2012.02.01

20120201.jpg昨日の魚津駅。家に自分たちのものをいっぱい置いて、すぐに逃げ出さなくてはならなくなる。そんな想像をこの11か月何度も繰り返している。それはとっさの衝撃に折れてしまわないようにと、自分を守ろうとしているからだろう。けれどもその可能性は高い。この島国では理不尽な覚悟を強いられている。

2012.02.02

20120202.jpg別れを惜しむ。出会えたことに感謝する。そんな4年生。今日は、初任研担当で非常勤勤務だったi先生さようならの日でした。インフルエンザ流行で朝会はなし。放送でさようならなのでした。さようならの季節が始まったと感じました。i先生、夏からの日々、ありがとうございました。
ここのところ、目がよく見えないときがあり、ちょいと心配で、学校帰りに眼科に寄りました。まあ異状はないようです。眼鏡のレンズがよくないんだと、自分なりに考えるのでした。

2012.02.03

20120203.jpg1/30の富山ねこ。悲劇の中に自分がいることに気付いたなら、嘆いたり味わったりすることを、いつか止めてみよう。そして、人間のもともとの暮らしを思い出して、なんぼかでも落ち着けるように歩もう。すぐでなくてもいいので、ちょっと踏み出そう。

2012.02.04

20120204.jpg1/30富山からの帰り道。車窓から。「てるてる はるひ 〜父さん 晴日を撮る〜」写真文 石川厚志さん(雷鳥社) ...あとがき読みました。電車の中だったんだけど涙あふれました。世の中捨てたもんじゃない。ああそんなこと、ずっと前からだ。今を嘆いて、その場に立ち止まり続けるより、顔をあげること。そんな気持ち。

2012.02.05

20120205.jpg一昨日の朝。学校へ行く道での1枚。「母の友」3月号(福音館書店) 特集:「ほんとう」に向き合う〜原発事故後の私たち〜 今月号もお薦めです。530円 

2012.02.06

20120206.jpg2/3の夕方。遊んで帰る親子。4年生の木版画刷りの指導をしました。出前授業になります。僕は少年時代、版画少年だったので、木版画は大好き。子どもたちにも、この楽しさ感じてほしいものです。5年生は、一日入学準備。一日入学の小さい子たちに慕われて、6年生になっていくんだと感じています。

2012.02.07

20120207.jpg2/3の夕空。そろそろ帰る鳥たち。ひざまずくは、大地。人は、みな人間。感謝し尊敬しても、ひざまずくは、大地。平らな尊厳。鼻っ柱を折られることなき、森の民。未来は、季節と共に、やって来る。

2012.02.08

20120208.jpgぐいぐいと絵を描く新1年生。一日入学です。僕は、授業担当。名前を呼ばれて、返事をする練習をして褒めたり、絵を描く時間を取って、すごいねぇと褒めたり、学校探検を5年生とする様子を見守って、手を繋いで素敵だねと褒めたり...でした。ああ、出会いだなぁ。ちゃーんと、僕の名前も覚えてくれて、嬉しかったなぁ。
テレビの天気予報で、浪江町の天気を報じていました。とても悔しい思いをしました。ふるさと奪われるということとは!

2012.02.09

20120209.jpg 2/6の朝空です。今日は、記念日。なんとまぁ二人して似たようなものを買ってきて、何とも華やいだ部屋になりました。

2012.02.10

20120210.jpg1/28富山の歩道。今朝、こんな夢を見ました。
高速道路の高架の下でぎょうれつ。昇る術なし。体がくっついた若者たちと手術室。体の中から、蛹を見つけることに成功。お医者さん、予備校時代の友だち。丸森方面に新しい線路ができて、海を見ながら帰る。橋を渡ったところで、近所で暮らしていた級友に会う。後頭部から、ヒメジョンが生えていた。

2012.02.11

20120211.jpg京都の夜。今朝、こんな夢を見ました。
殴り合い。頭をつかむ。蹴るより突き飛ばす。足元の土、熱く。火山噴火。逃げよう。石室に背中から入れば良いというのはデマだ。ビルにエレベーターで昇る。飛行機は、三重県へ。

今日は、大阪に向かいます。「橋下さん、ひどない!?☆橋下さんにひとこと言いたい!プロジェクト☆」に参加するためです。9時の電車でジャンベを背負って仙台空港へ。飛行機で伊丹に降り立ちました。
モノレールと電車と地下鉄を乗り継いで、企画主催の事務所にたどり着きました。ほっとしました。打ち合わせをして、準備の仕事をしました。地下鉄と電車で、新今宮のいつもの宿へ。
ちょいと時間があるので、京阪電車でひょいと京都に行きました。夏に来たとき、地下鉄乗り継ぎで先斗町をちらっと見て、来たい!って思ったんです。そこで、来てみました。橋のたもとでは、guitarの音、河辺からはジャンベの音。径をあちこち入りました。誘われるままに、鶏を食べさせる店に入りました。水炊きを注文して、ゆっくりゆっくり頂きました。ああ、ほんのりとゆったりとよい時間でした。

