2013.09.01

20130901.jpg近所猫(9/01)はい。完成もゴールもないので、おろおろしながら、今日は今日の道ですな〜。宮城県は穏やかな日曜日です。今日は、石巻でコンサート実行委員会。どこかで海、触れるといいなと思っています。どれ、石巻にカブで行きますか。
日高見好きです。

2013.09.02

20130902.jpgカブ4000km(8/31)海を眺めるすのこの上。もう帰るぞと父さんが言う。海にはまだたくさんの人。運転する私は帰りたくない。疲れが取れていない。という夢を見た。
今夜はNHK「家族に乾杯」を見ます。ふるさと夕張市。しかも薬師丸ひろ子。夕張市「家族に乾杯」 なんだべ峰ちゃんだべや。

2013.09.03

20130903.jpg箟岳(8/31)動画サイトで「あまちゃん」133見ました。あの日テレビが何をどのように報じていたか知らない私です。そちらについては、動画サイトで見ることはありません。

揶揄する個人は、きっと迎合する人々。
与えられない誇りを自らつかむ術、
見出せなかった昨日を、過去にしよう。
自立する不安定な成長途上の自分という自覚。
互いに明日を模索する同志であるならば、
独りぼっちでは自立できないことに
気付くことができるだろう。
私は、まだ右往左往だ。

2013.09.04

20130904.jpg松山町の山の虫(8/21)明日9/05は、新月。しかも午前4時から午後5時まで。見えぬものでもあるんだよ。小学4年生担任的に要チェック。理科で月の学習。もうすぐ空気鉄砲の単元。

小学4年生と「今日から明日へ」を歌う9月です。昨日ちょっと泣きそうでした、実は。素晴らしい4年生の歌声。感動する日々。小学生の歌声。夕方の雲の色。虫の音色。キュウリのみずみずしさ。

今日の地震は、国語の授業中。みんな、すーっと机の下に入り、驚きました。すごいと思いました。1年生で震災。今、4年生です。

婚外子差別を抱いている人。差別されている人。関心持たぬ人。差別する法律が、一つなくなるかもしれないということは、全ての人の幸せに通ずる。全ての差別は、あなたに私に、関わることだ。子どもへの差別が禁じられることは、正しいこと。現行民法(900条)は、差別を法制化している。だから、ただされるのは当然。これまで差別を法制化していたこと、反省すべきです。そう感じる、記念日としての9.4。私は「時代遅れ」を見直し根拠とするより、「人権侵害」をただすために民法改正されるべき、と考えています。婚外子差別違憲ニュース見るためテレビ付けていました。なかなか出てこなかった後、お会いしたことある皆さんが出てきて、びっくり。みんな、年齢重ねてる! ああ、長い闘いでした。そして、まだまだこれから。ちなみに私とて20代では遠になく、いろんな意味で丸くなり、髪の毛など真っ白です。

2013.09.05

20130905.jpg菖蒲田浜(8/18)毎日いろんな人の家に泊まる日々に疲れ始めている。今日は仙台の大町あたり。脱原発仲間のアパート。鉄の重い古い扉。懐かしい音。狭い中みんな集まっている。奥にトイレ。陶器製の古い洋式便器。電話掛けた先は別な家。共育を考える会先輩が、うちにも来るといいという。でも明日は船だ。という夢。

水泳記録会(34年)を一昨日から今日に延期したけれど、今朝は雷雨。湿度は、熱帯気分。雷雨の朝。鳩が何か言っている。牛もカエルも静か。ちょいと心配だったものの、みんな力発揮して頑張りましたね。開会式と閉会式は4年生が進めました。

雨の中、生涯を終えるセミもいるだろうか。
野良猫は、雨宿り。落ち着くところ探して、引っ越し続き。

またがつんと揺れた。お尻が次を嗅ごうとしている。

2013.09.06

20130906.jpg奥松島(8/18)夕張で少年時代過ごしていた私。差別問題初めて考えたのは部落差別。北海道では部落解放運動は身近じゃありません。日本史の授業と「破戒」。恋愛の自由を禁じられる不自由はとてもリアルでした。恋愛・SEX・結婚・出産・育児…。個人の幸せ追求を国家や慣習が阻むことへの抵抗。これからも。

2013.09.07

20130907.jpg品井沼駅(8/22)しばらく奄美で暮らそうか。組合の先輩、社会学の大学教員、奄美移住。潜ると、肉食魚フナ。名前分からぬ深海魚も。今日は1泊。日帰りするなら、千歳経由。それはかなり強行だ。という夢を見た。
今朝の。朝からじゃじゃ麺。そろそろ石巻さ、行くか。

