2013.08.01

20130801.jpgカマキリ(7/30)姫田忠義さんが亡くなったことを知りました。「野のある」ことの意義を、私は姫田さんの作品・著作から学びました。感謝します。ご冥福をお祈りします。

最高気温23度の宮城県。来週には猛暑が始まるらしいので、涼しい中で集中してやるべきことをやらねばならないと思っているところ。暑くなるとできなくなること多いから。ああ、まるで北海道の夏の夜の肌触りだ。日記更新よりも部屋の片付けを優先しよう。涼しいうちにしよう。

2013.08.02

20130802.jpg微温湯温泉(8/02)休暇を作ったので旅に出ようと思います。やらねばならない宿題はありますが、借金ある人もご飯を食べなくては生きていけない。宿題ある人も旅をしなければ生きていけない。そんな言い草40年。
伝え人、語り部商売、継ぐこと生業の私です。放射線量が非自然な山、海、町。学んできます。

宮城県白石市 懐かしい中華亭に到着。宮城県大崎市から福島市へ。やっぱり空間線量上がりました。
福島 微温湯へ。電波届くかな。福島 微温湯温泉
福島 微温湯温泉で「これからはあるくのだ」(角田光代 文春文庫)読了。全て湯船の中で読むというのは、初めてのこと。

2013.08.03

20130803.jpg郡山市立美術館(8/03)2時間温泉に浸かり布団に入ったら、静かな森に吸いこまれ、けれども逮捕される夢を静かに見て、ムカデが文庫本に忍び込むのを見ていたつもりも夢の中。遠い部屋の誰かの咳に、仮設住宅の話や中国の残留毒ガス弾を思う深夜。いつでも現場に足運びたい私は少年時代から何歩歩んだか。吾妻山の森の中。

学生時代に自分に課したことは、孫引きしないこと。引用の引用はやり過ぎということ。見てきたようなことを、見てきたように言うのは、恥ずかしいことだ。恥ずかしいことなんだ。小田実や本多勝一を少年時代に読んだ。炭鉱事故とその周辺で生活していた。少年だった自分に恥じぬよう、生きたい。

旅の途中で角田光代さんを読むことが多い。痒いところに手が届く。普段触れずにそっとしていたものにまで手が届く。愚痴吐かないたちだけど、つい言えそうな気になる。ことに一人旅の途中の角田光代さんはいかん。妙な妄想をいつも以上に拡げがちだ。小説がころっとできそうな夜だ。

悪い奴とは、仲違いの仕掛けを作っては放っている者たち。命令下しいる者よりも、見えないところでニヤニヤしているか。
絡まったごちゃごちゃは、面倒臭いから切ってしまいたくなる。けれども、せっせと静かに解く人を見習おうと思う。雄弁な誰かはマイクを離さない。

福島市桜本字温湯 微温湯温泉 茅葺屋根 蝉鳴き出して朝が来ました。息継ぎせずずっと鳴き続けています。そう言えば、口で鳴いていないんだもんね。今朝の微温湯温泉
Radex1503 微温湯温泉から郡山に移動中。吾妻山林道 0.17 国道4号分岐 0.22 道の駅安達 0.28 単位マイクロsv 1mの高さ。ベンチに置いたらどんどん上がってしまった

郡山市立美術館でワークショップのお手伝いをさせてもらいました。昨年富山でお会いした美術の先生に聞いて参加したワークショップ。子どもたちとゴム鉄砲を楽しみました。楽しかったです。首からぶら下がっているものに、はっ!とさせられました。昼に「滝平二郎展」を観ました。むしょうに版画を作りたくなりました。八郎! まめ太よりも、あやにぐっときました。知っているのに、涙が出そうなのは絵の力、物語の温かさなんでしょうね。おっぱいを我慢する双子のにいちゃんの涙は、ぐっとくる。
午後もワークショップのお手伝いをしました。なんと昨年、出前研修で私が通う学校に来てくれた東京の先生と再会。びっくりしました。学芸員さんや先生方と語らうことができて、感謝感謝でした。H先生、どうもありがとう。

郡山市立美術館で充実した時間を送りました。奇遇の再開も。ワークショップ片付け後、いわきへ。今夜はこいと旅館さん。食事は夜の街ぶらして、一人焼き肉。ほっとひととき。

8/17石巻ワークショップで、鳥、魚、花のモチーフを設定しようかと思う。大きな人の顔があってもいい。クジラも泳がせたい。イメージが膨らみます。遠い港で花火大会。遠い花火は、少し寂しいですね。

トランペッターJR湯本駅前

2013.08.04

20130804.jpgアトムふくしま(8/04)今日は一日いわき周辺散策です。贅沢に温泉旅館に連泊です(夕食なし)。石炭化石資料館、小名浜、Jビレッジ方面をバイクでうろうろします。

いわき市石炭・化石館。夕張出身ですから。
いわき市石炭・化石館。期待以上。
いわき市石炭・化石館
一酸化炭素は怖いです。でも、この白い服は、別な怖いものを連想させます、今は。
いわき市四倉でも揺れました。久しぶりに警報(宮城県)聴きました。この辺りでは警報でないかな。