2012.02.12

20120212.jpgジェロニモレーベル!大阪の朝です。いつもは、かけうどんですが、今朝はスターバックスでした。とても珍しいです。というのも、府庁のあたりで入るようなお店がなかったからです。なるほどねって感じのひとときでした。
府庁前に行って、今日の「橋下さん、ひどない!?☆橋下さんにひとこと言いたい!プロジェクト☆」の準備をします。僕はスタッフなんです。風船膨らませたり、ステージ飾ったり。皆さんとあれこれ語らったり。始まってからは、風船配ったり、ギター演奏にジャンベ合わせたり、発言したり。
自分の立ち位置を考えながらどのように立たされているかも考えるようになりました。宮城では沿岸部を被災地と呼びます。でも県外では宮城は被災地です。放射能汚染は福島県に留まりません。今日、大阪府庁前で瓦礫を受け入れないでと話しました。今日、大阪も東北も日本だと気付きました。放射線のこと、話しました。橋下市長の言葉遣いのことも話しました。発言の後で、「詩のようでした」という感想をいただき、嬉しかったです。
ヒューマンチェーンを成功させて、ああよかったね! 片付けをして、その後仲間数人とビールを飲んで話しました。次なる僕の仕事が見えてきて、頑張らねばいかんぞと思うのでした。
宿に戻り、またぶらりと出て、「秋鹿」燗して呑む日本橋。日本橋は西の方。演歌聞きながら、長崎きびなご。ちょいと休暇堪能なのでした。

2012.02.13

20120213.jpg平等院です。大阪・淀屋橋。京阪電車で宇治に向かいます。御堂筋線の混み具合、淀屋橋地下で方々の出口に向かって歩く通勤する人混みに驚きました。新宿の都庁に向かう地下道とおんなじ空気でした。
電車に揺られて、宇治に着きました。駅を出ると川がなかなかの速さで流れていました。小さい径を歩きました。宇治神社には入らず、橋を渡り、平等院へ。受付で、ジャンベを預かってもらい、庭に足を入れました。東北の湯治場のような柱のくすみ。朱色の平安とは、異なる印象でした。もっとギラギラしていると思っていたんです。訪れなければ分からないことって、多いものです。中に入りたかったのですが、あと20分待たなくてはならないと言われました。んじゃ、また今度。
今度はJRに乗ってみましょう。宇治から六地蔵へ。醍醐寺に行ってみたかったんです。密教の仏さんたち、好きなんです。時間に余裕がないので、タクシーで向いました。塔は見たものの、物足りないです。霊友館に入ろうとしたら、何と休館日でした。がっかり。というわけでまた来ることにしましょう。駅までの道を聞いたら、すぐとのこと。ならばと歩きました。しかし住宅街がなかなか途切れません。そろそろ飛行機の時刻も心配です。人に尋ねながら、駅に着きましたが、駅ビルに入ったものの、地下鉄の改札口を探すのに苦慮しました。やっとのことで地下鉄に乗り、京都へ。京都から新幹線です。きっとベストなコースが他にあるんだと思いますが、待ち時間は不安を大きくします。新幹線を新大阪で降りて、地下鉄とモノレールで伊丹着。ジャンベを預けました。おみやげを買いました。前回ほどギリギリではなかったものの、ゆったり感はなし。まあ、無駄ない時間と言えば言えるのですがね。仙台行きの飛行機はプロペラ機。うーんと久しぶりです。ちょうどプロペラの様子が見える席だったので、飛ぶってことがリアルでしたなぁ。しかし、結構揺れました。プロペラ機じゃなくても同じでしょうが、揺れましたなぁ〜。雲が切れたら、七ケ宿ダムでした。白石を見下ろし、角田上空を行き、阿武隈を越えて、名取の空港。名取の海は、枯れたままですが、阿武隈に集まった目に見えないものが心配です。ああ、冬の旅が終わりました。ほっとしました。