ひとのせいにしない。
時代を語らない。
毎日を生きる。
丁寧にお茶を飲む。

強いものは、
花のたね。
虫のたまご。
柔らかで温かな
にんげん。

星が見ている
森も見ている
鳥も猫も覗いている

月が見ている
海も見ている
虫も鼠も覗いている

明るすぎる夜は
世界を照らさない
大きすぎるボリュームは
囁きを見えなくして
昨日のこと明日のこと
この星で生きていくこと
見失いそうなんだ

やらなきゃいけないことだらけ。完全に包囲されている。
仕方ないので、夕飯にしようと思う。
ああ、明日の自分に丸投げだ。そんな人生繰り返し。

Facebookで好評につき、Twitterにも、東松島 赤井のかかし

2013.09.08

20130908.jpg蔵王(8/16)もしも東京でオリンピックすることになったら、私は東京に駆けつけるでしょう。脱原発デモのためです。世界に訴えるためです。廃炉のために人類の英知を集めましょう。命を奪い脅かせ続ける原子力は、もういりません。と昨日書きました。なんと!朝起きたら7年後のデモ決定。「絶対安全東京オリンピック」のため、またマスコミ不信を増すことになるでしょう、原発事故直後のように。テレビも新聞も電車の中吊りもビルの看板もSNSのCMもみんな「一色」になるでしょう。今日から「事実」を伝えることにより自覚的であらねばならないと、私は心しています。「絶対安全東京オリンピック」に驚愕しているのは、7年後のオリンピックを目指していた若い選手たちその家族かもしれない。「東京に行って本当に被曝しないのだろうか。空港は福島寄りではないか。また地震が来ると言っているじゃないか…」 各国の声を聞きたい。
オリンピック招致が現政権のテガラとなって、何でもOKとさせないように。浮ついていたり、聞く耳をもたなかったり、さじ投げたりせずに。人としての暮らしみんなの暮らし、取り戻すよう奪われないよう、ときに抗い、ときに歌い踊り、歩み続けること。
不安に蓋をする報道傾向が、各国に広がるなら由々しきことです。

さーて、起きて、カーテン開けて、顔洗って、朝食作るかあ。
重たい気持ちに浸り続けるよりは、帯締め直して一歩前に。
古川の市民活動サポートセンター行って「別姓通信」114号印刷しました。
ちびっと髪切った。久々。いつものように自分で鏡見ずに、ちびっとね。

2013.09.09

20130909.jpg朝の鳴瀬川(9/09)「別姓通信」114号に婚外子差別をなくすことについて原稿を載せました。

「法律が差別していた 国家が差別していた」

1 長い闘い
 婚外子差別違憲判決が出て、ほっとしました。違憲だろうと予想されていながら、覆されたら落胆大きいから。これまで闘い続けてきた皆さんに敬意を表します。ありがとうございました。
 判決要旨を読んで報道を見ていて、ちょっとひっかかりました。「社会の変容」ゆえの判決とされることです。「家族観の変化に沿う」とか「家族の変化 踏まえた結果」とか。これは、社会の状況次第では差別は許されるということなのでしょうか。社会が変わったからこの差別はなくすようにしようというのは、別な差別は仕方ないのだということにもなりそうです。
 前向きに考えるなら、私たちの闘い次第で社会は変わるものだということもできるでしょう。それは差別があったほうが都合がよい人たちも同じように思うかもしれません。安穏としてはいられません。人間の権利を奪われない足取りはこれからますます!です。

2 選択的夫婦別姓法制化と婚外子差別撤廃 
 かつて20年前、別姓を考える会が発足した当時は「別姓はいいけれど、婚外子差別は仕方ない」という人が少なくありませんでした。〝男女平等の、姓を捨てることのない、ちゃんとした民法にしましょう〟というスタンスの見解でした。通称使用を続けざるを得ない民法は改められるべきなんです。そして法に基づいた夫婦別姓が実現されるといいんです。別姓を考える会は選択的夫婦別姓の法制化を実現するために発足したのですから。
 「別姓通信」の表紙にずっと載せている言葉は「いろんな生き方あっていい ちがいを認め合う暮し方 多様性という豊かさ」です。夫婦別姓法制化を目指しつつ、では事実婚がなくなればよいかというと、そうではないんです。夫婦別姓法制化を目指していながら、法制化が実現されても法律婚をするつもりはないという人は少なくありません。なぜなら、差別をなくすことが目的だから。法改正で今まで差別されていた人が差別されなくなることは喜ばしいこと。けれども、差別される人がより少数にさせられ、ますます差別を受けることは望まれないことなんです。
 昨今は婚外子差別はよくないことという考え方は特別なものではなくなっています。確かに「社会の変容」なのかもしれません。振り返ると40年前は離婚は大変なことでした。今、離婚は珍しくありません。国籍が違う二人が結婚することも普通になっています。

3 差別は全部なくす
 婚外子差別は、差別です。差別はよくないことです。「いわれなき差別」という言葉がありますが、いわれなんかがあろうがなかろうが、差別はいけないことなんです。全部だめなんです。許されないんです。家族が崩壊するから差別は残そうとか、そんないい加減な言動は許されません。だから、婚外子差別違憲判決は当然の一歩。そんな当然をたくさんの努力苦労の上でもぎ取らなくてはならない今は、まだまだ途上です。虐げているものたちを許さない歩みは、これからも進めなくてはなりません。ことに夫婦・家族・親子などに関しては、性・国籍に関わる差別と闘っていかなくてはならないと感じています。

