2013.03.01

20130301.jpgドッジボール(3/01)今日は今年度最後の学習参観日。あれこれ準備整っていないけれど(5時間目だから、まだ時間ある)と思っている私。いつも比較しているのは、土曜半ドンだった時代。朝からすぐ参観授業&引き続き懇談会。今のようには行きませんでしたな〜。
参観授業は、体育。ここのところドッジボールに熱中していた2年生。以前ならボールを譲ったり逃げるだけだった人も取りにいったり投げたがったりしていて、なかなかよいのです。今日は、長縄跳びもドッジボールも大人にも混ざってもらって楽しみました。ああよいひとときでした。そして、一ヶ月でお別れの始まりの日でもあったのでした。

天皇「人間宣言」を知ったときの驚き。8.15敗戦二重橋で平伏す人の写真と合致。天皇は「神」だったんだ。神のために生きるよう教育していた学校。神のシンボルが「日の丸・君が代」。その下に命や尊厳を捨てられむげにされた歴史。今日多くの高校で卒業式。神讃える歌であること、知ってほしいです。

2013.03.02

20130302.jpg仮設住宅集会所のねこ(3/02)昨日3/1は、第五福竜丸の日でした。1954年のこと。ヒロシマ・ナガサキから10年経ずに被曝。事実を歴史に刻むこと。歴史から学ぶこと。

今日は、仙台に行きました。「東日本大震災 教職員が語る子ども・いのち・未来」の執筆者のつどいがあったからです。初めてお会いする方もいました。震災はまだまだまだまだ続いていて、まじめに生きていかなくてはならないと心する今日でした。
午後は、東松島の仮設住宅集会所学習支援でした。今日は、算数の後で木工を楽しみました

季節の佇まい。あの日々へのトラウマ。昨日帰宅して、暗い居間のカーテン閉めようとしたとき、家の前を車が通りました。そのヘッドライトの入り方が、震災の3月、停電の日々、寒い居間で連れ合いの帰りを待っていた落ち着かなさを、連れてきたんです。こんな色の夜だったと蘇って、傷ついていること、知りました。ああ私、被災者だったんですね。傷付いても、命あれば明日迎えます。そんな気持ちです。そしてそれは、世界中みんなきっと一緒でしょう。互いに独りぼっちにさせない繋がりあれば、きっと大丈夫。

2013.03.03

20130303.jpgつるしびな上映会・閃雷(せんらい)(3/03)今日は、石巻のマイカルで映画「つるしびな」(大和優雅監督)の舞台挨拶がありました。上映には間に合いませんでしたが、挨拶には間に合って、写真を撮りました。

胸張って ちっぽけな自分。
二人分の存在になれない一人。
同時に半人分でもない私。
頑張って二人分になろうとしてはいないか。
褒められて期待されて
一人分を忘れていないか。
人はみんな一人分。
威張ってる人も
うなだれてる人も
ちっぽけな一人分。
ちっぽけで十分。

スモッグと放射能。 ミサイルと活断層。 拉致と強制連行。 棚に上げることばかり。

土に種蒔けば野菜できるわけではない。
海に網入れれば魚はいるわけではない。
野菜を育てること
魚を獲ること
経験しなくては分からぬ技が要る。
お金でどうこうできるものではない。
教える人、学ぶ人、途絶えたら失われる文化。
人間の文化。

エバーノート、調子が悪いです。困ります。

路傍のプルトニウム
胸の内のストロンチウム
二酸化炭素、温暖化
化石燃料、枯渇まで何年
隣りの国の目に見える大気汚染
核爆弾持つ国の、核実験非難
そんな情報流れつつ
路傍のプルトニウム
胸の内のストロンチウム
事実は自分で確かめる
未来を誰かに委ねない

2013.03.04

20130304.jpgジャンプ(3/04)明後日が、6年生を送る会です。今日、体育館でリハーサルしたいけど、体育(体育館使用権)なし。ま、なんとかなるでしょうか。縦割り活動でお世話になった6年生の名前を一人一人(全員)呼んで、メッセージ。そして、贈る歌は「ありがとう」。