楢葉町までくるとさすがに空間線量高いです。0.57
楢葉町。JR常磐線 東京電力第二原発のあたり。空間線量1.0 RADEX RD1503 さっきからなりっぱなし。JR常磐線 富岡駅楢葉町。RADEX RD1503と一緒にあちこち歩き、分かったこと。高いところは高い。低いところは低い。その分布はかなりバラバラ。一概に安心とも、一概に危険とも言えない。

夜には滞在できないエリアをうろうろしていると、警察に職務質問されます。南相馬でもそうでした。今回も同様。夕暮れになり、あわてていわきに戻りました。

夕風呂後、そのまま眠ろうかと思ったものの、出かけてみることに。お好み焼き屋さんに入ったら、若者カップル計4人とおじさん2人、若い親子3人。角田光代さん2冊目と一緒に飲むかと思っていたけど、聞いてて飽きないおしゃべりなのだった。
地震トラウマ数知れず。旅先の宿で停電想定、ゆっくりする。せずにはいられない。

2013.08.05

20130805.jpgあぶくま洞(8/05)今日は、宿を出て、いわきの炭鉱跡を巡りました。そしてとことこと走り、あぶくま洞に来ました。 やっと来れた!って気持ちです。 田村から飯館経由で帰ります。東北道に乗り、三陸道に移り、久しぶりに雨に打たれて帰って来ました。ああ、ツーリングだったな〜

2013.08.06

20130806.jpgいわき石炭・化石館(8/04)久しぶりに雨に打たれてシャツを絞りました。家で眠り、困ったことだらけの夢を見ました。福島への旅を終えてしまったので、今日は家事です。ヒロシマの時間にはテレビを付けます。もう何年も行っていない8.6です。テレビを見ていて、安倍総理スピーチ後の拍手が少ないように感じました。

福島を旅した。出会いも再会も職務質問もあった。自分で足を運ばなければ気付かないことってたくさんある。そう気付く旅。人間らしい暮らし。自然を大切に...の意味。行き続ける意義。今生きている人が全て死んじゃった後にも、2011の人類の姿は伝わるように、見てきたことを伝えようと思う。

最近気付いた。
私は「信じられない」を使わないことに。
悪くないねと、思った。

雨が降り始めたら、億劫な仕事を始めるつもり。
でも、なかなか降らない。
嬉しいような、落ち着かないような。
どれ、ちょいと腰あげっか。

映画「あなたへ」を見ました。ふむふむな初老軽キャンパー子どもなしの私でした。

頑張っている人に
頑張っている分の賃金上乗せする
という仕組みを無くしたいです。
みんな同じでいい。
休む人も、頑張れる人も、
調子でないひとも、仕事覚え始めた人も、
みんな同じ。
出産や病気のときも同じ。
みんないろんなときがあるから。
そんなお互いさまを、取り戻したい。

2013.08.07

20130807.jpg楢葉あたり(8/04)ああ、とうとう本当の夏、30度以上の本気の夏が来た。
このホワイトクリームはエピローグ。
暖簾を覗いたら、濃い青空が
今は息をひそめている油蝉と一緒に
分厚い熱気を押売りに来る。
ああ、とうとう来てしまった。
嬉しくも苦しくも、本当の梅雨明けだ。

やっと30度越えの夏が来てくれました。畑仕事、ペンキ塗り仕事、バイクの洗車もして、風呂上がりは、庭でサッポロクラッシック。ふー

今年もまたどこでどうしたんだか、うるしかぶれの疑い。夕張時代はそれはそれは凄かったですが、おじさんになったためか、大爆発(暴走)することはなくなりましたな〜

「田舎者!」が悪口になる歴史を研究したいです。
「都会者!」が悪口になったことはあるのでしょうか。
夏休みの自由研究。というより、社会学の卒論にならないかな?

2013.08.08

20130808.jpg楢葉あたり(8/04)人殺しの「規制緩和」(良心放棄)は、国会に委ねられない。人々としての私たちが、殺さない殺されない明日を、子どもたち孫たちのためにも、ちゃんと手にしよう。奪われない日常を生きよう。音楽も美術もダンスも演劇も施政者たちに飼いならされない自由を決して緩めない。自由を手放さない。

日中気温30度くらいあって、暑い暑いって言って、アブラゼミがうっとうしくて、日がくれると、20度くらいになって、秋の虫があちこちで歌って、という夏が、よいですなー。

2013.08.09

20130809.jpg叶わなかった握手会(8/04)部屋の窓全部開け放って眠り
鳥の声と冷んやり風に目を覚ます。

子どもの頃、家族の誕生日の次に覚えました。
8.6ヒロシマ
8.9ナガサキ
8.15敗戦記念日
今日は、長崎の日。
戦争始めない誓い新たに。

座礁タンカーから原油漏れ出して何とかフェンス作ったりすくったり。黒い油に鳥が羽ばたけなくなったり、亀が砂浜で立往生したり。そんな事件。あふれ出る原油に限りがあってよかった。もしも原油が限りなくあふれ続けるなら…。東京電力福島第一原発、制御されていない核物質。全ての英知を。