4 違憲判決に関わる法律など
 「別姓通信」114では、たくさん新聞記事を載せます。見出しの比較だけでも、なかなか興味深いです。しかしながら、関連法規までは新聞には載っていません。ここでは、どの法律が、どの法律などによって問題であるとされたか、紹介していきます。

⑴ 憲法に違反している法律
 違憲判決によって変えられるであろうと思われる法律を上げてみます。法律家ではない素人判断ですので、間違えなどありましたらお知らせください。

 民法 
(法定相続分)
第900条  同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定め るところによる。
一  子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、 各二分の一とする。
二  配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、三分の二 とし、直系尊属の相続分は、三分の一とする。
三  配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、四分の三 とし、兄弟姉妹の相続分は、四分の一とする。
四  子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の二分の一とし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。


 戸籍法
第49条  出生の届出は、十四日以内(国外で出生があつたときは、三箇月以 内)にこれをしなければならない。
○2  届書には、次の事項を記載しなければならない。
一  子の男女の別及び嫡出子又は嫡出でない子の別
二  出生の年月日時分及び場所
三  父母の氏名及び本籍、父又は母が外国人であるときは、その氏名及び国籍
四  その他法務省令で定める事項

 国籍法
(認知された子の国籍の取得)
第3条  父又は母が認知した子で二十歳未満のもの(日本国民であつた者を除 く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であつた場合におい て、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民 であつたときは、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得する ことができる。
2  前項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。

⑵ 違憲判決を促すもの
 どの法規に基づいて違憲判決となったか、またどのような勧告がなされていたか上げてみます。

 日本国憲法
第14条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 市民及び政治的権利に関する国際規約(B規約)
第2条
1.この規約の各締約国は、その領域内にあり、かつ、その管轄の下にあるすべての個人に対し、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。
第24条
1.すべての児童は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、国民的若しくは社会的出身、財産又は出生によるいかなる差別もなしに、未成年者としての地位に必要とされる保護の措置であって家族、社会及び国による措置について権利を有する。
2.すべての児童は、出生の後直ちに登録され、かつ、氏名を有する。
3.すべての児童は、国籍を取得する権利を有する。
第26条
すべての者は、法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。
http://www.geocities.jp/kenpowokangaeru/jinkenbframe.html

 子どもの権利条約
第2条
1 締約国は、その管轄の下にある児童に対し、児童又はその父母若しくは法定保護者の人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、種族的若しくは社会的出身、財産、心身障害、出生又は他の地位にかかわらず、いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し、及び確保する。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/zenbun.html

 自由権規約委員会による日本国への総括所見
(最終見解・勧告2008年10月28日29日)
締約国は、出生届に子どもが「嫡出」か否かの記入を規定している戸籍法第49条1項の1と同様、国籍法第3条と民法900条4項を含む、婚外子に対するあらゆる差別条項の法律を撤廃すべきである。
http://jwchr.s59.xrea.com/x/shiryou/5sokatsushoken2008.pdf

5 これから
 違憲判決が出ただけでは、差別はなくなりません。法律が変わっただけでも差別はなくなりません。差別は、私たちの暮らしの中で再生産されています。一つずつ向き合って、手作業でなくしていきましょう。大変そうですが、大丈夫。私たちには仲間がいます。希望もっていきましょう。

2013.09.10

20130910.jpgクリーンセンター(9/10)今日は、クリーンセンター見学に行きました。ごみを集めるところと、燃やすところなど、たくさん本物を見せてもらいました。ゴミ収集のピットにカービーを発見した4年生。「あっ!カービーだ!」大きいぬいぐるみでした。それは持ち上げられて、焼却炉に。すると焼却炉のモニターに、カービーが! 「あっ! カービーが燃えている!」。見ているそれぞれでカービーを通して学んだのでした。

「汚染水は完全にブロックされています」という安倍総理。原発事故現場で働いている皆さんは、何と感じられたことでしょうか。「収束」とか「コントロール」とか。聖火ランナー走って、復興するか。お祭りよりも、科学が必要。放射性物質に「勝つ」ことできるような技術。あ、完全にコントロールできているんだっけ、と揶揄したくなる。
オリンピックの御旗で、殺されないように。ましてや、殺さないように。正義が一つになると、豊かさは失われる。

2013.09.11

20130911.jpgポートボール(撮影Nさん 9/11)
Apple新製品発表チェックを深夜にしました。iPhoneだけだったんですね。買い替えナシですな、ほっとしました。リークや噂がいろいろ当たっていて、むしろおもしろくないな〜と思いました。秘密主義がいいってわけじゃないですけど。

7年後もしたたかに「原発いらない」とアピールし続けられること。ずっと同じ調子じゃなくていいん。行き詰まったり投げ出したりしないでいこう。7年前ってどこでどんな暮らししてたか覚える? 遠い?ちょい前? 7年経っても問題はきっと解決していない。でも諦めない。蓋されないさ。