私は 私一人分
のことしかできない。
あなたもそうだ。
みんな一人分
の人生を生きている。
命と同じ。
一人ずつ同じずつ。

まるで 嵐のように波のように
ときに 陽だまりのように
そよ風のように
幸も不幸も 誰かに降り注ぎ
私たちは、
一人分だけど
独りぼっちで生きていないから
響いたり支えたり
伝えたり温められたり。
つぶった目は ときどき開けるんだよ。
雑踏でもときには 立ち止まって耳を澄まそう。
虫はささやき
風は歌う
雲はいつか見たような顔
でも 今だけの雲。
おひさまがまた
新しい日を刻むよ。

2012.02.14

20120214.jpg昨日の醍醐寺。卒業生からのバレンタインチョコが、とても嬉しかったです。気合い入ってました! 感動しましたなぁ!
小学校教員として大好きな学校行事に野外活動・宿泊体験があります。自然から仲間からたくさん学ぶんです。さて、そんな「自然」が自然でなくなっちゃったなら...。むしろ健康を害する可能性があるとしたら...。来年度に限定したことではないでしょうから、根本から考えたいです。

2012.02.15

20120215.jpg2/11飛行機から見た山。教職員組合の地区の集まりを持ちました。夕食を食べながらの懇親会。若者が参加してくれていたので、先輩皆さんの初任時代のことなど話してもらいました。ほんとなら、普段の職員室でこんな話をできればいいんだよなぁと感じました。がんばんないといかんですな。

2012.02.16

20120216.jpg13日の平等院。今朝見た夢は、こんなのでした。
段々畑のような温泉。浴槽深い混浴をあがり、宿は、どこかの校舎。3階の廊下で、机に座り、ギターを鳴らす。アンプフルボリューム。変則チューニング。図書室の戸が開く。

2012.02.17

20120217.jpg13日宇治の鳩。あらまー、積もりましたなー。まだまだ雪です。独り山に入る少年時代。 北海道の山は熊笹に覆われ 歩きにくい。 雪降り始める10月。 根雪は年末年始。 2月半ばには 深い雪もほどほど固まり 歩きやすくなる。 夏には歩けない森を気持ちよく歩く。 身長以上の積雪。 雪は幹の回りから溶けていく。 土の温もり。 春の訪れ。

2012.02.18

20120218.jpg11日の京都・三条。教職員組合F支部主催の算数講座に参加しました。大学教員のお話(実践)聞くだけでなく、教材教具作りもあるのです。みんなでゆったりと教材研究ができるのは、きっと幸せなこと。ということは、教材研究の時間を見つけるのも大変なこの頃はかなり不幸とも言えましょう。教員にとっても、子どもたちにとっても。

羽ばたくためには、右の翼も左の翼も、要るのです。

放射能拡散され 何が真実か分からない今日。 人々の暮らし命を守ること。 人々の生き様文化風土を守ること。 そのためには 政党党派グループ宗教宗派言語世代居住地... を超え 歩みを共にすること。 私は確信しています。 悪口言っている暇などないんです。

原子力に注視する眼差し。 今日明日のことでなし。 今年来年で済むはずなし。 とりあえず 今いる全員 老いて亡くなっても 問題があり続けるということ。 3.11とその後(今)を 語り継ぐこと怠るべからず。 ああ、忘れ去られ 同じ過ち起こったら未来なし。 全て廃炉そして注視。

意見の相違。
歴史の様々。
それは当然。
画一化反対。
平均至上否。
多様多彩是。
唯一正解無。
唯一正解夢。
美乱調に有。
そのままで よいのです。

2012.02.19

20120219.jpg仙台こけしぼっこ+おりづめさん。今日は、「おとのわ」の日でした。初めてライブ会場「レンサ」に行きました。知り合いがたくさんいました。久しぶりにおしゃべりできてよかったです。新たに農業を始めた青年ともお話しできました。つながりあいがあることは、とても幸せなこと。メールやTwitterは家の中でもできますが、人と会うことは会うために行動しなくては実現できません。外に出ることは、ときに勇気や労力を要しますが、大切だと感じます。
今回のライブでとても楽しみにしていたのは、東京ローカルホンクです。ファーストアルバムは、それはそれは何度も聴きました。聴いています。いつどこで知ったかは、もう忘れてしまいましたなぁ。かつての日記に書いているでしょうか。実は去る大晦日に横浜でライブがあり、生東京ローカルホンクを聴ける!と思っていました。けれども、行けなかったんです。だから、とてもとても楽しみにしていたんです。僕は、最前列で聴きました。すごくよかった。全員でやっているバンドって感じ。CDで聴いていた通りでした。知っている曲は、一緒に歌えました。ああ僕ってすごいじゃんって思いました。
そして、タテタカコさん。生で聴くのは初めて。予想通りの素晴らしさでした。真心。全身全霊。すごかった。
「おとのわ」に来るまで知らなかった、レイチェル・ダッド&イチさん。とてもよかったです。また聴きたいです。
ああ、よい時間だったな。レンサの階段で並んだ昼から数時間。帰路の電車内はいつも通りなんですが、少しだけ風景が違っているように思えます。準備してくれた皆さん、歌ってくれた皆さん、共に拍手していた皆さんに、感謝です。ありがとう。