自分は傷つきたくない。誰かはしょうがない。
と思うときの「誰か」と、旅すれば会えるだろう。
差別しない自分を探しながら、学ぶ。
学びながら、きれいごとではない輝くものを
少しずつ見つける。それは誰かと分けられるもの。

今朝から部屋片付け。二階の本棚を一階に下ろして、本整理。ブックオフに持って行って、3540円。思い出いっぱいとさよならして、初めて入ったBigBoyで一番安いものを注文したところ。充実って言えば充実ですな。

これから宮城県大崎市古川、脱原発デモ。来週は土曜日15時だそうです。石巻でのコンサート、ワークショップの告知させてもらいました。

本日模様替えしたりなんだり。家中(リアル全部屋)引っ越しした当日夜状態。ブックオフ行って本さよなら、脱原発デモして、夕空見ながら帰宅、シャワーして、何というか途方に暮れ、缶ビールを(珍しくグラスに注がず)飲み、さぁて明日にしますかねぇ。とりあえず連れ合いが帰宅するまでには完璧に。

2013.08.10

20130810.jpg楢葉あたり(8/04)夏風邪。熱あり。連れ合い帰宅までに、部屋のごちゃごちゃ何とかしようと、もう思わないことに。長袖長ズボンパジャマで、集中して治す。

共育を考える会「このゆびとまれ」にシリーズで寄稿していたものの最終回原稿です。

学校現場から見る「教育改革」3

「個性を伸ばす」とは
(1)制服のこと
 私が小学生だった40年前、夕方テレビを付けると青春ドラマの再放送をやっていました。たいてい高校が舞台でした。生徒の側に立つ熱血漢の若い教員が主人公でした。ラグビーや剣道に打ち込んでいる設定で、主人公はみな大声で話すのでした。生徒の気持ちを解さない教員も登場していました。気持ちを解さない教員はたいていネクタイ姿でした。主人公は、大人社会のあたりまえに疑問を投げつけたり、友情や恋愛に理解を示す設定だったように記憶しています。大人が押し付ける画一的なことをはねのける姿に、私は清々しさを感じていました。ですから鎌倉の江ノ島に行ったとき、砂浜を「ファイト!ファイト!」と叫びながら走ろうかと思ったものでした。
 私が高校生だった35年前、靴下の色、髪の毛の長さ、コートの色など、いろんなことが細かく決められていました。しかも決めるのは大人で、生徒である私たちは従うだけでした。制服は、学生服(学ラン)でした。詰め襟の学生服をそのまま着ることはかっこ悪いことでした。「不良」の間で、流行が長ランから短ランへと移る頃でした。長ランとは丈の長い学生服(学ラン)、短ランは短いもの。私は「不良」になることができず、学ランを改造したり髪に剃り込みを入れたりしている同級生を羨ましく見ていました。大人に言われた通りにしなくてはならないことへの窮屈さ、それに屈する不甲斐なさ。みんな同じでなくていいじゃないか!と心の中だけで叫んでいました。大きな都市の進学校には制服がなく、自由な服装だったことも余計に劣等感を煽るのでした。

(2)個性の重視
 私が大学生だった30年前、みんな同じにしなくてもいいじゃないか!という考え方は、私にとっての「あたりまえ」でした。それが「自由」でした。ですから「画一的であること」は、自由と反対の意味合いを持っていました。みんな好きな服を着ていい。みんな好きな髪型でいい。それぞれの違いが個性だ。個性を殺すような画一的な押しつけは、戦争への道だ...そんな風に考えていました。
 ですから、中曽根内閣・臨時教育審議会(臨教審)が「個性の重視」を打ち出したとき、どう対応していいか迷いました。臨教審は「物言わぬ教員作り」を進めるために(前回書いた)「指導力不足」教員排除制度などを押し進めていました。私にとって臨教審は敵でした。そんな敵が「個性の重視」と言うのです。「教育の自由化」というフレーズもありました。
 個性を重視するとは、一人一人の違いを重視することに違いない... 画一的な押しつけが緩和されることになるに違いない... 「個性の重視」というのは大変よいことではないだろうか。私は、戸惑いました。