メルトスルーをコントロールしている総理大臣。
危機はもう脱した。安全安心、もう大丈夫。
と、世界のアスリートも感じるのだろうか。

2013.09.12

20130912.jpg親対子(9/12)今日は、4学年のPTA行事の日でした。親子ポートボール大会&紙飛行機大会。体育では、この日に備えて練習をしてきました。ポートボールのルールは、特別ルールで、ドリブルなしです。パスでつなぐんです。また、2チームに分かれました。チーム内で1回目〜5回目に分かれ、メンバーチェンジをしていきます。はじめは、親子混合でした。すごいパワーで、興奮! 疲労もたまりそうだったので、紙飛行機タイムを少しだけ取り、それから親対子をしました。私からは、手加減をしないでくださいと話していました。結果的には、親の勝ち。子どもたちは、悔しそう。「大人げないです」なんで声が聞こえたので、言いました。手加減してもらって勝っても嬉しくないものです。また私は讃えません。いつか親のパワーを上回るように鍛えていきましょう。きっといつか来るはずです。楽しみです。

2013.09.13

20130913.jpgポートボールの絵(9/13)今年度、心臓調子よかったのですが、ここのところ発作が続いていて困ったものです。不測のよくないこと物語を頭の中で執筆しがち。十分幸せ充実人生だったと思う。感謝している。しかし、やりたいことも、心配なことも、たくさんあるので、何とかしていこうと思う。
明日は、石巻で午前午後の活動。日々充実。それゆえ、ちゃんと休む時間欲しています。

この夏は、震災以来放ったらかしにしていた部屋片付けを始めた。発見たくさんあった。Yen Town Band のCDを発掘。日々口ずさんでいたけど、音源懐かし。南仙台から蔵王町に通った日々、ビッグホーンで繰り返し聴いたcharaの声。あれからたくさんの山を越えたものだと振り返る。

2013.09.14

20130914.jpgコンサート準備(9/14)オフロードバイクで旅に出る。現地の言葉も何とかなる。チームにはサポート隊。荷物は少ない。エアーズロックにジャンプ。岩だと思ったら粘土。タイヤがめり込む。カメラの電池が残り僅か。という夢。詳細忘れたけど、いじめられている夢を見た。

午前中、石巻のCさんちにおじゃましてお絵描きしました。子どもと大人で、わいわいやらせてもらいました。午後は、コンサート実行委員会。すっかり石巻の日でした。

2013.09.15

20130915.jpgコンサート準備(9/15)今年度ずっと大丈夫でしたが、最近ときどきでドキドキ。去年循環器科で検査異状なしでした。放射能由来も疑いますが遺伝の可能性もあります。半世紀。経年劣化も起きるところなんでしょうかね〜。

殴った奴に「痛いのは気のせい」と言われ「そんなに言うなら病院行けば! でも俺は関係ないからな」と罵られる。原発事故起こしたこと。その責任は問われなければならない。深刻なのは、事故は終わっても解明されもしていないこと。しかも「完全にコントロールされている」こと。

水俣病の「怨」の旗を思い出す。
汚染水の問題は、原子力発電の問題。
どの原発でも起きうること。
もうやめよう、原子力。

2013.09.16

20130916.jpg体育館工事(9/11)さっきまで虫の歌。嵐の前。
急に雨足強くなった、

台風で困っている人がいるのを、テレビニュースで見ている自分を、震災被災したときの自分が、見ている。ああ、あちこちでこんな感じだったんだ。もどかしさと、居心地の悪さ。
そして、これから台風がやってきて、きっとあちこちから見られる立場になる。
雨も風も見える聞こえる。
恐怖が分かりやすい。
困ったことだが、よいことだ。
放射性物質を思う。

台風行った様子です。南から吹いていた風は、西からの風になりました。
お月さま、動じない。
見上げると、静かだ。
お絵描き。コンサート会場託児室表示。台風過ぎた南空西の空
高畠通敏さんの文書(「母の友」9月号 福音館書店)を読みながら「不断の努力」をしているか、自問します。「憲法を守ろう」と唱える以上のことを、日常の中で続けていくこと。悔い残さぬこと。

2013.09.17

20130917.jpgヘチマ(9/17)私はヤマト民族にカテゴライズされる自覚を意識しないで大人になりました。ちがいを認められない偏狭な「みんなおなじ」主義には陥らないように暮らしたいと思っています。差別をなくすための尽力は、日常の中から。

2013.09.18

20130918.jpg月(9/18)いろいろあるよ。
いやはやいろいろ。
まったくいろいろ。
でも
明日をあきらめない。
未来を投げないんだ。

2013.09.19

20130919.jpg体育館工事(9/18)いつのまにかセミの声は聞こえない。
満月欠けて田んぼがさっぱりして
いつのまにか金木犀漂う夜長。
ちょっと前までタンクトップ
いつのまにかフリーストップ。

今日、嬉しいことがありました。JICA(独立行政法人国際協力機構)海外教師研修に合格したと電話が来たのです。レポート書いて応募していました。東北の教員チームで、津波被災のあったインドネシアまたはスリランカを10日間訪問する研修です。私は、スリランカを希望しました。「合格」って、私の人生には何度か経験したことのないことなので、とてもとても幸せな気持ちになりました。