「母の友」4月号(福音館書店)が届きました。つるっとした表紙に違和感ありました。ブンちゃんの保育園でのあれこれに期待しています。山田真さんの自己紹介は、とても簡潔にまとまっていて、分かりやすい!と感じました。表紙の手触りには慣れませんが、開くとやっぱり安心の「母の友」でした。

2013.3.05

20130305.jpg輪飾り外し(3/05)浅い眠り。たくさん夢を見ました。山が鳴って、地震で目覚めました。3月の空は、いろんなことを思い出させるんです。そしてそれらは、続いています。収束なんかしていないんです。

6年生を送る会のために作った輪飾り。しばらくは教室に飾っていました。今日外しました。ちょっと寂しくなりました。

お米といでいて、ふと思い出しました。とぎ汁が河川を汚すというキャンペーン。洗剤のCMがいっぱい流れている中、疑問でした。でも、そんなキャンペーンに動かされる人も少なくなかったことでしょう。 被曝者として、自然を思う日々。もうすぐ3.11です。

一人分 めいめいに
あちこちで それぞれに
魂なんて 日常に
神棚も神殿も聖地も
働く現場にゃ かなわんさ
褒められようなんて
一旗挙げようなんて
そんな安っぺら
ああ、一人分
自分の分だけ あれこれだ
あちこちで 同じように
魂のちっちゃな灯火
ほれ、独りじゃないさ

2013.03.06

20130306.jpg六年生を送る会(3/06)今日は、6年生を送る会の日でした。各学年それぞれに輝いていました。ああ、さようならの始まり。毎年ここから一気に卒業式への坂道を転げ、ふと顔をあげると修了式と人事異動で、春はころころと次のスタートに地続きなのです。

2013.03.07

20130307.jpg思い出ブック作り(3/07)沢を登っていったら石仏の破片あちこちに。たどり着いたお寺に人はいない。池の魚を手づかみ。玄関が開いて入ってきた子どもたちは習い事。不審な私は教室のように振る舞う。修学旅行先で、子どもになじられた人が号泣している。いつのまにか朝会。ベートーベンのような教員が振り回される。という夢を見ました。

2013.03.08

20130308.jpgのこぎり(3/08)今日は、算数の時間にのこぎりを使いました。立方体の辺を作るために、割り箸を切ったんです。のこぎりをあえて使ったのは、いろいろな道具に触れてほしいからなのでした。

通常眠っている22時。通常見ないテレビ。でも今日は、大川小学校番組を見ました。

全て現場
全て一人ひとり。
俯瞰した一般論は
一人ひとりを
ローラーかけてしまいがち。
整理し整えたものは
結局、事実ではない。

2013.03.09

20130309.jpgつるしびな上映・閃雷(せんらい)(3/03)討論の仕方というか、討論とは何かということ。意見を異にする人と共に未来を作るということ。そんな人間社会の基本を、私たちは身につけていないのかもしれない。電話の誕生で少し感じました。電子メールでまずいかもと思いました。Twitterの普及が人間を滅ぼさないとよいと思っています。

差別されることは、ずっと前からだから、慣れているといえば、そうなんだと思う。けれどもそれは、あらためて驚きはしないということで、何も感じないというわけではない。何も感じないわけではないこと、大事。苦しくも、閉じないで、まだ出会っていない仲間に逢う日々を歩もう。

簡単に「正解」なんか出ないし、誰も知らないし。っていうのは、何もこの頃のことではなく、ずっと昔からのこと。「正解」なんかがあるなんて、ほんとかね?と、縄文時代と同じような歩幅で歩くのさ。

被災地とは、どこで
被災者とは、だれか。
事故現場は、どこで
被爆者とは、だれか。
テレビもツイッターも
全部消して、
当事者としての自分
生活者としての私。
この列島に暮らす
私たちの
まだ二年の道程。
まだまだ。