(3)よい「個性」
 戸籍研究家の佐藤文明さんがかつてこう言っていました。「名前にはラベルとレッテルがあります。ラベルは大切。でもレッテルはいらないんですよ。」 自分のことを自分で表すことは大切。互いに尊重し合うべきこと。けれども、誰かのことを本人以外が何かにと決めつけることは慎むべきこと。夫婦別姓を進め婚外子差別をなくそうという集まりで聞いたお話でしたが、私は文明さんの話をいろんな場面でよく思い出します。名前だけでなく「個性」にも同じことが言えるのではないかと、今考えています。
 さて、臨教審の「個性の重視」は「政府が重視したい個性」を重視することでした。子どもたちが画一的では、政府や経済界としても困るのです。みんな同じではなく、エリートを育てよう!という意図の「個性の重視」であることはほどなく理解できました。「画一」は「平等」と共存してきました。みんな平等であることを取っ払って、「使える」個性をピックアップすること。「使える」個性重視とは、能力主義と言い換えられるかもしれません。やっぱり政府の教育改革は、政府のためのものなのだと思い知りました。
 自らが大切にしている自分自身。それを互いに大切にし合う社会を、私は追求したいです。レッテルとして規定される「個性」ではなく、自らが私らしさとして掲げる「個性」こそが、大切にされるべきですね。ですから、誰かにわざわざ「個性」を伸ばしてもらうことなどないのです。ひょっとするとわざわざ「個性」などという言葉を使うこともないのかもしれません。あなたはあなたのままでよい。私は私のままでよい。そして、あれこれ経験重ねながら、いろいろ変わって行く。人生深めていく。「それでいいのだ」という感じがしています。

5 どんな「よい」ことがあるか
(1)夏
 「教育改革」で何がどのようによくなるか。または悪くなるか。「このゆびとまれ」に書いてみようと思ったのは第2次安倍政権ができたからでした。国防軍、憲法96条改悪、領土問題...これはまずいぞと感じた冬のことでした。これを書いている今日は、参議院議員選挙を終えた夏です。私の不安は大きく重く取り除くのが難しいものになっています。「教育改革」だけじゃないぞと、途方に暮れそうです。

(2)今はそれどころでねぇんだ①
 東京電力福島第一原子力発電所から拡散された放射能で、私の暮らしはすっかり変えられてしまいました。東北電力女川原子力発電所から40kmで暮らしています。地震があるたびにドキドキします。「自然」を疑わなくてはならない不幸と私は生涯歩んで行くことでしょう。もしも今原発事故が起こったら、何を持ってどこにどのように避難すればいいだろうか。ばっちり安心な正解がない毎日を送っています。
 もう同じような事態を起こしてはならないので、できることは全部しようと思っています。脱原発のチラシなどを持って、女川町や石巻市雄勝など原発近隣の家々に訪問してお話をしたり聞いたりしています。多くの方が言っています。「原発絶対反対だ。けれども、今はそれどころでねぇんだ」と。家、仕事、将来...。
 ブラック企業という言い方があります。労働者が強迫観念抱きながら過ごすことで成り立っている違法状態を放置している企業のことです。私は「ブラック学校」がたくさんあると感じています。いえ、ブラック学校だらけです。ブラックじゃない、適法状態の学校はあるのだろうかと考えます。
 私が教員になった25年前、学校は忙しかったのですが、まだまだ人間の暮らしの匂いがありました。のどかでした。昼休みも放課後も子どもたちと遊びました。土曜日のお昼は職員室で出前で取ったラーメンすすりながら、語らいました。夏休みは地区の子ども会に呼ばれてキャンプしてお酒飲んだり、子どもの保護者に魚釣りに連れて行ってもらったりしたものでした。
 やらなきゃいけない仕事に追われるのは今と同じですが、ピリピリ感が違うように感じます。いじめられずに職場に居続けられるように波風立てず心開かずに過ごす人は少なくありません。ゆとりない重い空気が日常的です。かつて過労死や精神疾患は特別でした。今は残念なことに身近です。政府の動向にみんなで異議唱えなくてはならないはずなのですが、状況は「けれども、今はそれどころでねぇんだ」なのです。

(3)人間として暮らし続ける
 共育を考える会主催の「市民による就学相談会」に参加して25年になります。今年も9月28日にあります。参加していて感じることは、人は人と会って会話をするものなんだということです。
 子どもの就学先を特別支援学校にすべきか地域の学校にすべきか迷っていらした方が、思うところをたくさん話されることは例年のことです。アドバイスをするというよりもまずはお聞きして(話してもらって)、質問に答えるというのが例年の私のスタイルです。私は教員としての立場でお話します。親になったことがないので、親としてのお話は経験者に話してもらうことになります。
 感謝することがありました。それは二年続けて「市民による就学相談会」に参加された方がいらしたことです。一年前に不安いっぱいでいらした方が、二年目には不安いっぱいでいらした方に「私も去年そうでしたよ」と話されていたんです。専門家の情報などではなく、自らの生活の中での一つ一つこそ互いの足下を照らす輝きになるものだと思いました。ひょっとしたら電話や文書やメールでやりとりができることかもしれませんが、出会って同じ場で過ごすことは勇気やパワーになるものですね。データや情報にとどまらない仲間を得るということ。ああ、人間らしい営みです。
 政府は、国家が安定なくして市民の安定なしと、様々な我慢を強いて来るでしょう。「教育改革」でよくなることはありません。今後私たちはより生きづらくなるかもしれません。異議を唱えましょう。そして、共育を考える会という「場」で出会った仲間と、つながりあい、人間として暮らし続けられるように支え合いましょう。
 敵を作ることよりも、仲間を拡げること。ぜひ、学校の教員にも声を掛けてくださいね。大らかに、しなやかに、軽やかに、にぎやかに、みんなで歩んでいきましょう。