2013.09.20

20130920.jpgポートボールの絵(9/20)pとsと分かりやすい揺れ。震源地近くでは、大きな足音たてて近付いてきたりします。

2013.09.21

20130921.jpg床掃除(9/20)旅先の町のお祭り。武者行列が始まる。町内会対抗。斬る人いたら点数加算。カウントする係になったので、あちこち走り回る。という夢を見た。

あまちゃん。夏休みにみました。二学期始まってからは動画サイトでちらちら。15分だからいいんだなーと思って見ます。45分ものではないリズム。長編と4コマとの違いみたいな感じです。
東京ローカルホンク聴きながら東北本線の電車に揺られ仙台へ。別姓を考える会の相談会に参加して、メディアテークの美術展見る予定。麦わら・アロハ・ビーサンは今期最後かな。
別姓を考える会終えて、定禅寺通

とうとうお店に入って、オーダーしました。遠近両用メガネ。教科書見ながら、算数の問題を黒板に書いて(近)、子どもたち見る(遠)仕事。二つのメガネを掛けたり外したりは忙しいのです。結局裸眼で教科書見て、遠い用メガネかける日々。いやはや...

よくないです。夜更けに缶詰買いにコンビニへ。これがなかなか近い。コンビニから玄関まで323歩。3連休初日の夜は、超土曜日という感覚なのでした。...やることあるから解放されてないけど。

2013.09.22

20130922.jpg仙台(9/21)石坂啓さんの「安穏族」を読んだ28年前。フィクションだと思っていたことが、今現実になってしまっている。なんとかしなくては、ならない。

2013.09.23

20130923.jpg松山町駅(9/21)差別撤廃東京大行進のこと、mixiニュースでも見ました。中川さんと吉野さんが紹介されていて、どちらも大好きなバンドなので、嬉しくなりました。

とてもとても日記更新が滞っています。
そこで、Flickrという写真掲載SNSにとりあえず写真だけでも載せることにしました。FacebookはiPhoneカメラで撮ったものがほとんどですが、こちらはカメラで撮ったものを載せます。登録した人だけしか見られないのかどうなのか分かりませんが、以下です。Flickr・tanoshiro

2013.09.24

20130924.jpg鳴瀬川(9/24)明るい未来
夢見た若者だった君も
優秀な奴隷待ち望んでいる。
思ってもいない言葉
癖になっている。
言い訳は
ゲンジツだったり
ジダイだったり
結局は自分ではない。
自由は
抑圧からの解放は
今こそなのに。
思ってもいない言葉
癖になっている。

2013.09.25

20130925.jpgメディアテーク(9/21)外国語学習意欲が、11年ぶりに高まっている。ひとつの現実逃避とも言える。少年時代の私は、夕張の谷間から脱すること、広い世界に一歩進めることに渇望していました。半世紀生きてきて、日本という谷間から脱することを欲しています。まだまだ生きます。将来の夢は、膨らみます。

2013.09.26

20130926.jpgポートボールの絵(9/25)今日は、県教委教育事務所の指導主事が学校に来て授業を見ていく日です。私は、算数(わり算の筆算)の授業でした。

自立した個人になりたかった。早く親元から離れたかった。経済的な支援なくても暮らすことを目指していた。それゆえに、やりたいことを我慢した。そして、半世紀近く生きてきて、思う。ああ、若い頃にしかできないことって、あったなぁと。それは、より先輩な方に言わせれば「今でしょ」かもしれない。

2013.09.27

20130927.jpgヘチマ(9/27)土の下に赤。
月の上の青。
里の下に黒。

2013.09.28

20130928.jpg仙台市営地下鉄(9/28)
どの子も地域の学校へ〜共育を考える会主催「市民による就学相談会」に参加しました。報告レポートを書きました。

市民による就学相談会
〜2013年9月28日報告〜

■ とても豊かな時間でした。
 みなさん、いかがお過ごしですか。宮城県涌谷町で小学校教員をしている○○○です。少し前まで「暑い暑い」って言っていた子どもたちも気付くと「寒い寒い」と言っています。「半袖の上に何か着ましょう」と言っているこの頃ですが、ぐっと気温が下がりました。『このゆびとまれ』がみなさんに届く頃には、稲刈り終えた田んぼにマガンや白鳥たちの声が響いているかもしれません。今日、子どもたちが「あ、キンモクセイの香りだ! どこに咲いている?」と話していました。季節の移り変わりに気付く心の余裕が失われがちな昨今ですが、子どもたちと一緒にいると救われます。子どもたちには毎日感謝感謝です。
 さて、9月28日に仙台市市民活動サポートセンターで「市民による就学相談会」を持ちました。共育を考える会スタッフは6名(内学校教員3名)、相談にいらした方は12名(案件としては5件)でした。1時半から4時を過ぎるまで、とても豊かな時間を過ごすことができました。