まだ2年。
復興も収束も、
ぱぱっとできるわけではなく、
粘り強く、つながり広く。

今日は、東松島・仮設住宅集会所学習支援はお休み。あちこちで、卒業式。

2013.03.10

20130310.jpg思い出ブック作り(3/07)今日は「さようなら原発inいしのまき」実行委員会に参加するため、石巻に行きました。4/28に予定している集まりです。去年も実行委員でした。今回は、プロジェクターとスクリーンとMac持っての参加でした。

戦闘中なら、早退できません。
ちょいとコンビニもってのほか。
怪しい人は、殺すこと。
怪しい人とは、全ての人。
パスポートいりません。
お金なくても、銃がある。
戦闘中なら、奪うばかり。
奪うとは、奪われること。
殺すとは、殺されること。
武力行使とは、平和放棄。

Twitter・Web・mail、6割iPad、2割iPhone、2割MacBook。辞書同期できると聴いて15年ぶりに「ことえり」使用(EGブリッジ、かわせみ愛用)してみました。MacBookで進化実感。しかしiPad初代はiOS6にできないから同期不可能。がっかり。

2013.03.11

20130311.jpg六年生を送る会(3/06)大きな川のそばで授業。ちらちら魚影が気になる。でかいのが来た。授業中だったけれど、川に飛び込み、大きな鮭を抱きかかえた。軒に吊るして、授業を続けた。という夢を見ました。

2:46までの「日常」を思います。2011.3.11の朝は、普通に新聞読んでご飯食べて学校に行ったのでした。そして、学校から帰ってくるときは、普通ではなかった。今日学校仕事山盛り要残業だと思いますが、なるべく早く帰宅しようと思います。あの日、あの夜、独りは辛かったから。

1月佐賀での全国教研で、宮崎の先生が子どもたちと牛の絵が描けなかったときの辛さを語っていました。私はとても胸が打たれました。口蹄疫の事件をとても遠いことの思っていた自分に気付き、はっとしたのです。実際に会って聞かないと気づかないことがあるもの。これは、会って聞けば気付くことができるも言えること。今日は3.11。

本当は帰りたいさ。けれども、食えない道草の通学路。帰りたいけれど、不安を拭えないこと。ましてや、原発を益々推進する人たちに「大丈夫」と言われても。

震災から2年の距離感よりも、昨年からの1年に驚いています。昨年は、郡山でした。障子幟持って、デモの中。急ぐ帰宅は新幹線。月が輝いていました。震災・郡山・今が、等間隔にあること。それを理解するのが難しいのです。震災後の1年のどうしようもなさ。その次の1年のあれこれ見えてきた当惑。ああ来年は。

今日午後から、声が出ません。喉は痛くないし、熱もありません。風邪だと思います。けれども、感情の高ぶり及び沈みによる心因性も、私のことだから、考えられなくもないのです。マスクして眠りましょう。ああ、2年前の今夜、忘れない。今夜が、あの夜でなくてよかった。

2013.03.12

20130312.jpgジャングルジム(3/12)山を登る。深い森。ヒグマに会わないようにと思っていたら、子どもたち。地下鉄で来たという。すると、ヒグマの子ども。喜ぶ子どもたち。大変だ。急いで何とか山を下りなくては。ヒグマはついてくる。もしも指をかじられても保健室はありませんと言う。腕でも同じ。地下鉄の駅を目指すという夢を見ました。

2年前3/12の朝。明るくなり、本当のことだったんだと思いました。何が起きているか分からない中、再び闇がやってくる前にできるだけのことをしなくては。そう思いつつ、気力なんてないのでした。気持ちだけ忙しく、ニュートラルギアのままアクセル全開にして排気ガスで咳込む感じなのでした。

永く生きていると、記念日が増えてくる。
皺は深くなり、腕は上がらなくとも、
歩幅は変えない。変わらない。

2013.03.13

20130313.jpg百人一首でドミノ(3/12)宮城県美術館特別展「はじめての美術」4月6日〜5月12日のポスターが学校に届きました。ぴちこちゃんの結婚が、とても懐かしく感じられました。