脚注
「おれは男だ!」というタイトルでした。今となるといろいろ突っ込みどころがあります。
私は夕張北高に通っていました。札幌南高が制服がない進学校。今は、どうなんでしょう。
青生舎「学校解放新聞」を愛読していました。発行していた保坂展人さんは世田谷区長。
中曽根康弘:日本専売公社・日本国有鉄道・日本電信電話公社を民営化。現在95歳。
佐藤文明(さとうぶんめい):戸籍などについての著書多数。2011年亡くなられました。

2013.08.11

20130811.jpg田村あたり(8/05)
私は死ぬまで 戦争に反対し続けるよ
誹謗中傷されても 戦争に反対だから
操作されてるとか 金もらってるとか
あんたの悪口言ってたとか 孤立無援
あいつは差別されてしょうがないとか
あいつとは目を合わせないようにとか
でも いや だからこそ
私は死ぬまで 戦争に反対し続けるよ

2013.08.12

20130812.jpgいわき(8/05)大人は、子どもを見捨てるな!
大人は、子どもを見殺しにするな!と
原発やめない大人たちに
子どものあなたは
声をあげ行動し続けましょう。
大きな声が届くとは限りません。
大勢じゃできないこともあるものです。

家の前で寝転んで星見てたら、地動説。
9時頃9個流れ星を見ました。雲出てきて部屋で眠りました。落ち着かない夢を見て、時計を見たら1時。またGR持って外で寝転びました。雲が出ていて、いまいち。結局6個見て、今夜は15個。シャッターいっぱい切ったけど、流れる姿は見当たりませんでした。

2013.08.13

20130813.jpg仙台港(8/13)日航機事故から28年。あの夏下北半島一周徒歩旅行していた私。大間岬でバイク旅兄ちゃんに「大きいニュースなのに知らなかったの」と驚かれた。毎日歩き、小学校の校庭でテント張らせてもらって、鍋でご飯炊いて食べて、暗くなったら眠る半月。遠い出来事知らなくても日常あることを知った。

今日は私のステテコ記念日。

高校生のTigerが苫小牧発のフェリーで来ました。昨年春に来たときに叶わなかった龍泉洞に向かうため、中野栄駅まで送りました。新幹線で盛岡、そしてバスで龍泉洞。帰りは盛岡から高速バスで仙台に行き、牛タン食べて、東北本線で家にたどり着きました。よい旅ですな。

2013.08.14

20130814.jpg涌谷夏祭り(8/14)今日は、高校生のTigerと一緒に涌谷夏祭りです。水鉄砲大会スタッフです。例年水鉄砲大会のカメラマンをしているのですが、今年はお祭り全体の写真も撮ってほしいとオーダーがあり、花火大会までカメラ持って過ごしました。たーくさん出会いがあって有意義でした。感謝です。

涌谷町夏祭り 水鉄砲大会水鉄砲大会水鉄砲大会
朝からずっと涌谷町夏祭り。もうすぐ花火。たーくさんの方に声かけられ嬉しいです。
宮城県遠田郡涌谷町 花火大会
涌谷町夏祭り(水鉄砲大会、涌谷太皷、花火など)スライドショー 11分

2013.08.15

20130815.jpg峩々温泉の夜(8/15)本日8.15 解放の日。あの戦争を起こさなければ、一つの国を二つに分けることには、ならなかった。

父さん母さんが15時に飛行機で仙台空港へ。連れ合いぴよさんと甥っ子Tigerと一緒に名取に向かいました。途中で、ハンバーグ屋さんで食事。私はあまりハンバーグって食べたり作ったりすることがないのですが、うーむ、おいしかった。
父さん母さんを迎え、5人乗りの車で、峩々温泉に向かいました。懐かしき蔵王町を通り、山に登っていきました。ゆっくり温泉に入り、食事を取りました。夜は、流れ星を見るために、道路でごろりと横になりました。静かな夜でした。

2013.08.16

20130816.jpg蔵王(8/16)峩々温泉で目を覚ましました。温泉にたっぷり入りました。チェックアウト後、蔵王のお釜に上がり、駒草平・遠刈田経由で家に帰りました。なかなかの観光旅行でしたな。

2013.08.17

20130817.jpgお絵描きワークショップ(8/17)石巻で 《連歌・鳥の歌》コンサートを彩る障子紙アートワークショップがありました。 なんとも朗らかでエネルギッシュで、気持ちいい一日でした。