■ 子どもはよく聞いています。
 AさんとBさん、親御さんだけでなく本人がそれぞれ参加していました。来春小学校入学の二人です。普通学級に入学させたいけれど特別支援学級のほうがよいでしょうか、特別支援学級ですよねという親御さんからの相談でした。これまで行政の就学相談では、特別支援学級への入級を勧められてきたそうです。
 Aさんの保育所では「ストレスの掛からない支援学級のほうがよいのでは」と言われているそうです。Aさんの親御さんは「大人になって、コミュニケーションが取れないと困りますよね」とお話しされていました。普通学級に入学したいのだそうです。そんな傍らで、当のAさんは初めて会ったスタッフといきいき語らいながらお絵描きをしていました。しっかりと大人の会話を聞いていてときどき突っ込みを入れていました。何とたくましい!と私は感じました。
 Bさんもなかなか頼もしかったです。親御さんがBさんについて話します。走るのが不得意であると話したら「でも、はしれるよ」とすかさず話します。字や絵を書くのが苦手と話したら「こまかいところもかけますよ」と、今度は敬語で話します。一本取られた感じでした。学校教育で語られる「生きる力」とはこういうこと!って、たくさんの方に見てもらいたい気持ちになりました。
 子どもたちって、みんな大人の話をよく聞いています。大人の都合とは関係なく、むしろ大人が聞いてほしいことは聞かず、聞かせたくないことの吸収は早いです。覚えてほしくないことはよく覚えるってことも言えるかもしれません。誰かの思惑通りにはいかないよという、たくましさが備わっているんですね。頼もしいことです。AさんBさんの飄々とした強さ柔らかさに、私は嬉しくなりました。

■ 支え合うこと。
 Cさんは親御さんの参加でした。お子さんは来春小学校入学。やはり行政の就学相談では、特別支援学級への入級を勧められてきたそうです。相談会の午前は保育所の運動会だったそうです。リレーでバトンを受け渡しするのが苦手なCさんのお子さんのために、保育所のみんなが温かく応援している様子にとても感動して涙があふれたことをお話してくださいました。「小学校もそうだとよいのですが、無理だと思うのでハードルを下げようと思います」とのことでした。ご家族の中には、特別支援学級に行くと差別されると危惧している方もいらっしゃるそうです。
 スタッフから感想やアドバイスがありました。みんなと一緒だったから、みんなで工夫したり努力したりしたから、感動したんだと思いますよ。分けてしまうとその素晴らしさが失われるかもしれません。相談会に参加された親御さんからも同じようなお話がありました。私は、まさに今ここで(みんなで一緒に、みんなで工夫しようとしているんだ)と感じました。スタッフの言葉より、互いに同じような立場にある仲間からの言葉は、説得力があると思いました。

■ 趣味のひとときの大切さ。
 Dさんも親御さんだけの参加でした。中学生のお子さんは普通学級に在籍しているけれど、特別支援学級にしたほうがよいでしょうかという相談でした。勉強が難しかったり、いじわるをされることがあったり、部活でうまくいかないことがあったり。大変そうでした。お子さんは親御さんにいろんなことを話してくれるそうです。それゆえに親御さんは心を痛めたり、迷ったり悩んだりするのでした。
 スタッフが言いました。悩む中学生をたくさん知っています。素直に親御さんに打ち明けて、それを受け止めてもらえることはとても幸せ。相談する場所をあぐねる中学生は多いです。勉強も部活も大事ですがそれらのことに思い悩む時間の半分を、お子さんと一緒に趣味を愉しむ時間に費やしてはいかがですか。親子で楽しいひとときを作ることは、ほっとしたり自分に自信を見いだしたりする一助になるはずです。

■ 子ども同士ならできること。大人にできないこと。ましてや教員には。
 Eさんは親御さんと来ました。別な相談機関で特別支援学級を勧められたそうですが、 AさんBさんと一緒に和気あいあいとホワイトボードにお絵描きを始めたEさんでした。AさんとBさんとEさんは、ホワイトボードに字や絵を書いていました。「なにかく?」と話しながら、まるで以前からの友だちのようです。窓の外の様子に好奇心の目を光らせ、いろいろとおしゃべりしています。書いたものを消していて、一方が「けさないで」と話すと、そこだけ消さないでいて、これこそコミュニケーション!と感じました。3人でなんだかんだ言いながら、お絵描きを楽しむ様子から、私はあらためて実感しました。大人が子どもに教えることの限界。子どもが子ども同士で学ぶことの代わりを、大人はできないということ。子どもが学ぶ機会を奪ってはならないということ。

■ おしゃべりできる仲間とのつながり。その一つの入り口「共育を考える会」。
 たくさん具体的な相談ごとがありましたが、ここでは割愛させてもらいます。スタッフから、また親御さん相互にいろんなアドバイスが交わされました。
 共育を考える会が相談を受け付けるのは、この日だけではありません。入学を前に気になることがあったら、また学校生活で迷うことがあったら、誰かに聞いてほしいけれども誰に聞いてもらえるか分からないことがあったら、そんなときは「共育を考える会」を思い出してくださいね。お声がけください。
 毎日いろんなことがあります。大変なことがっかりすることも少なくありません。けれども、よくよく見ると小さな幸せは、結構なかなかあちこちに咲いているものです。
 寒くなりますが、お元気で。

