっていました。前座の私ギター持ってマイクセッティング。まだ始まらないですよと言っていた私。反省。お客さんは、見ます。お客さんの前なら、見られる自分を自覚すべし。それは、子どもの前に立つ教員にも。

2013.02.27

20130227.jpgぞうきんをきちんとかけることとても大事(2/27)今日の小学2年生。予想通り、服を前(前に来るべきファスナーが背中)に着る子あり。志村けん(昨日のテレビ)の影響力の大きさを再確認しました。というのは、昨日の夜に志村けんのバカ殿のテレビ番組があったんです。あの番組は欠かさず見るようにしています。

夕方、教職員組合の地区交流会がありました。組合活動しっかりやらんといかんぞと思っているのですが、きちんとできずごめんなさい。

2013.02.28

20130228.jpg宝物入れ(2/28)今朝、6年生を送る会で2年生が歌う「ありがとう」を録音しました。iPhoneで録音しました。切ったつもりが切っていなかった録音ボタン。そのままなーんと3時間以上、授業中の声を録音してしまった! こんなの教育実習以来じゃないだろうか! 恥ずかしくて聞き続けるのは困難。でもみんなの声いっぱい入っているので消さないなぁ。

図工の作品などを入れる袋に絵を描いたり、互いにサインをしあったりします。休み時間には、他の学年の人にも書いてもらいます。書いてもらうのも、「書いて!」ってお願いされるのも、うれしいものなんです。

どなたの話も最後まで聴くとこと毎日続けていると、普通に聴くことができるようになるのです。いつも聞かないというトレーニングをしていたら、いざ聴こうとしても聴くことができなくなってしまうかもしれません。積み重ねることはよくも悪くも身につくものです...とは小学生に話すこと。ああ大人にも。

頭上で爆弾が炸裂してから 不幸になるのではない。
爆弾がひょっとしたら落とされるかもしれない
いつ子どもの寝室の窓ガラスが粉々になるか分からない
という不幸の可能性だけで 既に不幸が作られてしまっているのだ。
いろんな爆弾を作った人間。
作ったのは人。

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