会場は、石巻市立住吉小学校。校庭では少年野球の練習中。セミが鳴き、ひまわりがばーっと咲いている、夏らしい日でした。続々と参加者が集まりました。体育館にブルーシートを広げ、みんなで新聞紙を敷き詰めます。そして、障子紙を広げます。長さ3メートルほどのものを4本置きました。小学生が同じように描いたものを見ました。なるほど、こんな感じね。と分かったら、もうみなさんどんどん描きましたよ〜。途中で障子紙を2本追加しました。墨で好きなものを描くんです。
最初は、鳥・花・魚・自由コースと分けていたのですが、空いているところにどんどんです。子どもたちが走り回り、バラフォンの音が響きます。Yoleyoleさんの歌が流れます。なんともまったり。
午前の最後に輪になって自己紹介タイム。参加者は、老若男女50名余。北は北海道から、南は神奈川。おっとっと、インドからの参加者もありました。幼稚園の年少さんから70歳代の方まで、みんなでお話しました。 午前中で帰らなきゃいけない人もいました。お昼だけでもと駆けつける方も、そして午後には新たに参加者がありました。
みんなで絵の具で色を着けていきます。パレットを使わず、直接紙にチューブで色を出して、水で伸ばします。混色しないので鮮やかに輝きます。 予定よりも早くに出来上がりました。
乾燥させて明日撤収する当初の予定を繰り上げて、今日中に乾燥させることにしました。みんなで片付けて、ステージに絵を飾り、記念写真を撮りました。感想発表をして、みんな互いに握手して、ああいい一日でした。誰か一人では作ることのできない作品。みんなで集ったからできた素晴らしい絵。人間ってすごいなぁって感じました。ことに、中心になって楽しんでいた子どもたち! さすが!って思いましたよ。
さあ、この絵は9/29の「鳥の歌」コンサートの舞台を飾ります。ぜひ皆さん、石巻にいらしてくださいね。

今日の感激はたくさんあるんですが、加美町で元小学生だった少年と、蔵王町で元小学生だった少女が、それぞれ大人になって、しかもお絵描きワークショップに駆けつけてくれたことですね。Tくん、Mちゃん、ありがとう。

石巻 障子紙アートワークショップワークショップワークショップワークショップ

学生時代からの友だちが家に来てくれて、とてもにぎやかな夜になりました。ああ、夏休みだねぇ。Sさん、ありがとう。

2013.08.18

20130818.jpg菖蒲田浜(8/18)父さん母さんTigerとぴよさんと、奥松島・松島・七ヶ浜菖蒲田海岸を経由して、仙台港へ。フェリーで北海道に帰る3人を見送りました。
七ヶ浜 菖蒲田浜

2013.08.19

20130819.jpg奥松島(8/18)苫小牧行フェリーが仙台港から出港し、二学期前ぶれの日常が始まる。指導主事学校訪問の算数指導案提出締切がいきなり。それでいて今朝は、胃検診バリウムごっくんからスタートだ。蝉たちも追い込みに力入れている。カブでとことこ学校に向かいます。学校行く前に胃検診です。も伸びましたな〜
バリウム飲む順番待ち。写真は、通勤路の神社 夏の花
バリウム孕む身重にて休暇。
降るだろうか。カブオイル交換帰り道
十三夜。静かになったお盆後の月曜。夕方鳴瀬川で見た越夏白鳥ひとりぼっちも、同じ月を見ているでしょうか。

2013.08.20

20130820.jpg駒草平(8/16)今日のお絵描きは、町内会運動会の応援ウチワの絵です。応援ウチワの絵です。応援ウチワの絵です。応援ウチワの絵です。

2013.08.21

20130821.jpg松山町の牛(8/21)今日は、日直勤務。プール当番、久しぶりでした。学校から帰ってきて、松山町の山にカブでとことこ行きました。すると牛くんたちが移動中。申し訳ないので、引き返しました。

2013.08.22

20130822.jpg元禄排水路(8/22)学校帰りに、品井沼方面に行きました。二学期に社会科で見学に来る予定をしている、元禄排水路です。一部道路工事で、ひょっとしたらスムーズに見学できないかもしれません。

私は、自由を目指す。
それは、好き放題ではなく、
支配せず支配されないという、
過酷な自律世界。

2013.08.23

20130823.jpg峩々温泉天空の湯(8/16)転勤しようかなと思うのは、こんな夏の終わり。以前もあったこと。あと10年は、学校で仕事し続けようと思いつつ。

少年時代、島(利尻)からうち(夕張)に帰った夏の落ち着かなさを思い出す。旅が終わってしまった寂しさ。気を遣う日常の閉塞感。島で一人の人間として暮らしていたのに、2学期に中学1年生に戻されているがっかり感。あの自由を希求する思いは、全く衰えていない。

2013.08.24

20130824.jpg夕空(8/24)本日、家仕事のち東松島大塩の仮設住宅集会所学習支援。久しぶりKくん姉弟一緒。剣玉したり語らったり嬉しかった。明日は仙台。24時間TV出演する4年生に声援送り、その後脱原発デモ。コンサートチケット売って、ジャンベ叩いて。デモ後、津波被災地サポートの会議。ああ暑さほどほどだといいな。
さっきの東松島。さっきの鹿島台。今の松山町