明日の「連歌・鳥の歌」コンサートに参加するために、父さん母さんが来ました。エルパーク仙台で待ち合わせて、仙台で食事をしました。電車に揺られて家に着きました。先月来たばかりだったので、なんだか日常的な感じでした。

2013.09.29

20130929.jpg連歌・鳥の歌コンサート(9/29)

人間は、柔らかく手を繋ぐことができます。
〜《連歌・鳥の歌コンサート〜鎮魂そして未来の命のために》報告〜

1 はじめ
 《連歌・鳥の歌コンサート〜鎮魂そして未来の命のために》(主催:石巻・子どもの健康と未来を守る会)は、素晴らしく感動的なコンサートでした。石巻中央公民館のホールに340名の参加。コンサート成功に向けて携わった方はとてもたくさんの人数になるでしょう。素晴らしい歌、そして出会いに感謝しつつ、震災・原発事故後のこれからの一歩にしていきたいと感じています。

2 ナターシャ・グジーさん
 「さようなら原発inいしのまき」(4月28日)の反省会をした6月9日、来年の「さようなら原発inいしのまき」のことが話題になりました。年に一度だけでなく、継続してみんなで取り組めるといいねという話がありました。するとウクライナ出身のナターシャ・グジーさんが津波被災地でのコンサートを希望しているらしいという話になりました。みんなでやれるといいねと盛り上がりました。

3 準備期間3ヶ月
 6月30日にコンサート実行委員会を持ちました。期日を9月29日、場所を石巻と決めました。主催は「さようなら原発inいしのまき」実行委員会にはしませんでした。〈石巻・子どもの健康と未来を守る会〉に担ってもらうことにしました。〈石巻・子どもの健康と未来を守る会〉は、石巻の若いママさんグループ。「さようなら原発inいしのまき」に集うみんなでサポートすることにしたんです。
 コンサートタイトルで知恵を集めました。原発や石巻という文字を入れたいという意見がありました。結局は《連歌・鳥の歌コンサート〜鎮魂そして未来の命のために》としました。入場料についても論議しました。どれくらいの人が来てくれるだろう。呼べるだろうか。呼ぼう。どこでどんなふうに呼びかけようか。年に一度だけしか集まらない実行委員会メンバー。でもそれゆえにそれぞれの持ち場からのアイディアがあるのでした。
 スタートして当日までは、3ヶ月しかありません。コンサート会場も当初考えていたところが使えず、バリアフリーではまったくなく、しかも古い石巻中央公民館大ホールとなりました。では、会場を明るく彩ることにしよう。みんなで大きな絵を描こうということになりました。ちらしのデザインも〈石巻・子どもの健康と未来を守る会〉のスタッフが作ります。後援をもらいに、チケットを置いてもらうよう、みんなそれぞれに働きました。女川、雄勝、石巻...仮設住宅だけでなく元々の家で暮らす(けれども津波・事故の影響の大きい)いろんな方を訪ねて歩きました。語らい、ちらしを渡しました。石巻だけでなく、いろんな方から力になりたいという声が集まり始めました。
 8月17日に石巻市立住吉小学校の体育館で、コンサート会場を彩る障子紙アートを作りました。40名余の老若男女(北は北海道、南はインドから)の参加者。鮮やかな作品ができました。作品だけでなく、温かなつながりもできました。

4 当日
 9月29日。コンサート当日の朝一番に会場に到着したのは、東京からバスに乗って来た方でした。そして「さようなら原発inいしのまき」に集う仲間があちこちから駆けつけてきました。椅子を並べ、機材を運び、絵を飾り、パンフレットを並べ...。天気がいいからとロビーのソファを外に出しました。気持ちよい風。会場がよく分かるように大きな垂れ幕を外で作りました。みんなでぱぱっと仕事する気持ちよさ。東京から来た方も、フレンドリーなチームワークに驚いていました。
 そして、開場。予想を上回るお客さんでした。
 ナターシャさんの語りに、涙する方がたくさんいました。ナターシャさんが6歳のときチェルノブイリ原発で事故があったんです。お父さんが原発で働いていたので、原発から3.5kmでの被曝だったそうです。そこから転々と避難する日々。石巻とウクライナを重ねました。落ち着いたそして美しいナターシャさんの言葉は、心の中にすーっと入っていくのでした。
 透き通るナターシャさんの歌声。ピアノの井上鑑さんに合わせて、舞うATSUSHIさん。地元の言葉・歌で会場をあったかくした渋谷修治さん。予定よりも長いコンサートになりました。アンコールでは「ふるさと」。会場みんなで歌いました。