私はクリスチャンではありませんが、きっとマリア様を踏まないです。踏ませようとする人たちに服従したくないから。ヒトラーもヒロヒトも踏みません。悪口社会、分断システムは、ごめんなのです。

3/11前後の体調崩し脱するため、本日も9時間睡眠としましょう。小学2年生には「大人なんだから、10時まで起きてなさい」って言われたけど、寝るんです。

2013.03.14

20130314.jpg六年生を送る会(3/06)深夜、強風で目を覚ます3/14午前3時。パジャマの上にいつものやつをもう一枚着ます。ああ2年前なら、と考えます。いつもの場所でないところで命灯す夜、この風に折られてしまう人いたかもしれません。しかし今日、私は布団に包まっているけれど、全員がそうとは限りません。宮沢賢治さん想う夜です。

全く絵文字は使いません。!もなるべく使わないようにしています。(笑)やワロタの類は、決して使わない。自分で声にして伝えられる言葉。文字だけでも自立できる言葉。探し続けて、甘えない道。

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。宮沢賢治さんが書いていました。きっと一部分だけの「幸福」がちらちら。そして「不幸せ」もその傍らに。見えない人も、見ぬふりの人も、それどころじゃない人も。
多少の犠牲もしょうがないと、軍曹は暖かな部屋から駒を進めます。今夜も。

2013.03.15

20130315.jpg中学生(3/15)二年前は、ガソリン不足。自転車で学校へ行きました。10kmちょいの田んぼ道。きっとそこでも被曝したことでしょう。ただ、すれちがう人と交わす挨拶は、心の支えになりました。あれからまだ二年。

今日は、卒業した中学生とおしゃべりできて、ほっとしました。春風だったな。ありがとうね。

私は、正義から遠いところで暮らします。
それは、不正義からも遠い雑踏。
けれど、季節の風通る野山。
指図受けずに生きるのは難しいけど
間違えながら、嗅覚に頼るのです。
己が経験は、血となり肉となり
言葉となり、歌になる。
ここが私の暮らす場所と
あいかわらずうろうろするのです。

2013.03.16

20130316.jpg脱原発デモ(3/16)おじいさん主役。孫娘救うファンタジー映画。脚本とカメラ担当。水槽の中、マクロ撮影。極力CGなし。信号機が要。猿の香りしたザリガニ。というのは、今朝見た英語の夢。ときどき英語の夢見るんです。

午前中、学校で仕事をしました。そして午後〈福島原発事故を忘れない 女川原発再稼働を許さない! 3.16みやぎアクション〉に参加しました。たくさんの人と挨拶してお話しました。来月の〈さようなら原発inいしのまき〉のことも相談したり誘ったり。

デモでは、いわゆる右翼団体街宣車が来て嫌がらせ的なマイクの使い方をしていました。藤波心さんが「ふるさと」歌うときくらい静かにすべきだったんじゃないかと思いました。国を守ることを目指す人たちは率先して放射能から国を守ってほしいと願うからです。デモの横で罵声を発する彼らでしたが、警察が逮捕しようとしたら抗議しようと思っていました。全員で脱原発です。

脱原発デモは700名参加。私はいつもと同じでジャンベ叩きでした。途中雨降りでしたが、ドンマイです。夜の講演会には参加せずに帰宅します。帰り道の花撮りました。

「差別するつもりはなかった」
といっても差別。
むしろそれこそが、差別。
「いわれなき差別」
という言葉を耳にするけれど、
どんな差別も、差別。

されると憤る。
していても気付かない。
人の暮らしを丁寧に。

誰かが傷つけられるのを
(しょうがない、あの人は)と
自分にされたら嫌なことを
そのままにする。
誰かを遠ざけることは
自分も誰かに遠ざけられること。
挨拶して
挨拶を返されない
ほんの一瞬のことも。
誤解と理解と無関心。
ゆっくりとお茶をいただき
雲を眺める柔らかさを。