小さな不幸せなら 何とかなるよ。
かしてごらん。
こなごなにはできないけど
この岬から見る海は
人間のふるさと。
夜になるまで まるい夕暮れ。

2012.02.20

20120220.jpg18日の算数講座で作った、円の面積の説明図(途中)。広げて三角形になります。便利な世界
知恵を失い
幸せの値段
50%セール
お金大王様
生かされる
世界からの
逃避行開始
鉛筆を削る

2012.02.21

20120221.jpg居間の花。地震から30分で何ができるか。 津波で命失わないため できる全てをすること。 原発事故から今何ができるか。 放射線被曝で命失わないため できる全てをすること。 30分よりは時間がある。 けれども 津波のように目に見えない。去ってくれない。 それゆえ対策が必要なのです。

覚悟を決めて
扉を開けて
ああ、おっかないことだけじゃない
ああ、心配なこともあるけど
覚悟を決めて
少しずつ幸せになる。

背中が押してくれる。
足の裏が覚えている。
指まっすぐに
腕を振らせている。

「みんなでチェルノブイリ産のものをたくさん食べましょう!」と言ったら、どれくらい賛同してもらえるでしょうか。帰りたいけれど帰ることができない自宅。ふるさと。そうさせているのは、自然界の放射能ではなく、ある企業の事故によっていること。原因ははっきりしている。事態は収拾していない。そして、全国各地で同様のことが起きうるということ。

2012.02.22

20120222.jpgプレゼントありがとう。遊んでるようなギターがよい。 そんなギターを目指そう。

全ての人が
孤独死を
するかもしれない 未来を
少しでも緩めること。
日々の暮らしのなかでのこと。
絶対正義が 絶対支配を 完成させる。
それは、 幸せだろうか。
委ねること。
それは、取り戻せない未来を、
あらかじめ失わせることに、
とてもとても 近いことがある。

2012.02.23

20120223.jpg南郷の夕空。放射線被曝は 末代まで。
どんなことがあったか。
しっかり伝え続けること。
プルトニウムの半減期を
短くすることはできない。
けれども、
子どもたちの 心に残る話は、
2011年2012年の 私たちにはできること。

2012.02.24

20120224.jpg昨日の南郷の夕空。強風の午前4時半。かたかたと地震。 地震列島だから、しょうがない。
地震がある度に、震源を確かめるのは、原子力発電所があるから。 ひょっとすると、すぐに逃げなければならないから。 風呂に入っていても、お腹壊していても、 映画観ていても、検診中でも、遠足中でも、葬式中でも、出産中でも…。 原子力発電所がある限り、ずっと続く不安。

セシウム含有野菜・肉・魚…それらの生産者は、被害者。買わない、食べないだけでなく、生産者への補償を進めたい。生産者への補償が進まず、線量測定も曖昧ならば、結果としてセシウム含有食べ物が流通する。生産者消費者共に、加害者に対峙していきたい。償わせたい。

戦争をさせた人。殺させた人。殺した人。 が、反省したなら、世の中もう少し違ったと思います。疑い深くならないですんだかもしれません。 同様に、放射性物質を撒き散らしたのに、反省しない人。企業。政府。反省しないから、あらゆることを疑わざるを得ないのです。

2012.02.25

20120225.jpg今日は、群読発表会でした。NHK教育テレビ。デザインあ。身近な人、出演。先週見たけど、きっと今朝も。7:00より。

使用済み注射針。私の庭に山積み。次第に寝室、台所。布団、バスタオル、おにぎりの中。ちくりと触れて感染するしない。誰も分からない。ならば山盛り注射針、あちこちにお裾分け? 不安の拡散。注射針に罪はない。消毒可能はありがたい。ああ、放射性物質よ。そんなもの作った人間よ。

GO!GO!7188の解散。知らなかった。ショックだった。LIVE行きたかった。 http://t.co/8Bc8DauN
虎ばさみなら、閉じてしまえばホッとする。地雷なら、二度は爆発しない。放射能は、噛み付かず爆発せず、発し続ける。細胞を破壊する存在。存在していても目に見えない。匂いも音もない。黙々と、しかも気まぐれに、細胞を破壊し続ける。森の中で、海底で、庭の隅っこで、喉元で。