2013.08.25

20130825.jpg24時間TV(8/25)日記サイト更新遅延、そのまま明日から二学期。この遅延の度合いは、震災後に匹敵。自分にごめんなさい。そして自分にドンマイ。本日仙台。担任している子の楽器演奏見て、脱原発デモ前に9/29石巻「鳥の歌」告知&チラシ渡し、デモではジャンベ、その後津波被災地方面に関わる会議。電車久しぶり。

24時間テレビ仙台会場。11:25からの生放送のリハーサル中。24時間テレビ仙台会場。まもなく生中継。打楽器叩く小学生応援に来ました。私ではなく小学生が一人参加していたんです。2時から脱原発デモでジャンベ叩きます。

今日は東京で「『日の丸・君が代』問題等全国学習交流会」がある日。私も参加できるとよかったのですが、明日が始業式なので、今回は不参加です。レポートだけ出しました。

誇り高く生きることを あきらめません
〜地震津波被曝被災地より〜

1 忙しいですね
 忙しいとは「心」を「亡」ぼすと書くのです...とは随分前に知ったことです。皆さんもきっとどこかで聞いたり話したりしたことがあるのではないでしょうか。いやはや学校現場は忙しいです。教職員組合が職場の「多忙化」を課題にして、もう何年にもなります。けれども残念なことに、学校現場はますます忙しく、心を亡ぼさずにやっていけない状況にあります。
 私が教職員評価制度に抵抗して、もう8年になります。毎年管理職に呼ばれ、諭されたり詰問されたり。「この制度に危惧を抱くあなた言うことは分かるが、これは決まったことなのだ」「公務員なのだ」という指導を毎年毎年受けています。かつては「処分するぞ」「処分されないようにしなさい」といろいろ大変でした(その節はご支援ありがとうございました)が、近年はそこまでの攻撃はありません。これも、多忙化のためでしょうか。
 「日の丸・君が代」に起立せず歌わずに式に参加しています。向かえ側に立つ来賓は気にしているかもしれません。ちらちらとこちらを見る管理職もいます。けれども、そのままです。これは私の「課題」として蓄積されていたり、または「小さなこと」と問題にされていないかというところでしょう。何せ、学校現場は忙しいのですから。

2 「マル生」
 私は北海道夕張市で生まれ育ちました。石炭を運ぶ黒い貨車には白いペンキででっかく「マル生反対」と書かれていました。どういう意味か分かりませんでした。蒸気機関車の写真を撮ることに熱中していた少年時代、あのペンキに何度もがっかりさせられました。せっかくのD51が落書き状態の貨車と一緒じゃ絵になりません。
 蒸気機関車もなくなり、炭鉱も(大きな事故の後)閉山し、それから私は「マル生反対」の意味を知りました。「まるなま」じゃなくて「まるせい」。「生産性向上」の「生」だったんですね。その頃には「合理化反対」の意味も理解しました。チャップリンの映画を見て「人間疎外」という言葉も理解しました。そして、炭労の人たちは「人間らしく生きるぞ」とアピールしていたんだなぁと、故郷の先輩を誇らしく感じました。

3 「合理化」は進んでいるか
 さて、「生産性向上」は実っているのでしょうか。「合理化」は進んでいるのでしょうか。何ということでしょう。21世紀、職務の成果を上げるために最短ルートを最小コストで進めるシステムが、人々を包囲しています。不備を無くすべく努力し生産性を向上し無駄なく(合理的に)労働することを、当然の善きこととしている今日があります。しかも完成はせずまだまだ追求されています。とてもとても不甲斐ない今です。
 なぜこんなことになっちゃったのでしょう。それは「合理化」「生産性向上」が自主的になされているからだと、私は考えています。無駄なことはしない。面倒くさいことは考えない。結果が分かっているなら先取りする。そして、なるべく無事に「私の場所」を維持したい。そんな「合理的な」振る舞いが、かつては「人間疎外」と問題視されていたことを、「そんなこと言ってもしょうがない」と無視する小さな営みの連なりにしてしまっているのだと思うのです。そして、それまでの出来事(歴史・文化)を知らない若者たちは、こういうものだと学び、「人間疎外」を当然のように再生産してしまっているのです。討論をしても結局管理職が決めるのだから無駄。そんなことに時間をかけるよりも、早くにこの時間を終えて、テストのマル付けをしなくてはならない。そういないと、また帰宅したとき娘は寝ているだろう...そんな「合理化」です。