iPhoneでTwitter。設定でフォント大きくしたら、とても幸せになりました。ああ「らくらくTwitter」世代です。

2013.03.17

20130317.jpgR1100GS(3/17)バイク(R1100GS)の車検で仙台へ行きます。代車のK1200Rは、クーペです。これもありなのですが、クマゲラ号に乗ってホッとしました。自分の家に帰った気持ち。やっぱり畳が一番って感覚。車検の関係で数年ぶりにタンクカバー取って、赤タンク。
マイバイクうれしくて、帰り道、山にも登ってしまったのでした。

思ってもいないこと
ってのが、少ないのは
旅したおかげ
出会ったたまもの。
会った人
見た風景
心に届いた音
あれこれさらされて
世界が広がっていく。
思い込むよりは
現場に行こう。

2013.03.18

20130318.jpg壁の絵(3/18)卒業式の前日に職員会議が急に設定された。しかも授業カット。しかも子どもたちも参加。みんないつもの席に着く。計画的にというのに、なぜこんなに計画的でないのかという意見。という夢を見ました。

青森で教研。駅まで歩くはずが岩手を通り山形まで雪の道。人一人分の道。山が近いが坂ではない。難しい横断歩道。大きなテントで少年「足に縛るのはやめて」と泣く。おばさん犬の綱縛る。犬ぞり練習。ある犬が私の右腕に噛みつく。怖がったら離すらしい。痛くないので怖がりたくないたくないという夢も見ました。

作文ノートを「思い出ブック」としてまとめています。思い出を綴るだけでなく、友だちの名前を書いたり、将来の夢を記したりします。表紙は色画用紙などでハードカバーにするのですが、今日は黒板の上の絵を下ろして、みんなで解体しました。春にみんなで作った絵です。色紙を作って切って貼った作品。そのパーツを「思い出ブック」装飾に使うのです。黒板の上が寂しくなって、ますますさようならが近づきます。

2013.03.19

20130319.jpg滝乃湯(3/19)今日は、卒業式です。6年生は、私がこの校舎に赴任したとき、まだ3年生でした。2年生から3年生になったばかりの子たちが、職員室前のベンチのところで「新しく来た先生ですか」って声かけてくれたこと、私は覚えています。あの子たち、逞しくなったなぁ。凛々しくなったなあ。たくさんの感動をありがとう。卒業おめでとう。

夕方に福岡から青年が訪ねてきました。大阪の教員仲間の妹さんの息子さん。高校を卒業したばかりのHさん。被災地を訪れたいとのことで、お迎えしました。初対面です。きっとドキドキしていたことでしょう。松山町駅で迎え、そのまま温泉に行くことにしました。沖縄そば食べて、語らいながら鳴子に向かいました。鳴子温泉の温泉神社で駐車したら、階段は雪! 長靴を貸して、滑りながら下りて、滝乃湯に入りました。ゆっくり浸かりました。温泉の中で話していたおじさんたちの会話がよく分からなかった福岡の青年は「日本語だろうか」と思ったのでした。家に帰り、ほっとして眠るホームステイの夜でした。

久々に古川の沖縄そば。福岡からのホームステイ青年と一緒。

鳴子温泉 滝乃湯。ふ〜

2013.03.20

20130320.jpg相川小学校(3/20)学生時代付き合った女の子に花火観に行こうと手紙を書く。隣に連れ合い。「何書いているの」と聞かれ、「君へのプレゼントだよと」嘘をつく。上機嫌な連れ合いが「見せて」と言う。「秘密だからダメ」と隠す。私の顔に(嘘)と書いてある。「見せて」「ダメ」の繰り返し…という夢を見ました。とっても疲れました。

今日は、津波被災地ツアーです。昨日福岡から来ているHさんとトラに乗って出かけます。朝食はHさんと一緒に作りました。この春から大学生として自炊生活を始めるとのこと。なかなかの手つきで素晴らしいと感じましたよ。