生きとし生けるもの
口を閉ざし
耳を澄ます
有象無象にして
大同小異にして
目を見開き
一斉に 耳を澄ましている

その一部を構成している
自分を 誇らしく
うやうやしく 輝かしく感じながら
凍える 冬の森の吹雪の独り

2012.02.26

20120226.jpg今朝の誰かさんの足跡。貝原浩さんの 「断ち切れ国の人殺し」 のポスター。 私の魂をしゃんとさせてくれた。 大学生だった私は、初老。 今 「断ち切れ組織の人殺し」 「断ち切れ正義の人殺し」 「断ち切れ純愛の人殺し」 と、 理不尽な今に立ちすくみ、 立ちすくんでいるままではいけないと、 あがくのです。

緑色にぬってごらん。
雲も生えてくる。
やっと海についた。

たくさんのつぼみ
新しい芽が腕を伸ばして
あくびをして
走り回りたくてうずうずする足
歌は地面から生えてくるよ
森の中からカモシカが見ているよ
見守られながら
たくさんのつぼみ
新しい芽が腕をのばして
ああ、虫に教わった歌だ。
鳥に聞いたことわざだ。

小さい頃、 僕は上野の傷痍軍人が怖かった。 まだ、敗戦後30年経っていなかったんだ。 子どもだった私は、 怖いと思うばかりだった。 青年だった私が訪ねた頃、 軍人はバイオリンを弾いてはいなかった。 今、あの頃の彼の「家族」のことを、 あれこれと想うのです。夕張1970年から1980年あたり。 私の少年時代。 「六尺じじい」。 ああどんな日々を 過ごされたことか。 教員になり、 大人として、 差別を感じ考え思うとき。 夕張第一小学校に通った、 旭町という、 陽の入らぬ谷間で暮らした私。 「六尺じじい」さんを、 思います。信頼関係。 信じ合い 頼り合う。 互いに信じ 互いに頼る。 それらが無いところでは、 「見守る」が 「見捨てる」に 簡単に変わる。 見守っているつもりでも、 見捨てられているように、 感じさせている。 信じ合い頼り合うことなき間では。

頑張って起きていて、石牟礼さんの話を聴きます。

2012.02.27

20120227.jpg今朝の雪です。原発の惨事(進行形)。その「想定外」顛末を知っている2012年を生きている人。同じことを起こさぬように、原発止めること。人間が制御できないことをそのままにしないこと。除染も大事だが、地震おきるたびに震源地どこかはらはらする暮らし、 続けるべきじゃない。

気持ちが低気圧。 心持ちが地底湖。 よくないと自覚。 自覚だけで吐息。 明日あたり 障子紙買ってきて、 墨汁たっぷり、 どどんと筆ふるって、 幟でも作ろうかね〜 と、心の中で思い、 眠りにつこう。

時代に遅れて、大丈夫。 世界に残され、大丈夫。 もともとの地球。 もともとの人間。 私は、原始時代で大丈夫。 きっと、みんなで苦労する。 きっと、みんなで越えられる。 走りすぎて、 走らされすぎて、 ああ、生かされて どこに行くかという問題。 あわてずに、歩いていこうや。

2012.02.28

20120228.jpg職員室前廊下の掲示です。その梢から
むこうの島が見えるだろ
山のかげから
見ているセミたち
ひょっとすると神様
泣き言も
ないよりはいいさ
あれこれ全てが歌になり
虫が届けてくれるよ
セミは小鳥の親戚だ
カエルの妹は小猫たち

原子炉の冷却は、 今もできていない。 何となく冷却していそう、 という状況。 制御はできていない。 すなわち 安定していない。 福島における課題は大きい。 けれども 他の原子炉(今、停止していても)が、 福島と同じ状況を生じさせないように。 大きな願い。 六ヶ所も同じこと。

2012.02.29

20120229.jpg昨日の雪の朝。足音たてずに
とけていく記憶。
いいよ、さようなら
言わなくても。

ひかげから
ひなたはよく見えて
ひなたから
ひかげはよく見えない。
右の翼と左の翼。
帽子からはみ出た
思い出たち。

将来の夢。
草になり
小さな花咲かせ
虫たちに分けてあげよう。
そして、枯れること。
種になること。
未来を夢見ること。

揺れるたびに、沿岸では避難するかどうか考えなくてはならないということ。とても大変。

上々颱風の曲。 「平和が戦車でやってくる」。 曲の終わり方、 冷戦時代に思春期だった私、 核戦争をイメージしていたが、 今聴くと、また違う。3.11後 「正当防衛」 という言葉を 使うときの ステージが 変わった。

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