4 「人間疎外」が標準...ではなくて
 私はあいかわらずに飄々と〝 こんな人もいるんだよ〟という過ごし方をしています。私は標準じゃないかもしれないけれど、みんな同じではないものなんだよという姿で仕事しているんです。教職員評価の自己評価票を出さない理由を書いたものを、ひょいと若者に見せたりします。初めて見る新鮮さもあって、若者は「そうですよね!」と目を輝かせます。すぐに同じことをしなくても、まず知ってもらうこと。伝えること。そして、そんな営みを続けること。脱原発デモのニュース報道でインタビューされたとき、すぐに声かけてくれた若者がいました。嬉しかったなっ。
 私一人でできることには、限界があります。私と同じでなくても「定型外」の営みを、いろんな人がしていければいいなと思っています。ここに人間あり! そこにもどこにも人間あり! 人間を生きづらくしている「標準」なんかに、学校を譲るわけにはいきませんから。
 東京・大阪でしんどい中、人間であること、その誇りを捨てていない仲間に敬意を表します。全国に、誇り高く生きる仲間がいるから、私も(いろいろありますが)元気に歩めるように思います。日々感謝です。ありがとうございます。

5 地震津波被曝被災地の今
 先日女川原発すぐ近くの仮設住宅に訪問してお話を伺いました。女川原発再稼働反対のチラシを持って歩いているんです。「当然原発反対だっ! だけっど、今はそれどころじゃねっちゃ。(地盤沈下した土地の)嵩上げのことやら、いつまで仮設さいられるかってことだって、そっちのほうが、悪いんだけど先なんだわっ! それどころじゃないんだわっ」 そうだなぁと私は思いました。
 3.11以降いろんなところでたくさんの人と出会っています。東松島で子どもたちとお絵描きしたり、福島を訪れて放射線の空間線量の高さに驚いたり、宮城ではとっくに片付けられている瓦礫が南相馬では放置されたままだったり、楢葉の山間で除染した後にたくさんの黒い袋が積み重ねられているのを見たり、郡山でガラスバッチ付けている子どもたちと遊んだり...。親の仕事がないことをつぶやく小学生を知っています。月命日の度に海に行く人を知っています。本来ではない中でも、何とか明日を過ごしていくこと。私は、自分が勤める学校だけでなく、たくさんの人と誇り高き暮らしを取り戻したい(これ以上奪われない)。まずは原発再稼働阻止。これ以上もうこんなこと、たくさんです。
 学校現場も、被災地も、忙しいです。心が亡ぼされ続けています。これを嘆くなら、それで終わりになってしまいそう。だからなんぼかでも「現場」に出て、いろんな方と歩んでいこうと思っています。8月25日に仙台で脱原発のイベント、26日は2学期始業式。今年は東京で皆さんとご一緒できませんでした。けれど同じ地平を行く仲間の一人として加えてくださいね。これからも大らかに歩みましょう。
※石巻の仲間とコンサート成功のために奔走しています。ぜひあなたも石巻にいらしてくださいね。

2013.08.26

20130826.jpg峩々温泉(8/16)さ、二学期始業式の朝だっ!
始業式の日の帰り道。遠き山に日は落ちて
夕張出身者としては、本日まもなくのテレビ番組「鶴瓶の家族に乾杯」(NHK)は、ぜひ見なくちゃ! ことに40代男性としては薬師丸ひろ子ゲストですから、なおさら要チェックなのでした。
贔屓目ってのは、あるものです。永遠の第一印象ってものも、あるものです。薬師丸ひろ子!彼女を「アイドル」とひとことで言うのも何だかな〜きっと私と同様のアラフィフティー、多いんじゃないでしょうか。

2013.08.27

20130827.jpg虹(8/27)どれ、いいかげん学校から帰ろう。19:00過ぎ。仕事は終わらない。

2013.08.28

20130828.jpg体育館工事(8/21)金が欲しくて
働いて〜
眠るだけ
…は、忌野清志郎によるもの。

今や

金が欲しくて
働いて〜
眠れない
…かもしれない。

2013.08.29

20130829.jpg神奈川Sさんと一緒(8/18)高校時代の級友と居酒屋。これはギターあったほうがいいと外へ。雪。ギター抱え夕張市民会館に向かう下り坂。昔憧れた娘にばったり。飄々と「よっ」と言う私。彼女3人連れ。びっくりした表情にほっとする互いに50代目前。名刺あってよかった。店には他に2人夕張にいる。という夢見た深夜。
数年ぶりに、胃が調子悪いよって、唇の横あたりが言っています。

2013.08.30

20130830.jpgKクレイ(8/30)
やるせない日々の中
ときに独りぼっち
でも、時代のせいにしない
悪口は、言わない
白黒付けられないのが自然
権力者許さないけど、死刑は違う
ムクドリの黄色いくちばし
夕空仰ぐ涼しさ
小さい花が咲いている
明日もきっと咲いている
歩むことで世界が拓ける
歩むことで生きていける

2013.08.31

20130831.jpg釣り公園(8/31)PTA奉仕活動で6時前から学校。終えてから指導案仕事。11時半。カブでとことこ走って箟岳、そして桃生。豚カツ屋さんに行きました。石巻市桃生 中津山二小裏の「とんかつ泰平」のとんかつ定食は1050円。すごい量です。
あまちゃん次週のツイート多いけど、お盆以降もう見ていない私。そもそも夏休みちょっぴり見ただけ。でも、何か気になって動画サイトで見た。なーるほど。

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