さて、出発。登米を回って、志津川へ。復興商店街に寄りました。そこから相川小学校へ。校舎に入れるようだったので、屋上まで上がり、海を見ました。体育館を見下ろしました。大川小学校に行きました。記念碑ができていて驚きました。石巻市立大川小学校。雄勝を通って、女川へ。病院のところでカレーを食べました。日和大橋を渡って、門脇小学校に行きました。日和山に登りました。野蒜に行き、東名の地盤沈下した街を見ました。東松島 東名。宮戸の浜を巡って、日が落ちました。

温泉が好きなHさんのリクエストに応えて、中山平に行くことを考えましたが、帰宅が深夜になってしまうことが予想され、私の体力が持たないので、三峰荘に変更させてもらいました。帰宅して、明日のオニオンスープを作りました。Hさんにも手伝ってもらいました。写真CDを作りました。深夜に眠りました。Hさん、津波被災地を訪れ、感じるものあったことでしょう。

2013.03.21

20130321.jpgオニオンスープおかわり(3/21)朝、福岡から来ているHさんを松山町駅まで送り、学校に向かいました。わざわざ来てくれてありがとうございました。迎えることもまた旅なのだと感じました。感謝します。

昨日作ったオニオンスープを学校に持っていきました。鍋二つ分のオニオンスープです。2年生に約束していたオニオンスープです。学芸会で創作劇「虹〜もも村たまねぎ村の物語」をしました。その中にオニオンスープを飲む場面があったんです。劇ではアップルジュースを使いました。そして「寒くなったら私がオニオンスープをごちそうします」と約束したんです。明日が修了式。今日はお弁当の日。というわけで、オニオンスープ。みんな喜んでおかわりしてくれて、とても嬉しかったです。ちなみに、劇の中で歌ったオニオンスープの歌は、こんなのでした。

あなたは知ってるかい
ことこと煮込んだオニオンスープ
あなたは知ってるかい
ほんのりまろやかオニオンスープ

2013.03.22

20130322.jpg大根抜き(3/21)今日が小学校の修了式。二年生のみんな、一年間たくさんの感動をありがとう。一年とは思えないのは、いろんなことあったから。みんな、成長したから。

そして午後に異動人事の校内発表。一気に世の中が変わります。ドミノ倒しの一枚が倒れて、今年度から次年度への慌ただしいカウントダウンが始まるんです。

夕方、古川での脱原発デモに久しぶりに参加しました。

出会った一人。
隣の誰か。
たまたまのその人。
あなたの一言で
ほっとする人がいるということ。
それが、希望。
一気にどばっと
大きな幸せ望むべからず。
あなたの一言。
あるかないかで
世界は変わる。
でも、
世界変えるつもりのあれこれは、
たいてい輝いていないものだ。

「君が代」への起立斉唱を強制するものではないと制定時言われていた「国旗国歌法」。反故にされました。TPP反対と投票前は言っていた政党。反故にされました。日本の農業を守るという言葉を、どうすれば信じることができるのでしょうか。

2013.03.23

20130323.jpgからっぽの教室(3/21)学校みんなで避難。小さい部屋に3人ずつ。寒くて布団に入ったまま。机置く場所もなし。お漏らしした子のベッドの下にブルーシートを敷く。大きなホールに水がたまっている。移動するとき泳ぐ。という夢を見ました。

今日は、仙台で放射線被曝から子どもを守る会・教職員部会の集まりに参加します。その後は、名取で介護です。風が強いので東北本線の運行状況が心配です。
久しぶりにタワーレコードに行きました。CD買いました。トーキングヘッド、PSY-S、そしてアイルランドものとブルガリアもの。
介護からの帰り道。2年生に「はらちゃん見てね」と言われ続けて、結局一度も見られなかった私です。ごめんなさい。