キエフの鳥の歌(ウクライナ民謡 日本語詞:木内宏治)
深い井戸(ウクライナ民謡 編曲:V.ヴォイト)
いつも何度でも(作詞:覚和歌子 作曲:木村弓)
はるかに遠い空(作詞・ナターシャ・グジー 作曲:井上鑑)
土偶 (作詞・作曲:渋谷修治)
君が愛したふるさと(作詞・作曲:渋谷修治)
Imagine(作曲:ジョン・レノン)
鳥の歌・ピアノバージョン(カタロニア民謡 編曲:井上鑑)
Wish(作詞:本田美奈子.、一倉宏 作曲:井上鑑)
白い翼(作詞・作曲:ナターシャ・グジー 編曲:井上鑑)
鳥の歌・デュオバージョン(ウクライナ語詞:ナターシャ・グジー 編曲:井上鑑)
アンコール
翼をください (ウクライナ語詞:ナターシャ・グジー)
故郷:ふるさと (文部省唱歌)

5 挨拶〜コンサートパンフレットより〜
『はじめに』

石巻 ・子どもの健康と未来を守る会(阿部)

 東日本大震災により、私たちの生活は大きく変わりました。突然大切な人を亡くし、住む場所を失う。目の前に広がる信じがたい惨状…誰もが予想だにしなかったことが、あの日起きました。
  『石巻・子どもの健康と未来を守る会』は福島第一原発の事故により放出された放射性物質が、子どもの将来や健康にどう影響を及ぼすかを案じて集まった母親 の会です。最大の犠牲者を出したこの石巻で、あの時も今も、私たちは子育ての真っ最中です。子どもを守るため、まだ見ぬ未来の命のため、今自分にできるこ とをしよう、この共通の思いが出会うきっかけとなりました。
 大震災から2年半が過ぎましたが、被災地には、住宅、教育環境、鉄道の復旧、産 業、また不安や孤立など、問題がまだまだたくさんあります。何度も心が折れそうになりましたが、それでも前を向いて歩こうと心を奮い立たせた時、私たちは ラジオやテレビから流れる音楽に癒され、どれだけ力をもらったか分かりません。少しの希望がある限り、音楽は消えることはない、そう強く確信しました。
  そのような中、連歌・鳥の歌プロジェクトより「被災地に音楽を届けたい」とお話があり、それを受け、この石巻でコンサートを開催できる運びとなりましたこ とは、大変嬉しいことであります。多くのものを失い、慣れ親しんだ街並みも変わってしまったけれども、私たちにはふるさとが残りました。ナターシャ・グ ジーさんのふるさとはチェルノブイリ原発事故により土の中に埋められ、今は地図から消えてしまいました。戻りたくても戻れない…、福島も同じです。ふるさ とを失ってしまった方の悲しみは計り知れません。今、こうしてふるさとでコンサートを聞けることは、本当はとっても幸せなことなんだと感じます。
 本日会場に来てくださった皆様が、音楽に癒され、元気をもらい、未来へ希望の陽がさすことを私たちは信じております。どうぞごゆっくりとお楽しみ下さい。

『「連歌・鳥の歌」石巻コンサートへの思い』

原子力発電を考える石巻市民の会(日下郁郎)

  3・11から2年半が経ちました。石巻市内で病院や学校・文化会館などの解体が進む中、66歳になる私が今気がかりでならないことの一つは、平和憲法を持 つ日本がまた戦争をする国になってしまうのではないかということです。石巻での「連歌・鳥の歌」コンサート開催の話を聞いたとき、是非実現したいものだと 思いました。震災と福島原発事故で絶望的境地の時、インターネットでナターシャ・グジーさんの歌と井上鑑さんのピアノのデュエット「鳥の歌」を聴き、そし て井上頼豊さんがチェロで弾く「鳥の歌」を聴いたときには、心の奥までしみ渡り癒されました。  
 私たちは、1986年4月旧ソ連で起きたチェ ルノブイリ原発事故後は、県内各地の人々と共に、この事故で強く放射能汚染されたベラルーシ共和国ゴメリ州の子どもたちを宮城に保養に招く、子供たちの故 郷に医療物資を届ける、等の活動に取り組んできました(1990年代半ば)。  
 きょうは、来場者のみなさんとともに井上鑑さんの演奏とナターシャ・グジーさんの歌を楽しみたいです。そして、この演奏会を通して、日本国憲法にしっかりと目を向けなおし、また原発災害がもたらすものについても日本社会の現状を問い直したいものです。

6 これから
 私たち「さようなら原発inいしのまき」実行委員は、それぞれの日常を過ごしています。たまにしか顔を合わすことはありません。互いのことをよく知らなかったりします。けれども、会ったらいつものように和やかに話すことができます。素敵なことだなと思います。人間は、柔らかく手を繋ぐことができます。「さようなら原発inいしのまき」に集っていることを私は静かに誇らしく感じています。
 危険に囲まれ、連続ピンチの日々にあっても、仲間がいれば大丈夫。《連歌・鳥の歌コンサート〜鎮魂そして未来の命のために》を経て、私たちは新たな勇気を得たように思っています。これからも、大らかに和やかに賑やかに軽やかに、歩んでいきましょう。

2013.09.30

20130930.jpg渋谷修治さん(9/29)郡の音楽祭に向けて合唱の練習を重ねています。毎日、感動があります。

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