Facebookで、教え子いっぱい発見します。「友だちリクエスト」迷惑かな〜と考え中。何人かとは、やりとりしているのですが…

2013.03.24

20130324.jpg鳴子・西多賀旅館(3/24)連れ合いぴよさんと、川渡の「公立学校共済組合 鳴子保養所 玉造荘」に行きました。保養券でご飯を食べました。牛タンや卵など買いました。温泉には入らず、鳴子に行って、いつもの西多賀旅館のお湯に浸かりました。ほっとしました。

震災以来初めて、居間の模様替えしました。窓が近くなって、連れ合いさんは「電車みたい」と言います。ま、このまましばらくですな。

「ぼっけもん」何度も読みました。似たようなこともありました。起きました。荒井由美の「卒業写真」が流れてくる感じでした。漫画家・いわしげ孝さんのご冥福を祈ります。

迷わぬ大きな前進より、考えながらちびちび一歩一歩ですね。

自由なんて生まれつき
僕の皮膚から3cm
取り囲んでる透明なやつ
けれども規制が多すぎて
僕は歌ったり描いたりのありさま
目指すほど遠くない
お金出して買うんじゃない
ほつれたら直しなさい
経年変化でいい味出てきた
自由なんて生まれつき
妨げるチクチクやり過ごして
ほら、あなたも

かつて20世紀なら「それはないだろう、人として」ということ。「実行力」「粛々と」「法に基づいて」とやすやすと行われてしまうこの頃。かつて名乗り合い刀振るった果たし合い。鉄砲使う卑怯者の登場を思います。手段を選ばないことが人間の進化だとしたら、人肉食にだってあと僅かになってしまうでしょう。

2013.03.25

20130325.jpg相川小学校(3/20)人のジャンル分けは難しいです。ましてや考え方でとなると。「真の〜」「偽の〜」とか。自称を認める流儀なんです、私。

鉛筆くんの歌作った。イライラしてカミカミしてごめんなさい。の歌。雪の坂道登って、黄色いギザギザのピック持って。ギターのチューニングに手間取って。という夢を見ました。

漂うけれど
流されず
吹かれるけれど
飛ばされず
批判はするけど
悪口言わず
美味しいものは
みんなで分けよう
ちっちゃい一歩
あちこちうろうろ
休みながらもとどまらず。

2013.03.26

20130326.jpg大川小学校(3/20)カウンターカルチャーって、武器持たぬ民のもの。抵抗って、人々のもの。武器持つものたちが、カウンター。それは、単なる暴力・弾圧。

今、生きている人がみんな死んじゃったその後で、ヒロシマのこと、ナガサキのこと、日本国憲法のこと、水俣病のこと、炭鉱閉山のこと、鰊漁できなくなったこと、東京電力福島第一原発事故のこと、ちゃんと伝えられ続けるように、私は余生を送るのです。あと半世紀の余生。

以前夕張でもらったおじいちゃんの腕時計が出てきました。振るとぜんまい巻く仕組み。時刻合わせて明朝ちゃんと動いていれば現役としましょう。驚いたのはベルト。炭鉱に入っていたおじいちゃんは骨太の印象だったのに、私の腕にぴったりだったんです。孫からみる大きな祖父像。孫も48歳。

ゆっくり近現代史の学習したいです。ゆっくり外国語のLessonしたいです。けれども、時間外でも支配されている労働者。なんとかしなくちゃいけません。「ジャンクリストフ」を読み返したいですなー。

大きめの石を転がし
蟻の巣見つけて
それだけで充実
蟻は大迷惑だっただろう
でも、すっかりダメダメじゃ
なかっただろう
やれやれとぼやきながら
何とか復旧はかってた
ごろりと戻す石は
かえって迷惑だったかな
あんな日々のあんなこと
今の私の一部分
蟻にありがとうだ

2013.03.27

20130327.jpg東名(3/20)今日は、諸表簿提出。特別教室整理。図工準備室に置いていた絵本など私物を車椅子に積んで昼休みに持ち帰り。午後も片付け。夕方に、提出文書直し。夜に、明日の職場送別会準備。あちこちにお手紙書かなきゃいけないのに後手後手になっていて、気になるけれど睡眠も取らねば。ああ

少年時代から身の置きどころ常にアウェーで、差別され疎まれ続ける日々にはほどほど慣れているつもり。迎合せずお呼びじゃない環境は辛いもの。でもそれが私の存在意義と…これでなかなか頑張ってきたんです。心開いてその分傷付き、それでも閉ざすより良いぞと自分褒めていたけど、これでいいのか。

聞いたことない鳥の声
どこから来たの
誰に習ったの
昨日よりも春
かと思ったのに
冬と春を
行ったり来たりだ
大陸の風
大洋の雲
回る星の上で
今日も朝ごはんを食べよう

2013.03.28

20130328.jpg離任式(3/28)今日は、朝に小学校の離任式。昼前に児童机椅子の教室移動。昼後に職員室の席移動。夜には送別会。送別会の係としては、フランス料理のコースゆえ、スピーチと料理の出されるタイミング(そして食べる時間)が気になったりする、そんな本日です。

離任式後の送別会二次会から帰宅。人生全部一期一会。同僚の歴史紐解く夜でした。人生に無駄も回り道もなし。全部、今のため。そう感じる月夜です。

2013.03.29

20130329.jpgY先生から2年生全員に(3/21)今朝、ツバメがやってきました。涌谷大橋で見つけて、嬉しくなりました。

震災被災地の現場に立ってみてくださいと、全国あちこちで話してきました。春分の日は、福岡の高校卒業したばかりの青年を迎えました。明日は、美術教育分科会で出会った姫路の教員を迎えます。

法に基づいた差別。
ルール通りのいじめ。
誰かを見下し、貶め、
追いやる「法」や「ルール」。
それらを放置しない一歩。
誰もがとがめないでいる暴力に、
迎合しないことから。
おかしなことには、頷かない。

2013.03.30

20130330.jpg消しゴムはんこ作り(3/30)姫路のGさんと熱く語らいながら、鹿島台から登米経由で志津川、相川小学校、大川小学校、雄勝、女川、石巻、野蒜、東名、宮戸と回りました。仮設住宅集会所の学習支援にも参加していただきました。ああ、全国あちこちに仲間がいるという喜び感じました。ありがとうございました。

南三陸町志津川の戸倉の線路あったところ。
志津川。商店街の千葉さんの海苔、うんと美味しいです。
石巻市立大川小学校
女川で食べたカレーライス。病院のところのはじっぽでやっているお店。訪れる度に行きます。おいしいよ。
石巻市立門脇小学校
東松島の仮設住宅集会所の猫(うめ)。プリンタの髪の毛にちょっかい出したくなる気持ちは分かるよ。
東松島の仮設住宅集会所の猫(にゃんこ)。遊んでくれて、ありがとう。
東松島の仮設住宅集会所の猫(にゃんこ)。鏡は気になるさね。
東松島の仮設住宅集会所で学習支援。そのときの、うめさん

国府多賀城駅で握手して手を振りました。私は、そのまま名取へ。介護をして、深夜に帰宅しました。今日も感動充実でした。

2013.03.31

20130331.jpg大川小学校(3/30)今日は「さようなら原発inいしのまき2013」実行委員会があるので石巻に行きます。いよいよ一月後です。実行委員会では、また出会いがありました。感謝ですなぁ。

脱原発に異議唱えられたことがあります。けれども私、被爆者として原子力推進を絶対止めたいのです。自然を奪われ、健康を蝕まれたこと。今回で終わりにしましょう。「もうやめよう原子力」私のスローガン。繰り返してはならない。その可能性残してはならない。「もうやめよう原子力」

気付いてみると、白鳥がいません。そして、ツバメが飛んでいます。ああ、今年も白鳥にさようならを言えなかったという気持ち。田おこしに春風が牛糞を撒き、梅の香りも少しだけ。カエルが復活して、恋の歌をあっちでもこっちでも響かせ始めたら、半袖もう少しです。

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今までの日記

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